第45話 交易監の失脚
告発はしない、と私は決めた。
告発をすれば、この町がレーヴェを裁こうとしたことになる。裁く権のない者が裁こうとすれば、それはただの言いがかりだった。第一、こちらの手には突き合わせるべき同盟の帳面がない。
代わりに、私は一枚の紙を書いた。
照会状である。
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文面は、恐ろしく事務的にした。
自由市同盟の四つの町では、これから南街道の荷を扱う。ついては、過去に扱われた荷の運び賃の相場を知りたい。手元に十年前の受け取りが百二十枚あるので、同盟の記録と突き合わせて、当時の相場を確かめたい。
それだけを書いた。
不正という語は使わなかった。横領とも、密告とも、罪とも書いていない。書いたのは、突き合わせたい、という一語だけだった。
宛先は、盟主オルブレヒト。
「これでいいのか」
リタが、書き上がった紙を覗き込んだ。
「あいつが何をやったか、一行も書いてねえぞ」
「書く必要がありません」
私は封をした。
「同盟の帳面と、この百二十枚を並べれば、数が合いません。合わないことは、並べた人が自分で気づきます。……こちらが言えば言いがかりですが、あちらが気づけば、それは同盟の内側の話になります」
「向こうが握り潰したら」
「握り潰せば、四つの町は南街道の荷を扱えません。相場が分からないからです」
私は言った。
「荷が扱えなければ、同盟にとっても損です。潰すほうが高くつくようにしてあります」
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返事は、十九日後に来た。
オルブレヒトの署名である。文面は、こちらと同じくらい事務的だった。当時の記録との突合を行った。相場の照会に対する回答として、当時の運び賃の表を添える。以上。
添えられていた表は、正確だった。
そして、その末尾に一行だけ、こう書き足してあった。
――貴殿の送られた受け取りのうち、三十七件について、当方の記録との差異を確認した。所管の者への処分は、同盟の内規により行う。
処分、という語だけが、そこにあった。
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その後のことは、南から来る荷と一緒に、少しずつ運ばれてきた。
交易監レーヴェは、同盟の査問にかけられた。十年前の三十七件については、本人が認めたという。差額は既に手元になく、返せるのは一部だけだった。
驚いたのは、査問がそこで終わらなかったことだ。
三十七件が明るみに出たあと、同盟の他の交易監たちが、自分の受け持つ荷の記録を洗い始めた。すると、レーヴェの扱った荷のうち、この十年の分にも同じ形の差異が見つかった。数は、百を超えたという。
彼は、やり方を変えていなかった。
十年間、同じ手口を、同じ帳面の書き方で続けていた。誰にも見つからなかったからだ。
***
処分が決まったのは、それからひと月後だった。
交易監の職を解かれ、同盟の商いへの関与を禁じられた。牢に入れられたわけではない。同盟には人を裁く権はなく、できるのは締め出すことだけだった。
その報せを持ってきたのは、南の宿場の厩番――ではなく、荷を運んできた見知らぬ商人だった。噂として話し、噂として去っていった。
私はそれを、リタとハルクのいる帳場で聞いた。
ハルクは、しばらく黙っていた。
それから、右の足をさすった。
「……終わったのか」
「終わりました」
「おれの足は、治らねえけどな」
彼は笑った。今度は、あまりリタに似ていない笑い方だった。
「けど、まあ。息子に、話せることが一つできた」
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リタは、その日は何も言わなかった。
言ったのは、三日後だった。
朝の荷積みの最中に、彼女は縄を締める手を止めずに、こちらを見もせずに言った。
「姐さん。おれ、あいつに勝った気がしねえんだ」
「はい」
「あいつは十年、おれのことを覚えてなかった。今も覚えてねえだろ。職を取られて、たぶん、なんで取られたのかも分かってねえ」
彼女は縄を引いた。荷が、きしんで締まった。
「おれが十年憎んでた相手は、最後までおれを知らなかった。……これ、勝ちか?」
私は少し考えた。
「勝ちではないと思います」
正直に答えた。
「あなたが十年抱えたものは、返ってきません。あの方が覚えていない以上、返せる人がいません」
「だよな」
「ただ」
私は続けた。
「三十七件の運び賃を抜かれた人たちは、これから抜かれません。次に南街道を通る運び屋も、抜かれません。……それは、あなたの紙が作ったものです」
リタは荷に手を置いたまま、しばらく動かなかった。
やがて、鼻から短く息を吐いた。
「……十年かかって、他人の得か」
「はい」
「割に合わねえな」
「合いません」
私はそう答えた。
彼女は笑って、荷車を引き出した。車輪が石を噛んで、一度大きく鳴った。
***
その夜、南から早馬が来た。
盟主オルブレヒトからの、二通目の書状だった。
今度は事務的ではなかった。短く、こう書いてあった。
――一度、お目にかかりたい。場所はそちらで指定されたい。
爽快な勝利ではありません。
セレーナが送ったのは告発ではなく、「突き合わせたい」とだけ書いた照会状でした。言いがかりにならないように、そして握り潰すほうが高くつくように。
リタの問い。「おれが十年憎んでた相手は、最後までおれを知らなかった。これ、勝ちか?」。セレーナは「勝ちではない」と答えます。ごまかしません。そのうえで、彼女の紙が何を作ったかだけを言います。
そして、盟主からの二通目の書状。今度は事務的ではありませんでした。
次話、三年前の書付を渡した人が、自分の口でそれを認めます。言い訳は一言もありません。




