第4話 関所に、最初の灯がともる
ロウフェルトを治める辺境伯の館は、町と同じくらい古びていた。
石壁にはひびが走り、調度は質素だ。けれど磨き込まれた床と、隅々まで手入れの行き届いた窓を見て、私は理解した。ここの主は、貧しくても誇りを捨てていない。
「王都の査定官が、こんな辺鄙な町に何の用かな」
辺境伯ボルガー・ロウフェルトは、暖炉の前で私を迎えた。白い髭をたくわえた老人で、声は低く、目だけが鋭い。
「もう査定官ではありません。婚約を破棄され、評議会も追われました」
私は包み隠さず告げた。隠したところで、いずれ知れる。
「ほう」ボルガーは片眉を上げた。「それで、敗残の身を辺境に隠そうというわけか」
「いいえ」
私は、まっすぐ彼を見た。
「この町を、立て直しに来ました」
暖炉の薪が、ぱちりと爆ぜた。
ボルガーは、しばらく私を見つめていた。それから、ゆっくりと笑った。乾いた、けれど不思議と温かい笑いだった。
「面白いことを言う。だがな、お嬢さん。この町が寂れたのは、立地が悪いからだ。北は王都、南はトラス。どちらからも遠い、どっちつかずの田舎よ。私が何十年、手を尽くしても変わらなかった」
「立地のせいではありません」
私は断言した。
「ロウフェルトは、二つの交易路が交わる結節点です。本来なら、栄えていておかしくない。寂れた理由は、たった一つ。――通行料が、高すぎる」
「……何だと」
「この関所の通行料は、荷の値の四割。王都周辺の関所の倍以上です。これでは、まともな商隊は通りません。みな、遠回りしてでもこの町を避ける。人が通らなければ、町は死ぬ。当たり前のことです」
「料率は、王都が決めたものだ。先代の頃に上げられた。理由は知らんが、一度上がった料率は、誰も下げようとはせん」
その「理由」を、私は知っていた。
――フェルマー商会。
南の交易を独占したいフェルマーが、競合の小商隊をこの関所から締め出すために、王都に働きかけて料率を吊り上げた。三年前、私が評議会に入ったとき、すでにそうなっていた。私は職務として「決められた料率」を守るしかなかった。
けれど今は、職務はない。
「辺境伯さま。一つ、ご提案があります」
「言ってみろ」
「この関所の通行料を――ゼロにしてください」
ボルガーが、目を見開いた。
「ゼロ……だと? 通行料は、この町の数少ない収入だぞ。それをなくせば、町はますます――」
「逆です」
私は、静かに続けた。
「四割の通行料で、年に十の商隊しか通らないなら、収入は四割×十です。ですが通行料がゼロなら、商隊は百でも二百でも通る。彼らはこの町に泊まり、飯を食い、馬を休ませ、荷を売り買いする。町が得るのは、通行料ではなく――人が落とす金です。通り道で稼ぐのではなく、立ち寄らせて稼ぐ」
「立ち寄らせて……稼ぐ」
「『税のいらない街』。それが、この町の旗印になります。重い税の王都を避けたい商人は、必ずここを目指す。一度人が集まれば、宿も、市も、職人も戻ってくる。関所は、関銭を取る場所ではなく、人を呼び込む門に変わる」
長い沈黙があった。
ボルガーは、窓の外の――灯のともらない、暗い町を見つめていた。
「……お嬢さん。私はな、若い頃、王都にいた」
ぽつりと、彼は語り始めた。
「正しいと思うことを、正しいと言った。それで疎まれ、この辺境へ飛ばされた。以来三十年、この死にかけの町を、ただ看取るために生きてきたつもりだった」
彼は、私を振り返った。その目に、消えかけていた何かが、かすかに灯っていた。
「正しいことを言って疎まれる気持ちは、よく知っている。……だからこそ、あんたに賭けてみたくなった」
ボルガーは、立ち上がった。
「やってみろ。この町を、好きにいじっていい。通行料をゼロにする布告は、私が出す。失うものなど、もう何もない町だ」
その夜。
関所の番小屋に、久しぶりに灯がともった。
私は一枚の羊皮紙を広げ、新しい料率表を書き始めた。指の腹で、紙の縁を一度なぞる。
――ここから、流れを変える。
剣も、魔法も、いらない。
必要なのは、正しい数字と、それを信じてくれる人が一人。
それだけで、人は動く。
「税のいらない街」。
旗が立ちました。あとは、人が流れ込んでくるのを――王都が気づかないうちに。
次話、セレーナの査定が町に信頼を呼び、ある協力者が現れます。
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