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追放された関税令嬢は、辺境に「税のいらない街」をつくります 〜王都の通行手形はぜんぶ私が捌いていたのですが、止めても構いませんよね?〜  作者: 花守いとは


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第36話 包囲の中で

 翌朝、私は帳場に四つの帳面を並べた。


 ハーフェン、セルグ、東の渡し場、そして北の宿場。この二月のうちにトラスの銭が入った、四つの市の名前だった。


 それぞれの市で、何がいくらで売れているか。分かる範囲で書き出していく。行商から聞いた話、南へ移った商人が置いていった書付、隊商が持ち帰った噂。確かなものと、そうでないものを分けて記した。


 半日かけて、表ができた。


 そして、おかしなことに気がついた。


 ***


「値が、揃っていません」


 ボルガーの館で、私はその表を広げた。


「揃っていない、とは」


「毛織物です。ハーフェンでは一反が銀貨十二枚、セルグでは十五枚、渡し場では十一枚で売れています。同じ品で、三割以上ちがう」


 老辺境伯は表を覗き込んだ。


「近い市なのだから、値は揃うはずだと」


「はい」


 荷が自由に動けば、高いところへ荷が集まって値は下がり、安いところからは荷が去って値は上がる。放っておけば、近い市どうしの値は同じところへ寄っていく。それが商いの理だった。三割も開いたまま二月が過ぎているのなら、荷は自由に動いていない。


 私は指を四つの名の上に置いた。


 自分で言いながら、背筋が伸びるのを感じていた。


 あの四つの市は、競い合っていなかった。同盟の銭で立っている以上、隣の市より安くする必要がない。掛かりを持ってもらえるなら、値を下げずとも商人は来る。私はそれを、順を追って話した。


「……なるほど。競わぬのか」


「競う理由がないのです。四つとも、同じ財布から出ている」


 言葉にすると、はっきりした。


 あの市は、確かに安い。升も正しい。けれど、あそこで決まる値は、商いが決めた値ではなかった。同盟が決めた値だった。


「そして、四つの市の真ん中に、うちがあります」


 私は地図の上のロウフェルトを指した。


「囲まれている、と昨日まで思っていました。けれど、囲みの中心にいる、とも言えます」


「同じことではないのか」


「違います」


 私は表を持ち上げた。


「四方の値が、ここへ集まってくるということです。ハーフェンの値も、セルグの値も、渡し場の値も、うちの関所を通る商人が持ってくる。この町だけが、四つ全部を見られる場所にいます」


 ボルガーの目が、わずかに開いた。


 ***


「見せるのか」


 彼は言った。フェルマー商会が買い占めに走ったとき、私が相場を貼り出して退けた手を、彼はよく覚えていた。


「はい。四つの市の値を、毎朝、うちの市に貼り出します。うちの値と並べて」


「うちの値のほうが高い品もあるぞ」


「あります。隠しません」


 私は言った。


「隠せば、貼り出す意味がなくなります。うちが高い品は高いと書きます。安い品は安いと書く。商人はそれを見て、好きなほうへ行けばいい」


「それで、こちらへ荷が戻るのか」


「戻る品と、戻らない品があります」


 私は表の一行を指した。


「毛織物は、ハーフェンのほうが安い。この品は戻りません。……けれど、陶器は違います。あちらは十八枚、うちは十四枚です。うちのほうが安い」


「なぜ、あちらが高い」


「割れるからです」


 陶器は運ぶ途中で必ずいくらか割れる。その分を誰が被るかで、値は変わった。この市では、荷を開いて割れを数え、割れた分だけ値を引くのは私の役目だった。買い手は割れを恐れずに買えるから、値は下がる。


 ハーフェンの市には、その査定がなかった。掛かりを同盟が持つ以上、割れも同盟が被る。被る側は、初めから高く売っておくよりほかにない。


 ボルガーが、低く唸った。


「銭を出す者がいると、査定が要らなくなるのか」


「要らなくなります。そして、要らなくなった市では、荷を見る目が育ちません」


 私は帳面を閉じた。


 あの市の升は正しかった。摺り切りに手をかけた誰かがいた。けれど升が正しいことと、荷を見る目があることは、別のことだった。


 ***


 その日の夕方、市の中央に板を立てた。


 四つの市の名前と、主な品の値。うちの値。日付。それだけを書いた板だった。


 商人たちが集まってきた。


「セレーナさん。うちの毛織物、ハーフェンより高いって書いてあるぞ」


「はい。高いです」


 自分の市の不利を自分で貼るのか、と誰かが呆れたように言った。私は貼りますと答えた。


「安いところへ行きたい方は、行ってください。止めません。ただ――どこがいくらか分からないまま行くのと、分かった上で行くのとでは、違うと思います」


 老いた隊商頭が、板の前で長いこと立っていた。


 それから、誰にともなく言った。


「……なるほどな。ここは、値が見える市か」


 板の前の人だかりは、日が暮れても消えなかった。


 囲まれている。それは変わらない。


 けれど囲みの中心には、四方が見える場所がある。

「囲まれている。それは変わらない」――それでも板を一枚、市の真ん中に立てるところから、反攻が始まりました。

不利な数字も一緒に貼ります。隠した瞬間に、この板はただの宣伝になるからです。

もう一つ。「銭を出す者がいる市では、荷を見る目が育たない」。偽物の自由市との本当の違いは、升の精度ではなく、ここにあります。


板の前で足を止めた方は、ブックマークをひとつ。相場板の隅に、値札を一枚足す気持ちで。


次話、リタの件に、町が答えを出します。セレーナは、そこで一言も口を挟みません。


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