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追放された関税令嬢は、辺境に「税のいらない街」をつくります 〜王都の通行手形はぜんぶ私が捌いていたのですが、止めても構いませんよね?〜  作者: 花守いとは


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第44話 道具にされた者たち

 最初の一人が来たのは、レーヴェが帰った四日後だった。


 五十近い、右の足を引きずる男だった。名をハルクという。関所の前で半日ほど立っていたのを、リタが見つけて連れてきた。


 彼は帳場に入るなり、懐から油紙の包みを出した。


「あんたが、ここの査定官さんか」


「はい」


「これを、見てほしい」


 包みの中身は、黄ばんで端の擦り切れた紙束だった。十年ぶんの湿気を吸っていて、めくると軋むような音がする。荷の受け取りだった。


 ***


 私は紙を一枚ずつ、卓の上に並べていった。


 十年前の南街道で、荷を受け取った控えである。日付、品、量、運び賃、そして受け取った者の印。運び屋が荷主へ渡す紙の、手元に残る片割れだった。


 商いをする者なら、誰でも取っておく。揉めたときの証だからだ。


「あんたら、なんでこれを」


 リタが言った。声が硬かった。


「捨てるだろ、普通。おれは焼いたぞ」


「焼けなかった」


 ハルクは短く答えた。


「相棒が捕まったとき、おれは逃げた。逃げるとき、これだけ持って出た。……いつか要ると思ったわけじゃねえ。ただ、これを捨てたら、あの仕事が全部なかったことになる気がした」


 彼は自分の膝を見た。


「おれの足は、そのとき折られたやつだ。役人にじゃねえ。逃げるときに崖から落ちた」


 ***


 紙束を読み進めるうちに、私は妙なことに気づいた。


 同じ荷の受け取りが、二枚ずつある。日付も品も同じで、量だけが違う。片方は染料十二樽、もう片方は十四樽と書いてあり、印は両方ともレーヴェのものだった。


 私は他の紙も並べ直した。二重になっている組が、三十七組あった。


 どれも同じ形をしていた。運び屋に渡した控えのほうが少なく、同盟へ上げた控えのほうが多い。差は一割から二割。


「……運び賃を、抜いていますね」


「抜いてた」


 ハルクが頷いた。


「おれたちは十二樽ぶんの銭をもらう。あいつは十四樽ぶんを同盟から受け取る。差の二樽ぶんが、あいつの懐に入る」


「それを、当時ご存じでしたか」


「知るかよ。おれは字が読めなかった」


 彼は笑った。その笑い方は、どことなくリタに似ていた。


「今も読めねえ。息子に読んでもらって、初めて分かった。……十年経ってからだ」


 ***


 その後の十日で、二人が来た。


 どちらも触れに名を挙げられていた者だった。一人は東の村で炭を焼いていて、一人は南の宿場で厩番をしていた。二人とも、同じような紙束を持っていた。


 彼らが来た理由は、はっきりしていた。


 触れの但し書きである。名を挙げられた者のうち、居場所まで書かれたのはリタだけだった。それを見て、三人とも同じことを考えたという。次は自分の番だ、と。


「逃げ続けるのは、もういい」


 厩番だった男が言った。


「息子に、親父はどこの誰だと訊かれるたび、答えられねえのが応えた」


 ***


 紙は全部で百二十枚を超え、私はそれを、市の帳場で日付順に並べ直した。三人の紙は互いに繋がった。同じ荷を別々の運び屋が引き継いだ記録があり、そこでも数が合わなかった。


 揃えてみて、分かったことがある。


 この紙は、そのままでは告発の材料にならない。


 十年前の紙で、印は本物だが、当時の同盟の帳面と突き合わせなければ意味を成さない。その帳面はトラスにある。こちらからは触れない。


 ――けれど。


 私は並べた紙を、もう一度見た。突き合わせる必要は、こちらにはなかった。突き合わせたい人が、南にいる。


 ***


 夜、リタが帳場に残った。


 三人は町の宿に泊めていた。ハルクは足のせいで長くは歩けないので、しばらくこの町に置くことにしている。


「姐さん。あいつら、なんでここへ来たんだと思う」


「逃げ続けるのが、もういいからでしょう」


「それもある。けどな」


 リタは板の立つ市のほうへ、顎をしゃくった。


「触れの但し書きに、ロウフェルトって書いてあったからだ。あいつら、この町の名前を見て来たんだよ。……匿ってくれる町だと思ったんじゃねえ。おれが、まだここに居るって書いてあったからだ」


 口を挟まずに、私は聞いていた。


「名前を売られた奴が、追い出されずに居る町がある。それだけで、来る理由になったんだ」


 彼女は少し笑った。


「あいつは、おれを追い出す道具のつもりで、あの一行を書いた。おかげで三人集まった」


 ***


 ハルクは、帰り際に一つだけ話をした。


 十年より、もっと前の話だという。彼がまだ若く、南の海沿いで塩を担いでいた頃のことだった。


「そのころ、荷を自分で運ぶ商人がいてな。同盟に入らねえで、独りで塩を運んでた。おれたちみたいな端の人間にも、名前で呼んでくれる人だった」


「どうなりましたか」


「潰された。同盟の縛りに逆らったからだ。……名前は覚えてる。あんた、笑うなよ」


 彼は少し口ごもった。


「オルブレヒトってんだ。今の盟主と、同じ名でな」


 私は、手にした紙を静かに置いた。窓の外は暗く、南の空は見えなかった。

黄ばんだ紙束が、卓の上に並びました。ただし、この紙は告発には使えません。突き合わせる帳面が、敵の側にあるからです。

今回いちばん効いたのは、リタの気づきでした。追い出すための一行が、逆に三人を呼び寄せた。「名前を売られた奴が、追い出されずに居る町がある」――第37話で町が出した答えが、ここで返ってきました。

最後にハルクが置いていった名前は、次の章まで持ち越します。


紙束をめくる音に息を詰めた方は、評価の星をひとつ。帳面を綴じる紐代に、ありがたく。


次話、セレーナが送るのは告発状ではなく、たった一枚の照会状です。それで、十年が動きます。

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