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追放された関税令嬢は、辺境に「税のいらない街」をつくります 〜王都の通行手形はぜんぶ私が捌いていたのですが、止めても構いませんよね?〜  作者: 花守いとは


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第49話 同盟の中の、対立

 その若者は、荷に紛れて来た。


 南から来た穀物の隊商に、荷運びとして混じっていた。関所の荷改めで、彼は自分から名乗り出た。


 ヨナスといった。二十四だという。


 トラス商業同盟の交易監、と彼は名乗った。


 ***


 私は帳場ではなく、ボルガーの館へ通した。ここに来たと知られれば、彼の身が危ういと思った。


 ヨナスは、痩せた真面目そうな青年だった。荷運びの格好のまま、手を膝に置いて座っている。


「盟主の使いではありません」


 彼は最初にそう言った。


「誰の使いでもありません。私が勝手に来ました」


「危ない橋です」


「はい。ですが、正式な使いとして来れば、話せることが半分になります」


 彼は湯呑みに口をつけて、それから本題に入った。


 ***


「先月、貴町が鉄の買い手の名を板に貼られました」


「はい」


「あの四割を買っていた商会は、実体がありません。名義だけの商会です」


 私は身を乗り出した。実際に買っていたのは誰か、と訊くまでもなかった。


「交易監ギルベルトの、差配です。同盟の中に、南の国境沿いを受け持つ一派があります。ギルベルトはその筆頭で、まだ三十前です。……彼は、鉄を集めていました」


「何のために」


「彼の言い分は、備えです。同盟圏の外に、統制の効かない市が育っている。いずれ力で押さえねばならぬときが来る。そのときのために、と」


 窓の外で、風が鳴った。


「その市というのは」


「ここです」


 ***


 ヨナスは、同盟の内側の形を話した。


 トラス商業同盟は、二十三人の交易監で回っている。盟主はその上にいるが、独裁者ではない。大きな決めごとは交易監の議にかけられ、盟主は最後に印を押す。押さない選択もできるが、それを続ければ盟主が浮く。


 その二十三人が、今は割れているという。


「盟主に近い年寄りが八人。ギルベルトの側が七人。残り八人は、どちらにもつきかねています」


 あなたはどちらか、と私は訊いた。決めかねている八人の一人です、と彼は正直に答えた。だから正式な使いではなく、勝手に来たのだという。決める前に、この目で見ておきたかった、と。


「何を、ご覧になりましたか」


「板を見ました」


 ヨナスは、少しだけ笑った。


「自分の町が高い品を、高いと書いてある板を、初めて見ました。……あれを見て、荷を担いだまま半刻ほど立っていました。ばれるかと思いました」


 ***


 彼が言うには、盟主とギルベルトの対立は、この一年で急に深まったという。


 きっかけは、この町だった。


 盟主は、ロウフェルトを同盟へ「迎え入れる」と言っている。条件をつけず、物差しもそのまま使わせる、と。二十三人の多くは、それを甘いと思っている。


 ギルベルトの主張は単純だった。同盟の値を守るには、統制の外にある市を放置できない。迎え入れるのではなく、押さえるべきだ。押さえられぬなら、潰すべきだ、と。


 どちらも、この町を欲しがっている。持ち方が違うだけだった。


 ヨナスは湯呑みを置いた。


「盟主は、この市がこの市のまま同盟に入ることを望んでおられます。ギルベルト様は、この市が同盟の市になることを望んでいます。……前者は、たぶん不可能です」


「なぜ、そう思われますか」


「同盟の規は、値を定める規だからです」


 彼は言った。


「値を定める集まりの中に、値を定めない市を置くことはできません。置けば、規のほうが壊れます。……盟主はそれを分かっておられるはずですが、なぜか、できると信じておられる」


 私は、四十年前の名簿のことを思った。


 できると信じたいのだろう。信じられなければ、十九のときにはじかれたことに、意味がなくなる。


 ***


 ギルベルト様は鉄をどこまで集めたのか、と私は訊いた。


「分かりません」


 ヨナスは首を振った。


「ただ、貴町の板が出てから、南の三つの道でも同じことを始めた町があります。買い手の名を貼る町です。……真似ではなく、うちの商人が自分たちで始めました」


 彼は顔を上げた。


「名前が並ぶと、集められないのです。あれは、思っていたよりずっと効きます」


 ***


 ヨナスは、その日のうちに南へ発った。


 帰り際、彼は戸口で足を止めて、こちらを見た。


「セレーナ様。盟主が、近く正式にお招きになります」


「伺うつもりです」


 行かないほうがよいとは申しません、と彼は言い、それから言葉を選ぶように黙った。


「本拠でお会いになるとき、盟主の後ろに立っている者を見てください。誰が立って、誰が立っていないかを。……あそこでは、それが議の数より正確です」


 彼は頭を下げて、荷の列に戻っていった。


 ***


 ヨナスが去ったあと、ボルガーが低く言った。


「敵が割れておるのは、こちらには良い話だ」


「良い話でしょうか」


「違うのか」


「割れている同盟は、まとまっている同盟より危ういと思います」


 私は言った。


「まとまっていれば、話す相手は一人です。割れていれば、こちらが盟主と何を決めても、もう一方が従いません。……決着は、卓の上ではつかないのかもしれません」

第47話の鉄の買い手が、ここで繋がりました。

面白いのはヨナスの報告です。名前を貼る仕組みが、真似ではなく南の商人自身の手で広がり始めている――セレーナが命令していない場所で、制度だけが先に歩き出しています。

そして彼が置いていった助言。「盟主の後ろに立っている者を見てください」。第六章で効きます。

「割れている同盟は、まとまっている同盟より危うい」。決着は卓の上ではつかないのかもしれない――セレーナが初めてそう口にしました。


次話、第五章の締めです。敵地へ発つ前に、セレーナは自分では決めません。町に決めさせます。

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