第22話 買い占めという、自滅
買い占めに失敗したロドリゲスは、しかし、引き下がらなかった。
「ならば、別の手だ」
彼は、手代に命じた。
「南街道の、ロウフェルトに来る前の集落で、品を買い占めろ。市に着く前に、品を押さえる。市に品が着かなければ、結局、市は枯れる」
川下で買えないなら、川上で買い占める。それが、彼の次の手だった。
手代たちが、銀貨を持って、街道筋の集落へ散っていった。
***
その報せは、すぐに、私の耳に入った。
「姐さん、フェルマーが、街道の集落で、品を買い占め始めた」
リタが、報告に来た。
「ロウフェルトに来る前に、毛織物や陶器を、片っ端から相場の倍で買ってる。これじゃ、市に品が着かねえ」
私は、しばらく考え、それから――小さく、笑った。
めったに笑わない私が笑ったので、リタが、面食らった顔をした。
「姐さん? 笑ってる場合か?」
「リタ。ロドリゲスは、致命的な間違いを、犯しました」
「間違い?」
「彼は、相場の倍で、品を買い占めている。つまり――倍の値で、大量の在庫を、抱え込んでいる」
私は、帳面を広げた。
「考えてください。彼は、何のために買い占めるのか。市を枯らすためです。でも、買い占めた品を、彼は、どこで売るのでしょう?」
「……どこで?」
「売り先が、ないのです」
私は、言った。
「王都の市場は、もう寂れています。南のトラスには、フェルマー商会は売り込めない。そして、唯一、品がよく売れる市は――このロウフェルト。彼が、潰そうとしている、この市です」
リタの目が、見開かれた。
「つまり……あいつは、倍の値で大量に仕入れたのに、売る場所が、ねえってことか」
「その通りです。倍の値で買った在庫は、売れなければ、ただの、倍の損です。彼は、市を枯らすために、自分の蔵を、売れない在庫で、いっぱいにしている。――これは、攻撃ではありません。自滅です」
私は、新しい一手を、打つことにした。
「リタ。市の相場を、毎日、街道筋に、貼り出してください。『ロウフェルトの今日の相場』として。毛織物はいくら、陶器はいくら、と。正確な、本当の相場を」
「相場を、見せるのか?」
「ええ。ロドリゲスは、相場の倍で買い占めています。でも、本当の相場が、街道筋に、毎日貼り出されたら――集落の商人たちは、気づきます。『フェルマーは、倍の値で買ってくれる。でも、本当の相場は、その半分だ。なら、フェルマーに売るのが、一番得だ』と」
リタが、ぽかんとした。それから、ゆっくりと、笑い出した。
「……ひでえな、姐さん。みんなが、こぞって、フェルマーに、高く売りつけるってことか」
「ええ。正確な相場が見えれば、誰だって、一番高く買ってくれる相手に、売ります。ロドリゲスは、相場の倍で、際限なく、買わされ続ける。売れもしない在庫を、倍の値で、積み上げ続ける。――買い占めれば買い占めるほど、彼は、損を、積み上げます」
***
数日後。
ロウフェルトの相場が、毎日、街道筋に貼り出されるようになった。
集落の商人たちは、その正確な相場を見て、フェルマー商会の手代に、こぞって品を売りつけた。倍の値で。
ロドリゲスの蔵は、売れない在庫で、みるみる埋まっていった。
そして、彼が買い占めるために積んだ銀貨は――底を、つき始めた。
すでに南の交易を失い、手形の値も崩れ、商会の蓄えは、わずかしか、残っていなかった。その最後の蓄えを、彼は、売れない在庫に、注ぎ込んでいた。
「旦那様……もう、銀貨が……」
手代の、震える声。
ロドリゲスは、自分の蔵を、見渡した。
倍の値で買った、売れない毛織物。売れない陶器。山のような、在庫。
それは、彼の、最後の財産の、なれの果てだった。
「……謀られた」
彼は、呻いた。
「あの女に……相場を、見せられただけで……私は……」
剣も、魔法も、使われなかった。
ただ、正確な相場が、街道筋に、貼り出されただけ。
それだけで――王国一の大商会の当主は、自分の手で、自分を、破滅させていた。
攻撃を、自滅に変える。
セレーナは、ロドリゲスを直接攻撃しません。ただ「本当の相場を見せる」だけ。あとは、彼自身の欲が、彼を滅ぼします。
次話、フェルマー商会、ついに黄昏のときを迎えます。そして、ミレーユの転落も。
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