第25話 偽手形の、出どころ
最初の偽手形が見つかったのは、ある市の日、両替台でのことだった。
「姐さん、これ……おかしいぜ」
両替を任せていたミレーユが、青い顔で、一枚の手形を持ってきた。フェルマー商会の没落後、市の両替台で働き始めた彼女は、貨幣と書面を扱う根気の良さで、少しずつ、町の信頼を得ていた。
「自由市手形の額面で、銀貨に換えてほしいと。でも、なんだか――妙な気が、して」
私は、その手形を、受け取った。
指の腹で、縁を、一度なぞる。
――違う。
一目で、わかった。
「これは、偽物です」
市の空気が、ざわついた。
「署名は、よく似せてあります。辺境伯さまの印も、巧妙に真似てある。けれど――羊皮紙の、漉き目が、違います。本物の自由市手形は、町の決まった工房で漉いた紙を使う。この紙は、王都の、別の工房のもの。それに、署名の、最後の一画の、跳ねが浅い。私の癖を、写しきれていません」
ミレーユが、息を呑んだ。
「そんな、細かいところまで……」
「細かいところにしか、本物と偽物の違いは、出ません」
私は、静かに言った。だが、内心は、穏やかではなかった。
偽手形だ。
誰かが、自由市手形を、精巧に真似て、市場に流している。これが広まれば――商人たちは、どの手形が本物か、わからなくなる。「ロウフェルトの手形には、偽物が混じっている」という不安が広がれば、自由市手形の信用そのものが、崩れる。
ヴィントが、煽ろうとして失敗した「取り付け」を、今度は、偽手形という、確かな根拠とともに、仕掛けてきたのだ。
「リタ」
私は、すぐに、リタを呼んだ。
「偽手形が、どこから流れているか、調べてください。あなたの、裏道の、目で」
リタの目が、鋭くなった。
「任せろ。偽物を流すなら、必ず、表に出せねえ道を使う。おれの庭だ」
***
数日後。
リタは、偽手形の流れを、突き止めてきた。
「姐さん。偽手形は、南街道の、王都側の集落から、流れてる。何人かの、流しの商人が、ばらまいてる。そいつらを、辿った」
彼女は、地図に、線を引いた。
「金の出どころは、王都だ。それも――通商評議会の、息のかかった、運び屋を使ってる。表向きは別人を立ててるが、元締めは、一人」
リタは、その名を、口にした。
「査定長官、ヴィントだ」
私は、目を、閉じた。
予想は、していた。だが、確証を得て、改めて、その執念に、寒気がした。
ヴィントは、自分の手は、決して汚さない。別人を立て、運び屋を使い、何重にも、間に人を挟む。証拠は、決して、自分には、繋がらないように。
「証拠は、押さえられますか」
「難しいな」リタが、顔をしかめた。「運び屋は、口が固い。元締めがヴィントだって、知ってる奴は、ほとんどいねえ。証拠を、王都に突きつけても、『知らぬ存ぜぬ』で、逃げられる」
私は、しばらく、考え込んだ。
ヴィントを、止めなければならない。だが、証拠が、彼に繋がらない。彼は、人の記憶に残らない男。証拠も、残さない男。
正面から、証拠を突きつけても、逃げられる。
ならば――別の方法で、彼自身に、しっぽを出させるしか、ない。
「リタ」
私は、目を開けた。
「一つ、罠を、仕掛けます」
「罠?」
「偽手形を、見破る方法を、私は知っている。でも、ヴィントは、それを知らない。彼は、『偽手形は、本物と区別がつかない』と、思い込んでいる。――その思い込みを、利用します」
私の中で、一つの策が、組み上がっていた。
ヴィントは、手順を写すことには、長けている。だが――手順の、外を考える力は、ない。
ならば、彼の写しきれなかった「一画の跳ね」が、彼自身を、追い詰める。
「次の市で」
私は、静かに言った。
「偽手形を、すべて、炙り出します。そして、その出どころを、白日の下に、晒します」
偽手形の出どころは、やはりヴィント。ですが、彼は決して尻尾を出さない男です。
正面から証拠を突きつけても逃げられる――ならば、罠を。
次話、セレーナの「査定眼」が、最大の見せ場を迎えます。縁をなぞる、あの指が、偽物を、すべて暴きます。
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