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追放された関税令嬢は、辺境に「税のいらない街」をつくります 〜王都の通行手形はぜんぶ私が捌いていたのですが、止めても構いませんよね?〜  作者: 花守いとは


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第27話 物差しを、使い分けた男

 王都の通商評議会で、査定長官ヴィントの罷免が、決まった。


 決め手は、セレーナの送った、偽手形の束だった。


 宰相セルウィンは、ヴィントを、執務室に呼んだ。


「弁明は、あるか」


 机の上には、回収された偽手形が、並べられている。すべて、同じ工房の紙。同じ筆跡。同じ、浅い一画の跳ね。


 ヴィントは、長いこと、その束を、見つめていた。


 それから、静かに、言った。


「……弁明は、ありません」


「なぜ、こんな真似を」


「ロウフェルトを、潰すため。それが、王都の関税収入を、取り戻す、唯一の道だと、信じておりました」


「偽手形で、信用を崩すことが、か」


「ええ」ヴィントは、淡々と答えた。「セレーナ様の市は、信用の上に、成り立っている。ならば、信用を崩せば、市は、崩れる。理屈は、正しかったはずです」


「だが、失敗した」


「はい」


 ヴィントは、わずかに、目を伏せた。


「私は、手順を、間違えませんでした。偽手形は、九割まで、本物と、同じでした。なのに――最後の一画だけ、写しきれなかった。そして、あの方は、その一画だけで、すべてを、見抜いた」


 彼は、自嘲するように、笑った。


「私は、ずっと、あの方の、手順を、写してきました。料率の組み立て方も、荷の値の見定め方も、署名の形も。すべて、写せると、思っていた。九割は、写せた。――でも、最後の一割は、どうしても、写せなかった」


「その一割が、何だったか、分かるか」


「……いいえ。それが、分からないから、私は、負けたのです」


 宰相は、静かに、言った。


「お前は、物差しを、使い分けた。誰を儲けさせ、誰を締め出すか。物差しを、自分の都合で、曲げた。それが、お前の言う『割り切り』であり、お前の強みだと、信じていた。だが――」


 宰相は、偽手形を、指で、なぞった。


「セレーナ・ヴァロワは、決して、物差しを、曲げなかった。誰が相手でも、同じ物差しで、査定した。だから、敵を作った。フェルマー商会のような、大商会にも、容赦しなかった。お前は、それを、『潔癖すぎる弱点』だと、思っていただろう」


「……はい」


「だが、それこそが、彼女の、最後の一画だった。曲げない物差し。それが、人々の、信用を、生んだ。お前は、物差しを曲げる『割り切り』で、彼女に勝てると思った。だが、物差しを曲げた瞬間、お前は、信用を、生み出せなくなっていたのだ」


 ヴィントは、長いこと、沈黙していた。


 それから――深く、息を、吐いた。


「……そう、でしたか」


 彼の声に、初めて、人間らしい、感情が、滲んだ。


「私は、あの方の、すべてを、見ていたつもりでした。でも、一番、大事なものだけを、見て、いなかった。曲げない、ということの、強さを」


 ***


 評議会を去る、その日。


 ヴィントは、城門の前で、一人、南の空を、見上げていた。


 そこへ、宰相が、見送りに来た。


「最後に、一つだけ、申し上げても、よろしいですか」


 ヴィントは、宰相に、向き直った。


「セレーナ様は、王都との戦いには、勝ちました。フェルマー商会も、私も、退場しました。ですが――本当の戦いは、これからです」


「どういうことだ」


「南の、トラス商業同盟です」


 ヴィントの目が、鋭くなった。


「あの市が、大きくなればなるほど、トラス同盟は、それを、欲しがる。盟主オルブレヒトは、王都のような、生ぬるい相手では、ありません。あの男は――人を、道具としか、思っていない。市を、丸ごと、飲み込みに来る」


 彼は、南の空を、指さした。


「セレーナ様は、王都を、相手に、信用で、勝った。ですが、トラス同盟は、信用すら、金で、買い叩こうとする。あの方の『曲げない物差し』が、初めて、通用しない相手かもしれない」


 宰相は、その言葉に、寒気を覚えた。


「お前は……敵だった、あの女に、忠告を、残すのか」


「敵では、ありません」


 ヴィントは、静かに、首を振った。


「私は、ただ、あの方の、仕事を、誰よりも、長く、見てきた者です。あの方が、トラス同盟に、飲み込まれて、消えるのを――見たくは、ない。それだけです」


 彼は、深く、頭を下げた。


 そして、振り返らずに、城門を、出ていった。


 人の記憶に残らない男は、最後に、一つの予言だけを、残して、去った。


 ***


 その予言は、数日後、ロウフェルトのセレーナにも、届いた。


 私は、宰相からの書状を、読み終え、静かに、目を閉じた。


「曲げない物差しが、通用しない相手、ですか」


 窓の外、南の空の下に、トラス商業同盟が、広がっている。


 最後の卓が、近づいていた。

最も狡猾な敵・ヴィント、退場です。

彼の敗因は「物差しを曲げたこと」。セレーナの「曲げない物差し」こそが、彼の写しきれなかった最後の一画でした。敵が、最後に主人公の本質を言語化して去る――書いていて、好きな展開です。


そして彼は、去り際に、次なる敵を予言します。次話、ついにトラス同盟盟主オルブレヒトが――の前に、王都との、最後の決着を。

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