第14話 開市前夜
満月の、前夜。
ロウフェルトの町は、かつてない熱気に包まれていた。
翌日の開市に向けて、各地から商隊が集まってくる。宿はすべて埋まり、入りきらない者は、町の広場に天幕を張った。焚き火があちこちに灯り、商人たちの声と、馬のいななきと、職人の槌の音が、夜通し町に満ちていた。
半年前、死にかけていた町とは、まるで別の場所だった。
だが――順調なことばかりでは、なかった。
「姐さん」
リタが、疲れた顔で報告に来た。
「ヴィントの封鎖が、始まった。王都側の関所が三つ、ロウフェルト行きの商隊に、法外な料率を吹っかけてる。荷の値の五割だ。おまけに、手形の査定に十日待ち。これじゃ、北からの商隊は、軒並み足止めだ」
町に集まった商隊のうち、南のトラス方面から来た者は多い。だが、王都・北方面から来るはずだった商隊は、半分も着いていなかった。
ヴィントの「川上締め」は、確かに効いていた。
「明日の市、北からの荷が足りねえかもしれん。そうなりゃ、せっかく集まった南の商人も、品揃えが悪いと見て、次から来なくなる。――最初の市で、しくじるわけにはいかねえ」
リタの声には、焦りがあった。
私は、夜空の月を見上げた。あと一晩で、満ちる月を。
「リタ。北の商隊が、なぜ十日待ちを我慢できないか、分かりますか」
「そりゃ……足止めされりゃ、宿代がかさむし、荷が傷む。損だからだろ」
「そう。損だからです。なら――その損を、こちらが引き受ければいい」
「引き受ける?」
「ヴィントの関所で足止めされた商隊に、私の名で、一通の文を届けます。『ロウフェルトに着けば、足止めで生じた損の分、市での取引を優先し、最も良い買い手を紹介する』と。十日の足止めで失う分を、市での儲けで取り戻せると分かれば、商人は待ちます。待ってでも、来ます」
「そんな約束、できるのか」
「できます」
私は、帳面を開いた。市に集まった、すべての商隊の荷と、求める品が、書き込まれている。誰が何を売り、誰が何を欲しがっているか。私の頭の中で、すでに、無数の取引が組み上がっていた。
「南から来た商人は、北の毛織物を欲しがっています。北の商隊が、十日遅れても、必ず買い手がいる。私が、その買い手を、確実に繋ぐ。――足止めの損より、確実な儲けが上回るなら、商人は、川上の関所を、我慢して抜けてきます」
リタが、感心したように口笛を吹いた。
「ヴィントが川上を締めるなら、こっちは川下に、絶対に儲かる市を作る、ってことか」
「その通りです。商人を動かすのは、脅しではありません。損得です。ヴィントは、損で商人を止めようとしている。なら私は、それを上回る得で、商人を呼ぶ。――それだけです」
その夜、私とリタは、足止めされた商隊に、次々と文を送った。
「明日の市は、必ずあなたの得になる。待ってでも、来てください」と。
***
深夜。
辺境伯ボルガーが、物見にいる私のもとへ、温かい葡萄酒を持ってやってきた。
「眠らんのか、お嬢さん」
「明日が、本番ですから」
ボルガーは、私の隣に立ち、町を見下ろした。焚き火の灯が、星のように、町中に散らばっている。
「三十年だ」
ぽつりと、彼は言った。
「私が、この町を看取るつもりで生きてきた、三十年。その町が……一人の娘が来て、半年で、こうなった」
彼の声は、震えていた。
「明日、市が立つ。私は、生きているうちに、この町に市が立つ日を見られるとは、思っていなかった」
私は、何も言わなかった。
ただ、月を見上げた。
明日、満ちる月の下で、この町に、王国で最も自由な市が立つ。重い税の王都が、決して作れなかった市が。
「……ありがとうございます。賭けてくださって」
私は、小さく言った。
三年間、誰にも認められなかった私の仕事を、最初に信じてくれた人に。
「礼を言うのは、こっちだ」
ボルガーが、笑った。
月が、ゆっくりと、中天へ昇っていった。
脅しには、得で返す。
ヴィントの「川上締め」に対する、セレーナの答えがこれです。明日はいよいよ、開市本番。
次話、第二章のクライマックス――ロウフェルト自由市、開市。
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