第26話 縁を、なぞる指
次の市の日。
私は、市の中央に、一つの台を据えた。
そして、布告した。
「本日より、自由市手形を、銀貨に換える際は、すべて、私が、直接、検める。本物と確認できた手形は、その場で、新しい印を捺す。新しい印のある手形だけが、これから、市で通用します」
商人たちが、ざわついた。
「新しい印?」
「なんで、そんなことを」
「偽物が、出回ってるって噂だ。本物を、選り分けるんだろう」
列が、できた。
商人たちが、次々と、手形を、私の前に差し出す。
私は、一枚、一枚、受け取った。指の腹で、縁を、一度なぞる。紙の漉き目を、署名の最後の一画を、印の角の沈み方を――一目で、検める。
「これは、本物。新しい印を、捺します」
本物の手形には、その場で、新しい印を捺した。
そして、時折。
「……これは、偽物です」
偽手形が、混じっていた。差し出した商人自身、それが偽物とは、気づいていないことが、ほとんどだった。
「えっ、これ、偽物なのか? おれは、街道筋で、釣りに、もらったんだが」
「あなたは、被害者です。安心してください。偽手形を持ち込んだ方には、本物の手形と、引き換えます。損は、町が、引き受けます」
私は、偽手形を持ち込んだ者に、一人残らず、本物を渡した。
町が、損をかぶる。だが――それでいい。一人でも、偽物をつかんで損をした商人を出せば、信用は、崩れる。なら、町が損をかぶってでも、商人を、守る。
商人たちは、感嘆した。
「ロウフェルトは、偽物をつかまされた客まで、守ってくれるのか」
「あの査定官、本物と偽物を、一目で、見抜くぞ」
「これなら、安心だ。偽物が混じってても、町が、選り分けてくれる」
偽手形の不安は、消えていった。
「ロウフェルトの手形には偽物が混じっている」という噂は、「ロウフェルトは、偽物を一目で見抜き、客を守る」という、逆の評判に、変わった。
ヴィントが崩そうとした信用は、むしろ――この一件で、より、強固になった。
***
だが、私の本当の狙いは、別にあった。
偽手形を、すべて、回収する。
市に出回った偽手形を、一枚残らず、私の手元に、集める。そして――その偽手形を、すべて、並べた。
「リタ。見てください」
私は、回収した偽手形を、机の上に、ずらりと並べた。数十枚。
「すべて、同じ工房の紙。同じ筆跡で、私の署名を、真似ている。一画の跳ねの浅さが、すべて、同じ。――つまり、これらは、すべて、同じ一人の人間が、作ったものです」
「同じ、一人……」
「偽手形を、これだけ精巧に、大量に作れる人間は、限られます。私の署名の癖を、間近で、長年、見てきた者。料率や手形の作り方を、熟知している者。――そして、私の癖を、九割まで写せて、最後の一画だけ、写しきれなかった者」
私は、目を、上げた。
「心当たりは、一人しか、いません」
「ヴィントだな」
「ええ。彼は、私の手順を、すべて写したと、思っている。でも――この、一画の跳ね。これだけは、写せなかった。なぜなら、これは、手順ではなく、私の、体に染みついた、癖だから」
私は、偽手形の一枚を、手に取った。指で、縁を、なぞる。
「手順は、盗める。でも、癖は、盗めない。ヴィントは、それを、知らなかった。だから――この偽手形が、彼自身の、署名に、なります」
***
私は、回収した偽手形のすべてと、リタが辿った運び屋の証言を、一つの書状に、まとめた。
そして、それを、王都の宰相セルウィンへ、送った。
「これらの偽手形は、すべて同一人物の手による。その人物は、私の査定の癖を熟知し、しかし、最後の一画だけを、写しきれなかった。心当たりを、お確かめください」と。
宰相が、その書状を受け取ったとき。
彼は、すぐに、誰の仕業かを、悟った。
セレーナの査定を、最も間近で、長く見てきた男。だが、その「最後の一画」だけは、ついに、手に入れられなかった男を。
「手順は盗める。でも、癖は盗めない」。
第1話から描いてきた「縁をなぞる指」が、ヴィントの偽手形を暴く、決定打になりました。
次話、ヴィントの工作が、王都で白日の下に。最も狡猾な敵の、決着です。そして彼は、去り際に、ある「予言」を残します。
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