第4話 地方交流重賞の日は平日開催なので、営業の仕事が終わり次第、各地のオフトで馬券を買おう
繰り返しになるが、営業職の良いところは、外出中自由になれることだ。
えっなに? 外出中にサボるなって?
サボってないが? ちゃんと営業先を訪問しているし、既存の顧客の信頼は勝ち取っているし、新規層の開拓だってぼちぼちやっているが?
俺は不良社員枠ではあるのだが、営業成績的には真面目枠だぞ。
というわけで今日も外出中はギャンブルすることにしていた。
ただし単独じゃなくて、営業部の同僚と一緒に。
同僚の山田が出勤してくるなり、俺にこっそり耳打ちした。
「よぉ井上、船橋で重賞あるけど、どこで馬券買うよ?」
山田は、ひょろっとした男だ。身長は175センチとそこそこ高くて、体重は50キロしかない。
ダイエットしているわけではなく、痩せの大食いだ。バカみたいな量を食べるくせに、まったく太らないのだ。
だから顔つきもなんというかミイラっぽかった。でも生命力が足りないという感じはなくて、F1のエンジンみたいにスピードは出るが燃費が悪い感じなのだ。
「営業先のルートから考えて、水道橋のオプト後楽園が現実的だ。現地は無理だって、千葉はさすがに遠すぎる」
船橋競馬場は千葉県船橋市にある。しかも地方競馬は平日開催だから、明日も仕事があるサラリーマンにとっては酷な距離になるのだ。
「なぁ井上、競馬は現地のほうがおもしろいと思うぞ。とくに地方競馬は」
山田は地方競馬とボートレースが専門だ。だから社宅は新小岩の拠点を選んでいた。
新小岩であれば、船橋競馬場と江戸川ボートレース場が近いのである。
「俺の社宅は板橋なんだよ。船橋が遠すぎるんだ。明日が大変になるだろうが」
「だがしかし、お馬さんが走る姿には魔力がある」
山田はギャンブルも好きなのだが、それ以上にスポーツとしての価値に惹かれているらしい。
だから馬だけじゃなくて騎手のファンになっている。
俺はあくまでギャンブルとして見ているので、馬やら騎手やらはデータの塊に見えていた。
「誰かのファンになると予測が狂うんだよ。だから俺は現地にこだわらない」
「ドライだねぇ。でも競馬はロマンが勝つこともあるからおもしろいんだぜ」
「俺にとってのロマンは、手堅いはずの一番人気を人気薄が撃破して万馬券になることだ」
「それもロマンだな。わかった。現地で待ち合わせよう」
俺と山田はそれぞれの営業先に行って、その帰り道にオプト後楽園で合流した。
すっかり夜が更けていた。船橋競馬の最終レース発走時刻が20時50分なのだが、これに余裕をもって間に合うぐらいの時間帯に現場入りしていた。
時間が時間なので、会社には直帰を伝えてある。まぁたとえ予定時刻より早めに営業が終わったとしても、嘘をついて直帰するつもりだったが。
それはさておき、俺たちはマークシートを書き込んでいた。
「山田、お前本命買うのか?」
「どうしたものかなぁ。交流重賞は、基本的にJRA勢が優勢とはいえ、最近は番狂わせで地方競馬が勝つことも多いから」
そうなのだ。どうやら地方競馬のレベルが少しずつ上がっているらしく、中央競馬が必ず勝つわけではなくなっていた。
「馬のレベルもあるんだが、中央のジョッキーたちが普段走ってないコースの癖を見抜けなくてやらかすこともあるからな」
「それでもオレは基本的にはJRA勢を中心にフォーメンションを組むよ。ただし圧勝予測じゃなくて、地方競馬が一矢報いる感じで」
「なら俺は中穴狙いで行こうかな。JRA勢の一番人気と二番人気が飛んで、三番人気だけ馬券内にくるイメージで、残りは地方競馬勢で埋める」
地方交流重賞ともなれば、それなりに売掛金が多いので、当たったときのリターンが大きい。
だからいつもよりちょっとだけ多めに賭けた。それは俺だけじゃなくて山田も一緒だった。
こうしてレースが始まった。
なのだが、中穴を買ったときにかぎって、レース展開が極限まで怪しくなっていた。
ハイペースだ。JRA勢が先頭を走っているのだが、逃げ馬のペースがおかしい。ジョッキーが手綱をがっしり引っ張っているってことは、盛大に掛かっているのだ。
しかも他の馬までそのペースに引きずられてしまって、レース展開がカオスになっていた。
「荒れに荒れて超大穴になるんじゃないか」
俺の買った地方競馬の強い馬まで、JRA勢のハイペースに引っ張られてしまい、全員仲良くずるずる後退。
なんと最後方に控えていた地方競馬の人気薄によるワンツースリーで決着した。
配当金は三連単で900万円。
超大穴である。
穴党というのは、こういうおいしい馬券を外したときに、もっとも悔しくなる生き物なのだ。
「なんでだよぉおおおぉぉぉ…………!!!」
まるで俳優の藤原竜也みたいな悔しがり方をしてしまうぐらい、俺は穴党としてショックを受けていた。
どうせ穴を狙うんだから、もっと極端な買い方をしていれば、900万当てられたのに。
なんでこんなことに。ああ本当にショックだ。
俺と同じぐらい予測を外した山田は、精気の抜けた顔で天を仰いでいた。
「これは普通に買っても当てられないな。JRA勢の総崩れはさすがに読めないだろうし」
「さっさと帰ろう山田。ばかばかしくなってきた」
「たまには飲んでいこうぜ井上」
「断る。酒代あったら、全部ギャンブルにつぎ込むよ」
「おごってやるよ。実は午前中のボートで大勝ちしてるんだ」
「おごりなら付き合うさ。いこう」
水道橋の居酒屋に入った。
東京ドームで野球の試合があったので、ユニフォームを着た客が多い。あとは大学生と会社員。どいつもこいつも世俗の泥臭さを身にまとっていた。まぁファミリー向けの店ではないからな、こんなもんだろう。
「なぁ山田、どうやったらwin5ひとり勝ちできると思う?」
「ある程度の運は必要だろうな。穴馬が三頭ぐらい重ならないといけないから」
「しかもなにが厄介かって、1レースぐらいは1番人気が買っても、それ以外のレースが荒れれば、的中者一人の回が実際にあったんだよ」
「一攫千金を夢見てるやつは大変だな。オレもギャンブルは好きだが、会社員を辞めたいと思ったことはないぜ」
「マジかよ。お前意外に真面目だったんだな」
「だって営業職楽しいじゃないか。自由に外出られるのに、給料までもらえて」
「そいつは天職ってやつだ。おめでとう、お前は立派なサラリーマンだ」
「井上はしょうがなく仕事してる感が、ぷんぷん漂ってるものな」
「基本的に誰だってそうだよ。山田が例外なんだ」
「いつか当たるといいな井上、win5かdokant7をさ」
こうして俺たちの酒盛りは無事終わって、また明日も仕事だ。
久々に酒を飲んだが、酔っぱらうと仕事を嫌う気持ちが強くなる。
あー、めんどくさいなぁ、労働って。さっさとwin5かdokanto7当てて仕事辞めたいなぁ。




