第12話 天才の、化けの皮
王都の通商評議会に、各地の領主の代理人が集まっていた。
年に一度の、関税料率の見直し。各地の交易の実情を聞き、来年の料率を定める、王国の交易にとって最も重要な会議だ。
その上座に、ミレーユ・フェルマーが座っていた。
セレーナの後任として、フェルマー商会が査定を引き継いだ。その筆頭が、「商いの天才」と名高いミレーユ。誰もが、彼女の手腕に期待していた。
王太子アルベリクも、傍聴に来ていた。
婚約者となったミレーユが、見事に務めを果たす姿を見たかった。セレーナを切り捨てた自分の判断が、間違っていなかったと、確かめたかった。
「では、北方領の料率から」
一人の代理人が、書類を差し出した。
「我が領は、毛織物と羊毛が主産品です。昨年は豊作で、産出量が三割増えました。ですが南からの羊毛も増えており、相場は下がっています。来年の料率を、どう定めるべきか」
ミレーユは、書類を受け取った。
そして――固まった。
数字が、並んでいる。産出量、相場、輸送量。それらを見て、適正な料率を導く。それが査定だ。だが、ミレーユには、どの数字をどう使えばいいのか、まるで分からなかった。
彼女がこれまで「査定」してきたのは、すべて、セレーナの残した料率表を写すだけの作業だった。基準があれば、誰でも数字は出せる。だが――基準のない、新しい問いには、答えられない。
「……えっと」
ミレーユの額に、汗が浮かんだ。
「産出量が、三割増えたのですから……料率も、三割、上げるのが、よいかと」
会議室が、ざわついた。
「お待ちください」北方領の代理人が、眉をひそめた。「産出が増えて相場が下がっているのに、料率を上げては、誰も毛織物を運べなくなります。逆です。運ぶほど損になる」
「で、では……三割、下げる、ということで」
「下げすぎです。それでは、関税収入が立ち行きません」
「……」
ミレーユは、もう、何も言えなかった。
彼女は、料率を「上げるか、下げるか」しか考えられなかった。どれだけ、どういう理由で、という肝心のところが、まるで分からなかったのだ。
代理人たちが、顔を見合わせた。
ひそひそと、囁きが広がる。
「これが、フェルマーの天才か……」
「セレーナ様なら、書類を一目見て、即座に答えられたものを」
「あの方は、産出と相場と輸送を、頭の中で一度に組み合わせていた。これでは、話にならん」
上座のミレーユの顔が、真っ赤になり、やがて、青ざめた。
「……っ」
彼女は、耐えきれず、書類を放り出して、会議室を飛び出した。
残された代理人たちの間に、白けた空気が流れた。
***
傍聴席で、王太子アルベリクは、青ざめていた。
「商いの天才」。社交界での、あの華やかな評判。それが、まるごと――虚像だった。
ミレーユが正確な査定をしていたのは、セレーナの作った基準を写していたからに過ぎない。基準を作る目こそが、本物だった。そして、その目を、自分は「地味でつまらない」と切り捨てたのだ。
「殿下」
宰相セルウィンが、傍らで、静かに言った。
「華やかさは、人を惹きつけます。ですが、国を支えるのは――華やかさではありません」
アルベリクは、答えられなかった。
彼が選んだのは、華やかな虚像だった。捨てたのは、地味な本物だった。
そして、その本物は今、辺境で、王国の交易を、根こそぎ吸い上げている。
会議室の窓から、王都の市場が見えた。
以前より、ずっと、寂れていた。
ミレーユの「天才」の正体――伏線A2、ひとつ回収です。
基準を写すことはできても、基準を作る目はなかった。華やかさと、本物の違い。
次話、王都はついに、新たな刺客を立てます。セレーナの後任にして、最も狡猾な敵――新査定長官ヴィント、登場。
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