第46話 三年前の、本当の黒幕
場所は、市の中央にした。
板の立っている、いちばん人目のある場所である。天幕を一つ空けて卓と椅子を置いた。屋根も囲いもなく、荷を運ぶ者が横を通っていく。
供の者が、盟主にふさわしい場所ではないと言った。オルブレヒトは、それを手で制した。
彼は椅子に腰を下ろして市を見渡し、よい場所だ、と言った。
「ここなら、私が何を言ったか、町中が聞いている。……脅す気がないという証には、これがいちばん安い」
***
半年ぶりに見る盟主は、あまり変わっていなかった。
六十を過ぎているだろう。仕立ての良い外套に飾りは少なく、手は大きく、指の節が太い。若い頃に物を担いだ手だと、私は思った。
彼は、先にレーヴェの件の礼を言った。あれは同盟の内側の腐りであって、こちらが送ったのは照会状で告発ではなかった、あの書き方をされなければ身内をかばう側に回っていたかもしれない、と。
「かばえば、荷が扱えなくなります」
「そうだ。だから、かばえなかった。うまい書き方だ」
彼は、作り物ではない笑い方をした。
「あなたは、人を追い詰めるとき、逃げ道を塞がずに、逃げ道のほうを高くする」
「安いほうを選んでいただいただけです」
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私は卓の上に、一枚の写しを置いた。
三年前、王都の通商評議会に南街道の料率引き上げを進言した書付の写しだった。ボルガーが王都から持ち出した、たった一枚。
表情は動かなかったが、卓に置かれた指が、わずかに止まった。
「この書付には、王国の相場と、トラス圏の相場が並べて書いてあります。作ったのは商会筋だと聞いていますが、フェルマー商会の帳面にトラスの相場は載りません。あそこは国内の商会です。……この数字を渡せた人は、限られます」
しばらく、誰も何も言わなかった。
市の音だけが聞こえていた。荷車の軋み、呼び売りの声、升のすり切れる音。
「私が渡した」
オルブレヒトは、静かにそう言った。
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言い訳はなかった。彼は卓の上の写しを指で押さえたまま、こう続けた。
「三年前、フェルマーの当主から相談を受けた。国内の関所の料率を上げたい、そのための材料が欲しいと。私は、南の相場を渡した。……渡せば何が起きるかは、分かっていた」
「王国の中の荷が、南へ流れます」
「そうだ。国の中の関所が高くなれば、商人は国の外を通る。当たり前の話だ」
ボルガーが三年前に言ったのと、同じ言葉だった。
同じことを、反対の側から言っている。
「それは、王国を弱らせるためですか」
「弱らせるためではない。太らせるためだ、南をな」
それは同じことではないか、と私は言った。
「同じではない」
彼は初めて、少しだけ声を強めた。
「私は、あなたの国を潰そうとしたことは一度もない。潰れた国と商いはできん。私がしたのは、荷の通る道を、こちらへ寄せることだ。……道を寄せるのに、剣は要らん。相場の紙が一枚あればいい」
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彼の言っていることは、私がこの半年やってきたことと、形がよく似ていた。
私は関税をゼロにして、荷を寄せた。剣も脅しも使わず、ただ、こちらのほうが安いという事実を作っただけだ。
流れは低い方へ流れる。半年前、私はそう言って、この人を退かせた。
「……あなたと、私は」
「同じことをしている、と思われたのだろう」
彼が引き取った。「ええ、似ている。私もそう思う」
「違うところがあります」
「三年前、あなたが道を寄せたとき、この町は死にかけました。通行料が四割になって、誰も通らなくなって、関所の前で隊商が立ち往生していました。……あなたの帳面に、この町は載っていましたか」
オルブレヒトは、答えなかった。
「載っていなかったのだと思います。載せる必要がなかったからです。道を寄せるとき、寄せた先の数だけを見ればいい。寄せられた側で何が枯れるかは、勘定に入らない。……レーヴェが荷の斤を全部覚えていて、運び手の名を一つも覚えていなかったのと、同じ形です」
彼の眉が、動いた。
「あの男と、私を並べるか」
「並べています。あの方は、あなたのやり方をよく学んだのだと思います」
***
風が、天幕の布を鳴らした。
オルブレヒトは、しばらく市を見ていた。荷を担いだ男が、板の前で値を確かめてから、南へ歩いていく。
「……手厳しいな」
彼は言った。声は怒っていなかった。
「私を悪党だと言うのなら、まだ楽だった。あなたは、私が数えなかったものの話をする」
私は頷いた。
「その数えなかったものが、あなたの町では、どう帳面に載る」
「載りません。載らないから、毎朝、目で見ています。板の前に何人立ったか、天幕がいくつ畳まれたか。それだけです」
彼は目を細め、それから、ゆっくりと立ち上がった。
「セレーナ殿。近いうちに、私のところへ来ていただきたい。トラスへ」
「用向きを伺えますか」
彼は外套を直した。
「見せたいものがある。あなたが今言ったことが正しいかどうかを、あなた自身の目で確かめてもらいたい。……私の同盟の、内側をだ」
「弱らせるためではない、太らせるためだ」。
これは悪党の理屈ではありません。商人の理屈です。だからこそ、セレーナのやってきたことと形がよく似ています。違いは一点だけ。「寄せられた側で何が枯れるかは、勘定に入らない」――第35話で彼女自身が突きつけられた宿題が、ここで初めて武器になりました。
そして盟主は、反論の代わりに招待をしました。同盟の内側を、自分の目で見ろと。
盟主の一言に指が止まった方は、ブックマークをひとつ。関所の灯の、薪代に。
次話、招待の前に、鉄が来ます。売れば血が流れ、止めれば物差しが曲がる。第2部でいちばん難しい卓です。




