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追放された関税令嬢は、辺境に「税のいらない街」をつくります 〜王都の通行手形はぜんぶ私が捌いていたのですが、止めても構いませんよね?〜  作者: 花守いとは


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第45話 交易監の失脚

 告発はしない、と私は決めた。


 告発をすれば、この町がレーヴェを裁こうとしたことになる。裁く権のない者が裁こうとすれば、それはただの言いがかりだった。第一、こちらの手には突き合わせるべき同盟の帳面がない。


 代わりに、私は一枚の紙を書いた。


 照会状である。


 ***


 文面は、恐ろしく事務的にした。


 自由市同盟の四つの町では、これから南街道の荷を扱う。ついては、過去に扱われた荷の運び賃の相場を知りたい。手元に十年前の受け取りが百二十枚あるので、同盟の記録と突き合わせて、当時の相場を確かめたい。


 それだけを書いた。


 不正という語は使わなかった。横領とも、密告とも、罪とも書いていない。書いたのは、突き合わせたい、という一語だけだった。


 宛先は、盟主オルブレヒト。


「これでいいのか」


 リタが、書き上がった紙を覗き込んだ。


「あいつが何をやったか、一行も書いてねえぞ」


「書く必要がありません」


 私は封をした。


「同盟の帳面と、この百二十枚を並べれば、数が合いません。合わないことは、並べた人が自分で気づきます。……こちらが言えば言いがかりですが、あちらが気づけば、それは同盟の内側の話になります」


「向こうが握り潰したら」


「握り潰せば、四つの町は南街道の荷を扱えません。相場が分からないからです」


 私は言った。


「荷が扱えなければ、同盟にとっても損です。潰すほうが高くつくようにしてあります」


 ***


 返事は、十九日後に来た。


 オルブレヒトの署名である。文面は、こちらと同じくらい事務的だった。当時の記録との突合を行った。相場の照会に対する回答として、当時の運び賃の表を添える。以上。


 添えられていた表は、正確だった。


 そして、その末尾に一行だけ、こう書き足してあった。


 ――貴殿の送られた受け取りのうち、三十七件について、当方の記録との差異を確認した。所管の者への処分は、同盟の内規により行う。


 処分、という語だけが、そこにあった。


 ***


 その後のことは、南から来る荷と一緒に、少しずつ運ばれてきた。


 交易監レーヴェは、同盟の査問にかけられた。十年前の三十七件については、本人が認めたという。差額は既に手元になく、返せるのは一部だけだった。


 驚いたのは、査問がそこで終わらなかったことだ。


 三十七件が明るみに出たあと、同盟の他の交易監たちが、自分の受け持つ荷の記録を洗い始めた。すると、レーヴェの扱った荷のうち、この十年の分にも同じ形の差異が見つかった。数は、百を超えたという。


 彼は、やり方を変えていなかった。


 十年間、同じ手口を、同じ帳面の書き方で続けていた。誰にも見つからなかったからだ。


 ***


 処分が決まったのは、それからひと月後だった。


 交易監の職を解かれ、同盟の商いへの関与を禁じられた。牢に入れられたわけではない。同盟には人を裁く権はなく、できるのは締め出すことだけだった。


 その報せを持ってきたのは、南の宿場の厩番――ではなく、荷を運んできた見知らぬ商人だった。噂として話し、噂として去っていった。


 私はそれを、リタとハルクのいる帳場で聞いた。


 ハルクは、しばらく黙っていた。


 それから、右の足をさすった。


「……終わったのか」


「終わりました」


「おれの足は、治らねえけどな」


 彼は笑った。今度は、あまりリタに似ていない笑い方だった。


「けど、まあ。息子に、話せることが一つできた」


 ***


 リタは、その日は何も言わなかった。


 言ったのは、三日後だった。


 朝の荷積みの最中に、彼女は縄を締める手を止めずに、こちらを見もせずに言った。


「姐さん。おれ、あいつに勝った気がしねえんだ」


「はい」


「あいつは十年、おれのことを覚えてなかった。今も覚えてねえだろ。職を取られて、たぶん、なんで取られたのかも分かってねえ」


 彼女は縄を引いた。荷が、きしんで締まった。


「おれが十年憎んでた相手は、最後までおれを知らなかった。……これ、勝ちか?」


 私は少し考えた。


「勝ちではないと思います」


 正直に答えた。


「あなたが十年抱えたものは、返ってきません。あの方が覚えていない以上、返せる人がいません」


「だよな」


「ただ」


 私は続けた。


「三十七件の運び賃を抜かれた人たちは、これから抜かれません。次に南街道を通る運び屋も、抜かれません。……それは、あなたの紙が作ったものです」


 リタは荷に手を置いたまま、しばらく動かなかった。


 やがて、鼻から短く息を吐いた。


「……十年かかって、他人の得か」


「はい」


「割に合わねえな」


「合いません」


 私はそう答えた。


 彼女は笑って、荷車を引き出した。車輪が石を噛んで、一度大きく鳴った。


 ***


 その夜、南から早馬が来た。


 盟主オルブレヒトからの、二通目の書状だった。


 今度は事務的ではなかった。短く、こう書いてあった。


 ――一度、お目にかかりたい。場所はそちらで指定されたい。

爽快な勝利ではありません。

セレーナが送ったのは告発ではなく、「突き合わせたい」とだけ書いた照会状でした。言いがかりにならないように、そして握り潰すほうが高くつくように。

リタの問い。「おれが十年憎んでた相手は、最後までおれを知らなかった。これ、勝ちか?」。セレーナは「勝ちではない」と答えます。ごまかしません。そのうえで、彼女の紙が何を作ったかだけを言います。

そして、盟主からの二通目の書状。今度は事務的ではありませんでした。


次話、三年前の書付を渡した人が、自分の口でそれを認めます。言い訳は一言もありません。

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