第11話 市を、つくる
商隊が集まるようになっても、それだけでは町は本物にならない。
私は、辺境伯ボルガーの執務室で、一枚の図を広げていた。ロウフェルトの町の、新しい姿を描いた図だ。
「通行料をゼロにして、商隊は集まりました。けれど今は、まだ『通り道』です。みな、荷を売り買いしたら、すぐに次の町へ発ってしまう」
「それでは、いかんのか」
「もったいない、のです」
私は、図の中央を指さした。
「ここに、常設の市場を作ります。決まった日に、決まった場所で、誰でも安心して取引できる場。それが『自由市』です。通り道を、目的地に変える」
「自由市……」
「市が立てば、商隊はわざわざ遠回りしてでも、この町を目指すようになります。買い手が集まる場所には、売り手が集まる。売り手が集まれば、また買い手が集まる。――一度回り始めれば、流れは自分で勢いを増していきます」
ボルガーが、白い髭をなでた。
「だが、市を立てるには、商人どうしが信用し合わねばならん。見ず知らずの相手と、安心して取引できる仕組みが要る」
「おっしゃる通りです。だから、三つの仕組みを置きます」
私は、指を三本立てた。
「一つ。公正な計量。升と秤を、町が一つに定める。商人がそれぞれ違う升を使えば、ごまかしが生まれ、信用が崩れる。だから、町が保証する『正しい升』を、市の真ん中に据えます」
「二つ目は」
「両替の信用。各地から来る商人は、それぞれ違う貨幣を持っています。両替でごまかされれば、誰も安心して取引できない。だから、両替の率を毎朝、町が公示します。誰がどこで両替しても、同じ率になるように」
「三つ目は」
私は、少し間を置いた。
「揉め事の裁き。取引で揉めたとき、力の強い者が勝つのでは、市は荒れます。だから――荷の値も、料率も、揉め事も、すべて私が査定します。誰が相手でも、同じ物差しで」
「同じ物差しで……公爵令嬢にも、行商人にも、か」
「ええ。身分ではなく、数字で裁く。それが、この市の約束です」
ボルガーは、しばらく図を見つめていた。
それから、深く頷いた。
「王都が、決してやらなかったことだな」
「王都は、強い者の都合で物差しを曲げてきました。フェルマー商会のために、料率を吊り上げたように。だから、信用を失った」
私は、図の上に、一枚の手形を置いた。
「この町の物差しは、決して曲げません。曲げないと、商人が知れば――彼らは、命の次に大事な荷を、安心してこの町に預けます。信用は、そうやって、ゆっくり積み上がるものです」
「いつ、市を開く」
「ひと月後。次の満月の日に」
私は、窓の外を見た。職人たちが、朽ちた宿場を建て直している。両替商が、新しい店を構え始めている。リタが、各地の商隊に「満月の日にロウフェルトで市が立つ」と触れ回っている。
町が、動き出していた。
「ひと月で、すべてを整えます。計量の升を鋳造し、両替の仕組みを作り、市の場所を均す。――間に合わせます」
ボルガーが、立ち上がった。
「お嬢さん。一つ、聞いてもいいか」
「なんでしょう」
「あんたは、王都に復讐したくて、この町を立て直しているのか」
私は、少し考えた。
「いいえ」
正直な答えだった。
「私は、ただ、正しい流れを作りたいだけです。王都が傾くのは、その結果に過ぎません。憎しみで町は作れない。憎しみで作った市は、いつか、憎しみで壊れます」
私は、図に視線を落とした。
「私が作りたいのは、壊れない市です。私がいなくなっても、回り続ける流れです」
ボルガーが、目を細めた。
「……あんたは、本物の為政者だ。あの王太子より、よほどな」
私は、答えなかった。
ただ、指の腹で、図の縁を一度だけ、なぞった。
通り道を、目的地に。
セレーナの「市づくり」が始まりました。三つの仕組み――計量・両替・裁き。地味ですが、これが市の背骨になります。
次話、王都ではミレーユの「天才」が、ついに人前で綻びます。
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