↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された関税令嬢は、辺境に「税のいらない街」をつくります 〜王都の通行手形はぜんぶ私が捌いていたのですが、止めても構いませんよね?〜  作者: 花守いとは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/60

第43話 レーヴェとの、卓

 レーヴェから使いが来たのは、ハーフェンが取り決めを切った十日後だった。


 同盟の交易監として、自由市同盟の件で話がしたいという。場所はこちらで指定してよいとあった。


 私は市の帳場を選んだ。人の出入りのある、誰からも見える場所だった。密室で話せば、何を約束したか噂が勝手に育つ。育った噂は、こちらの升より早く走る。


 そして、リタに同席を頼んだ。


「おれが出ていいのか」


「出てください。あの方は、あなたの名前を道具に使いました。道具にされた人が卓にいないところで、その話をするべきではありません」


 彼女はしばらく黙って、それから頷いた。


 ***


 レーヴェは、前と同じように供を少なく連れてきた。


 帳場の椅子に浅く腰かけ、卓の上で指を組む。私の隣に立つリタを見て、彼はごく自然に会釈をした。まるで、初めて会う町の人に対するような会釈だった。


 リタの肩が、わずかに動いた。


「本題の前に、一つ」


 私は先に口を開いた。


「触れを取り下げていただいた件、礼を申し上げます」


「盟主の判断です。私の手柄ではございません」


「では、触れを出したのは、どなたの判断ですか」


 彼の指が、一度だけ止まった。


「……私です」


「その触れに名を挙げられた者が、そこにおります」


 レーヴェはリタのほうへ、ゆっくりと顔を向けた。


 ***


「詫びろとは言わねえ」


 リタが言った。声は低かったが、震えてはいなかった。


「一つだけ訊きたい。十年前、南街道で捕まった男がいる。おれの相棒だ。あんたが名前を役人に売った」


「……そのようなことが、ありましたか」


「あった」


「申し訳ありません。何分、古い話で」


 彼は困ったように眉を下げた。芝居には見えなかった。それが、いちばん悪かった。


「覚えてねえのか」


「人の名は、覚えておりません」


 レーヴェは正直に答えた。


「十年前でしたら、南街道の荷は年に四百口ほど扱っております。運び手の名まではとても」


 リタが、卓に手をついた。


 止めるべきかとも思ったが、私は動かなかった。


「――じゃあ、荷は」


 彼女は言った。


「荷は、覚えてるのか」


 レーヴェは少し首をかしげ、それから淀みなく答えた。


「十年前の南街道でしたら、春に染料、夏に酒と塩、秋に鉄と毛皮。染料は樽で、一樽が四十斤ほど。運び賃は一樽につき銀貨二枚と半分。……鉄はよく重さをごまかされましたので、当時は特に厳しく検めておりました」


 リタが息を吸う音だけが、やけにはっきり聞こえた。


 彼は荷を全部覚えていた。斤の単位まで、値まで、揉め事の種類まで。十年前のことを、昨日のことのように言えた。


 そして、その荷を運んだ人間の名は、一つも出てこなかった。


 ***


 リタは、しばらく動かなかった。


 やがて、ゆっくりと手を卓から離した。掌の跡が、木の表面に薄く残っていた。


「……そうか」


 彼女はそれだけ言った。


 私は彼女の横顔を見た。怒鳴るだろうと思っていた。掴みかかるかもしれないと思って、そのときは止めるつもりでいた。


 彼女はどちらもせず、ただ、ひどく疲れた顔をしていた。


「セレーナ様」


 レーヴェが向き直った。


「不快な思いをさせたのでしたら、謝ります。ですが私は、嘘をつくよりは、覚えていないと申し上げるほうが誠実だと考えております」


「ええ。誠実だと思います」


 私は言った。


「そのうえで、一つ申し上げます。あなたは、荷を数える人です。数えられるものはすべて覚えている。……人は、数えられません。だから、あなたの帳面には載らない」


「人を数えろと」


「いいえ。数えられないものがあると、知っておいてくださいと申し上げています」


 ***


 交渉そのものは、短く終わった。


 自由市同盟の四つの町へ、同盟に入るなら掛かりを持つという申し出が来ていた。断る、と私は答えた。理由はハーフェンに言ったのと同じだった。他所の財布で動く町は、財布が閉じた日に折れる。


 レーヴェは食い下がらなかった。予想していたのだろう。彼は淡々と書付を畳み、席を立った。


 戸口で、彼は足を止めた。


「一つ、よろしいですか」


「どうぞ」


「先ほどの、数えられないもの、という話ですが」


 彼は少し考える顔をした。


「――それは、商いに要るものでしょうか」


 問いは、皮肉には聞こえなかった。本当に分からないから訊いている声だった。


「要ります」


 私は答えた。


「人は、数えてくれる相手のところへは荷を持ってきません。正しく見てくれる相手のところへ持ってきます。似ていますが、違います」


 彼はしばらく私を見ていたが、やがて、いつもの柔らかい笑みを作って出ていった。


 ***


 戸が閉まったあと、リタが長く息を吐いた。


「姐さん。おれ、ずっとあいつを憎んでた」


「はい」


「憎むには、覚えてもらってねえと駄目なんだな」


 彼女は笑おうとして、失敗した。


「十年だぞ。おれが十年抱えてたもんを、あいつは一日も持ってなかった」


 私は何も言わなかった。言えることが、何もなかったからだ。


 窓の外で、荷を積んだ車が一台、南へ抜けていった。

レーヴェは嘘をついていません。本当に覚えていないのです。荷は斤の単位まで覚えているのに。

「憎むには、覚えてもらってねえと駄目なんだな」――リタのこの一言が、今回いちばん書きたかったところでした。

そして、セレーナがレーヴェに渡した言葉。「数えられないものがある」。彼はそれを皮肉ではなく、本気で分からずに問い返しました。この問いが、次話から効き始めます。


次話、レーヴェに使い捨てられた人たちが、この町へ来ます。持ってくるのは恨み言ではありません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。