第24話 封鎖が、都を絞める
王城の財務の間で、宰相セルウィンは、一枚の地図を、睨んでいた。
南街道の、王都側の関所。ヴィントが、ロウフェルトを締め上げるために、通行料を吊り上げ、手形を出し渋っている、いくつかの関所。
「ヴィント。一つ、確かめたいことがある」
宰相は、傍らに控える査定長官を、見た。
「お前は、ロウフェルトを干上がらせるために、南街道の関所を締めた。だが――その関所は、王都に来る商隊も、通る関所ではないのか」
ヴィントの表情が、わずかに、動いた。
「……はい」
「では、聞く。ロウフェルト行きの商隊を締め出すために、関所の通行料を上げた。その関所を、王都に来る商隊も、通る。ならば――王都に来る商隊もまた、その高い通行料に、嫌気がさして、来なくなっているのではないか」
ヴィントは、答えなかった。
答えられなかった。
宰相は、関税収入の帳簿を、机に叩きつけた。
「数字が、それを、証明している。ロウフェルトに流れた分だけ、王都の収入が落ちた。それだけでは、ない。お前が関所を締めて以来――王都に、直接来るはずだった商隊までもが、減っている。お前は、ロウフェルトの蛇口を締めるつもりで、王都自身の蛇口まで、締めていたのだ」
「……っ」
「川上を締めれば、川下が干上がる。だが、その川上は――王都の、すぐ上流にもあった。お前は、ロウフェルトを干上がらせる前に、王都を、干上がらせていたのだ」
ヴィントは、青ざめていた。
彼の計算には、抜けがあった。
ロウフェルトを締めることだけを考えて、その締め付けが、王都自身に跳ね返ることを、計算に入れていなかった。いや――計算には、入れていた。だが、ロウフェルトが自由市手形で独立し、王都の手形に頼らなくなった瞬間、彼の封鎖は、ロウフェルトには効かず、王都だけに効く、最悪の形になっていたのだ。
「すぐに、関所を、元に戻せ」宰相は、命じた。「通行料を下げ、手形の発行を、正常に戻すのだ」
「し、しかし、それでは、ロウフェルトへの商隊が――」
「ロウフェルトは、もう、王都の手形を使っていない!」
宰相が、声を荒げた。めったに取り乱さない宰相の、初めての激昂だった。
「お前の封鎖は、ロウフェルトには、何の痛手も与えていない。痛手を受けているのは、王都だけだ。これ以上、続ければ、王都に来る、最後の商隊まで、失うぞ」
ヴィントは、立ち尽くした。
彼の「割り切り」は、確かに、鋭かった。物差しを使い分け、合法的に流れを止める手際は、見事だった。
だが――その鋭さは、すべて、「相手が王都の手形に頼っている」という前提の上に、成り立っていた。
セレーナが、その前提ごと、捨ててしまった瞬間。
ヴィントの鋭い刃は、振り下ろす先を失い――自分自身に、跳ね返ってきた。
***
その夜。
ヴィントは、一人、執務室で、帳面を、見つめていた。
セレーナの査定の手順を、すべて書き写した、分厚い帳面。彼が、長年、盗み見て、溜め込んだもの。
「手順は、すべて、写した」
彼は、低く、呟いた。
「あの方の、九割は、再現できる。なのに……なぜ、勝てない」
答えは、わかっていた。
彼が写したのは、手順だった。
だが、セレーナが本当に持っていたのは――手順の、外を考える力だった。前提が崩れたとき、その前提ごと捨てて、新しい流れを作る、自由さ。
それだけは、どれだけ盗み見ても、帳面には、写せなかった。
「……まだだ」
ヴィントの目に、暗い光が、灯った。
「まだ、手は、ある。あの市の信用は、自由市手形で、成り立っている。なら――その手形の、信用そのものを、潰せばいい」
彼は、机の引き出しから、一枚の羊皮紙を、取り出した。
それは――ロウフェルトの自由市手形を、精巧に真似た、偽の手形だった。
ヴィントの封鎖が、王都自身を絞めていた――皮肉な逆転です。
彼の鋭さは「相手が王都の手形に頼っている」前提の上にあった。その前提ごと、セレーナは捨てていた。
ですが、追い詰められたヴィントは、最後の禁じ手に出ます。「偽の自由市手形」。次話、信用への、直接攻撃が始まります。
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