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追放された関税令嬢は、辺境に「税のいらない街」をつくります 〜王都の通行手形はぜんぶ私が捌いていたのですが、止めても構いませんよね?〜  作者: 花守いとは


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15/15

第15話 税のいらない街、開市

 満月の日の、朝。


 ロウフェルトの広場には、夜明け前から、人が集まり始めていた。


 市の中央には、町が鋳造した「正しい升」と「正しい秤」が、台の上に据えられている。その傍らには、毎朝公示される、両替の率を記した大きな板。そして――その隣に、私の査定台が置かれていた。


 誰が相手でも、同じ物差しで裁く。それが、この市の約束だった。


 日が昇ると、市が開いた。


 南のトラスから来た香辛料商。北の毛織物を運んできた、足止めを乗り越えた商隊。東の陶工、西の鍛冶。各地の商人が、広場いっぱいに、店を並べた。


 そして――買い手が、押し寄せた。


 通行料がゼロだから、商人は安く荷を持ち込める。安く持ち込めるから、安く売れる。安く売れるから、買い手が集まる。買い手が集まるから、また売り手が集まる。


 流れが、回り始めていた。自分で、勢いを増しながら。


「升を、貸してくれ!」

「両替を頼む! 率はいくらだ!」

「この陶器、査定をお願いします!」


 私の査定台の前には、長い列ができた。


 私は、一つ一つ、荷を見定めた。指の腹で、縁を一度なぞる。そして、誰に対しても同じ言葉で、適正な値を告げた。


「この荷は、二等品。値はこれが妥当です」

「あなたの升は、わずかに小さい。市の升を使ってください」

「両替の率は、今朝の公示の通りです。それ以外の率を持ちかける者がいたら、私に言ってください」


 揉め事は、起きなかった。


 いや――起きかけても、すぐに収まった。私の査定が、常に正しいと、商人たちが知っていたから。力の強い者が得をする市ではない。数字が正しい者が、安心できる市だった。


 昼を過ぎる頃には、広場は人で埋め尽くされていた。


 半年前、人影もまばらだった、あの死にかけの町に。


 ***


 市の喧騒の中、私は、ふと、列の最後尾に立つ一人の老人に気づいた。


 第3話で、立ち往生していた、あの陶器の隊商頭だった。


「……あんた」


 彼は、私を見て、帽子を取った。


「あのとき、あんたが言ってくれた。『もしこの町にいるなら、頼りたい』ってな。半年だ。半年で、本当に、こんな市になっちまった」


 彼の目が、潤んでいた。


「おれは、あんたを頼った。間違ってなかったよ」


 私は、その言葉に、胸の奥が、静かに震えるのを感じた。


 「あなたに頼みたい」。


 三年間、王都で一度も言われなかった言葉。辺境で、初めて言われた言葉。それが今、こんなにたくさんの人の声になって、私を取り囲んでいる。


 私は――ようやく、自分が、ここにいていいのだと、思えた。


 誰かの役に立つ「道具」としてではなく。


 ここに、いていいのだと。


「いいえ」


 私は、静かに首を振った。


「頼ってくれて、ありがとうございます。あなたが頼ってくれたから――この市は、立ちました」


 ***


 日が暮れて、市が閉じる頃。


 その日の取引高は、町始まって以来の、桁違いの額だった。


 辺境伯ボルガーが、町の帳面を見て、絶句していた。


「これは……王都の、中央市場に、迫る額だぞ」


「まだ、初日です」


 私は、答えた。


「市は、回を重ねるごとに、大きくなります。一度信用ができれば、商人は、何度でも戻ってくる。来月の市は、今日の倍。再来月は、その倍。――川は、止めなければ、ひとりでに海になります」


 ボルガーが、震える手で、町の旗を見上げた。


 「税のいらない街」と書かれた旗が、夕焼けの空に、はためいていた。


 ***


 同じ頃、王都。


 新査定長官ヴィントは、ロウフェルトの市の盛況の報せを、無表情で聞いていた。


 川上を締めたはずだった。なのに、川下には、海ができていた。足止めした商隊さえ、損を承知で、ロウフェルトを目指して抜けていった。


「……足止めの損を、市の儲けで、上回らせたか」


 ヴィントは、低く呟いた。怒りでも、焦りでもない。静かな――観察の声だった。


「面白い。さすがは、セレーナ様だ」


 彼は、帳面を閉じた。


「ですが、これは、ほんの初手に過ぎません。あなたが市を大きくすればするほど――その市は、一つの『弱点』を抱えることになる。あなたは、まだ、それに気づいていない」


 彼の目が、地図の上の、ロウフェルトの南――トラス商業同盟の領域を、なぞった。


「市が大きくなれば、必ず、外の大きな魚が、寄ってくる。そのとき、あなたは、王都とは比べものにならない相手と、卓を囲むことになる」


 ヴィントは、薄く笑った。


「私は、待ちますよ。あなたが、自分で大きくした市に、自分で振り回される日を」


 ***


 ロウフェルトの夜。


 市の片付けを終えた商人たちが、宿の前で、酒を酌み交わしていた。笑い声が、町に満ちていた。


 私は、関所の物見から、その灯を見下ろしていた。


「いい眺めだろ、姐さん」


 リタが、隣に来て、葡萄酒を差し出した。


「ええ」


 私は、受け取った。


「いい眺めです」


 遠く、南の空の下に、トラス商業同盟の交易圏が広がっている。北には、王都。その間に、今、確かに、新しい中心が、生まれつつあった。


 玉座ではなく。剣でもなく。


 人と物が集まる場所。それが、国の中心になる。


 私は、まだ知らなかった。


 ヴィントの言う「大きな魚」が、すでに、この市に目をつけていることを。


 けれど――今夜だけは。


 半年かけて取り戻した、この町の灯を。


 静かに、見守っていたかった。


「数字は、嘘をつきません」


 私は、月に向かって、小さく呟いた。


「正しい流れを作れば、人は、必ず集まる。――次に何が来ても、それだけは、変わりません」


 月が、満ちていた。


 税のいらない街の、最初の市が立った、夜だった。


第二章「税のいらない街、開市」、ここで一区切りです。


ここまでが、第1部の前半――「辺境に市が立つ」までの物語でした。死にかけの町に、ひとりの追放令嬢が来て、半年で王国の新しい中心を作る。剣も魔法も使わず、ただ「正しい流れ」だけで。


ですが、市が大きくなれば、必ず大きな敵が寄ってきます。狡猾な新査定長官ヴィント、そして南の「大きな魚」――トラス商業同盟。物語は、ここからが本番です。


ここまでお読みくださって、本当にありがとうございました。

続きも書いてまいります。ブックマーク・評価・感想で応援いただけると、何よりの励みになります。

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