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追放された関税令嬢は、辺境に「税のいらない街」をつくります 〜王都の通行手形はぜんぶ私が捌いていたのですが、止めても構いませんよね?〜  作者: 花守いとは


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第48話 オルブレヒトの、過去

 私は王都へ、一通の文を書いた。


 宛先は宰相セルウィンである。半年前、この町と王都の間を収めた人だった。


 頼んだのは一つだけ。四十年前まで遡って、トラス商業同盟に関する通商評議会の記録を写してほしい、と。理由は書かなかった。


 返事は、四十日後に来た。


 ***


 届いたのは、紙の束と短い添え状だった。


 添え状には、探すのに手間取ったとあった。四十年前の記録は書庫の奥で虫に食われており、写せたのは半分ほどだという。


 束の中身は、名簿だった。


 トラス商業同盟が四十年前に出した、加盟商人の名簿の写しである。同盟へ荷を通すには、この名簿に載る必要があった。載らない者は、同盟圏の関所を使えない。


 名簿は二つに分かれていた。


 加盟を認められた者と、認められなかった者。


 ***


 認められなかった者の欄は、短かった。


 十一人。理由の欄のほとんどが「保証金不足」だった。同盟に入るには荷の値の三年ぶんの保証金が要り、用意できない者ははじかれる。


 三人だけ、別の理由が書かれていた。


 ――規に服さず。


 その三人の名を、私は順に読んだ。


 二人は知らない名だった。


 三人目に、オルブレヒトとあった。


 ***


 私は、しばらく紙を置けなかった。


 名の横に、扱う品と土地が書いてある。塩、南海沿岸。年齢の欄には、十九とあった。


 四十年前の、十九歳の塩商人。それが、はじかれていた。


 規に服さず、が何を指すのかは書いていなかった。私は虫食いの穴を避けながら、三日かけて束を全部読んだ。


 断片が、二つ見つかった。


 一つは、同盟の内規の写しだった。加盟商人は同盟の定めた値より安く売ってはならない、という条項がある。安売りは同盟全体の値を崩すから、という理由が添えてあった。


 もう一つは、評議会がその年に王国側で作った覚書だった。南の塩の値が、この十年で二倍になったと書いてある。理由の欄に、こうあった。


 ――トラス同盟が値を定め、それより安く売る商人を排したるによる。


 ***


 繋がった。


 私はハルクを帳場へ呼んだ。足を引きずりながら来た彼に、名簿の頁を見せる。字が読めないというので、該当の行を読み上げた。


「規に服さず、と書いてあります」


「……安く売ったんだな」


 彼は、迷いもせずにそう言った。


「あの人は、運び賃を自分の足で切り詰めてた。荷車を使わずに、担いで歩いてたんだ。そのぶん安くできる。……おれたちみたいな端の者を雇ってくれたのも、それだよ。荷車より人のほうが安い」


「同盟は、それを許さなかったのですね」


「許すもんか。あの人が安く売りゃ、他の連中も下げなきゃ売れねえ。同盟ってのは、値を守るための集まりだ」


 彼は自分の膝をさすった。


「名簿から外されて、関所を通れなくなって、それで終いだ。海のそばに住んでて、塩が運べなくなるんだぜ。……あれが、おれの見た最初の『潰される』ってやつだ」


 ***


 その先を、私は名簿の中に探した。


 見つかったのは、十一年後の名簿だった。加盟を認められた者の欄に、同じ名がある。オルブレヒト。扱う品は塩と穀物。土地は、南海沿岸ではなく、トラス本拠になっていた。


 保証金の欄には、規定の三倍が記されていた。


 十一年かけて保証金を三倍積んで、彼は名簿の内側へ入った。そして今、その名簿を作る側にいる。


 ***


 ***


 翌朝、ボルガーにその束を見せた。


 老辺境伯は、三人目の名のところで指を止め、長いこと動かなかった。


「私は、支配欲だと思っておった。荷を集め、同盟を大きくして、その頂に座りたいのだとな」


「私もそう思っていました。……違うのだと思います」


 升の摺り切りに金をかけた、あのハーフェンの市。掛かりを持って荷を呼び、税を取らない市。あれは、支配の道具にしては、あまりに丁寧だった。


「あの方は、作りたかったのではないでしょうか。十九のときに自分がはじかれた場所を。安く売っても追い出されない市を、名簿に載らなくても荷を通せる関所を」


「作れなかった、ということか」


「同盟の内側からは、作れません。値を定めるための仕組みですから、安く売る者を許せば、同盟が同盟でなくなります。十一年かけて内側へ入って、頂まで登って――登った先で、それが分かったのだと思います」


「だから、外にあるものを欲しがったか」


「はい。私の市を」


 ボルガーは束を閉じた。


「……厄介だな。悪党なら、退ければ済む。だが、これは」


「あの男は、あんたの市を、憎んでおらん。欲しがっておる。……いちばん厄介な形だ」


 私は頷いた。


 憎む相手は、こちらが折れれば手を引く。欲しがる相手は、こちらが折れれば、そのまま持っていく。


「セレーナ殿」


 ボルガーは、初めてその呼び方をした。


「トラスへ行くのだろう」


「はい」


「行けば、あの男はあんたに見せる。自分が作れなかったものを、あんたが作ったのだと。……そのとき、あんたは何を言う」


 私は、答えを持っていなかった。


 持っていないまま、南への荷の帳面を開いた。数えられるものから、数えるしかなかった。

安く売ったから、はじかれた。十一年かけて保証金を三倍積み、名簿の内側へ入り、今はその名簿を作る側にいる――盟主の本心の、入口です。

「あの男は、あんたの市を憎んでおらん。欲しがっておる」。ボルガーのこの言葉が、この作品の敵の性質を言い当てています。憎む相手は折れれば手を引きますが、欲しがる相手は、折れればそのまま持っていきます。

そしてボルガーの問い。「そのとき、あんたは何を言う」。セレーナはまだ、答えを持っていません。


十九歳の塩商人に胸が痛んだ方は、評価の星をひとつ。四十年前の名簿の、余白に。


次話、南から使いが来ます。盟主の使いではありません。

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