第3話 不良社員たるもの外回り営業中にラピスタ新橋で車券を買うべし
――時間軸は元に戻って、課長の説教を回避した俺は、営業先に向かう前に、モーニングで購入した車券が的中したかどうか確認していく。
どうやって確認するのかといえば、ラピスタ新橋に寄り道して、自動払戻機にすべての車券を突っ込めばいい。
もし外れていたらエラー音声と一緒に外れ車券が戻ってくる。
的中していたら払戻金額が手元のデジタル画面に表示される。
俺はモーニング7レース分の車券を次々と自動払戻機に突っ込んでいく。
エラー音声が六回続いて、最後の一枚を送り込んだから、ついに払戻金額が表示された。
「よし、一つ当たった。それもデカいぞ」
三連単で15万円の払い戻しだった。
賭け方だが、単騎の選手を頭に固定して、本線と別線の三番手をそれぞれ二着と三着で組み合わせた。
なんでこの賭け方をしたかといえば、最後のみなし直線の長い大宮競輪場だからだ。
最後の直線が長いと追い込みが決まりやすくなるので、もし大穴の波乱が起きるとすれば、有力ラインの先頭と番手がスタミナ切れで沈む展開だったからである。
その予想は的中して、一番人気の本線ライン決着が、先頭と番手の選手が沈んで、三番手の選手が着内に入った。
なお別線ラインの先頭と番手も綺麗に沈んで、三番手が入着。
ではなぜラインを組んでいない単騎の選手が一着になったかというと、本線と別線のラインが競り合って共倒れになったからだ。
こうして俺は合計200円消費して、15万円の利益を出せた。
かなり優秀な結果といえるだろう。
ちなみに外した他の6レース分も、同じく200円ずつ賭けていたので、負債額は1200円である。
的中した払戻金から考えると、たいした損害じゃないな。
これを見たら、きっとみんな俺をギャンブルうまいなんて勘違いするかもしれないが、毎回こんなに当てられない。
いわゆる穴党の賭け方なので、むしろ当たる方がマレなのだ。
基本的にはほぼ毎日外していて、三十回に一回とか、へたすると四十回に一回ぐらいしか当たらない。
だから一度のレースで賭ける金額をいかに絞り込めるかが命綱だ。
もし大穴を当てたいからといって、複雑なフォーメーションを組んでしまうと、それだけ外れた車券の損害が膨れ上がってしまうので、どんどん収支が悪化していく。
そんな賭け方をしてしまっては、いつか当てるであろうwin5やdokantoを買うための軍資金がなくなってしまうので、クールに判断したいところだな。
というわけでモーニングの車券の確認が終わったので、営業先に向かう前に、午後の車券も買っていく。
すでに予測してあった組み合わせをマークシートに書き込んでいると、隣に顔見知りが立った。
「井上くん、今日も競輪やっておるな」
新橋で居酒屋を経営している店主で、名前は木坂だ。
いかにもなおじさんで、あご肉がたぷっとしていて、どかんと太鼓腹である。
彼はうちの会社の業務用食洗器を導入しているお得意様なのだが、俺以上にギャンブル好きであった。
「木坂さん、賭ける金額は少なめにしたほうがいいですよ」
「そんな弱気じゃ負けてしまうよ。デカく勝ちにいかないと」
「そんなこといって、毎日赤字じゃないですか」
そう、木坂店長はギャンブル弱いくせにギャンブル大好きなのだ。
だから奥さんにいつも怒られていて、きっと今日も奥さんの目を盗んで競輪をやっている。
「井上くん、うちの嫁さんには絶対赤字だっていわないでくれよ。毎回黒字だって嘘ついてるんだからさ」
「バレてると思いますよ」
「そ、そうなの!?」
「もし黒字だったら、もっといい生活してるし、たまには奥さんにお土産でも買っていくでしょう? でも木坂さんは、いつもスーパーの激安サラダに無料ドレッシングかけて飢えをしのいでるし、奥さんになんも買っていかないじゃないですか」
ちなみに今日も木坂店長は、激安サラダに無料ドレッシングをかけて、袋に割りばしを直接突っ込んで、ばりばりもしゃもしゃウサギみたいに食べていた。
そのおかげで肉中心の生活にならず栄養バランスが取れているんだから、人生の皮肉なのかもしれない。
「むぅぅぅ、嫁さんにバレているかぁ。困ったなぁ。でも今日は大丈夫、だってめちゃくちゃ勝って、嫁さんにお土産買っていけるから」
「本当に勝てるんですか?」
「勝つよ! だから井上くん、京王閣のA級決勝の買い目教えてくれよ」
なんだよ結局俺頼りじゃないか。
まぁいいか、営業先のお得意さんだし。
「京王閣は400バンクですし、初日と二日目の成績から考えて、波乱は起きないと思いますよ。一番人気の本線からちょっと流すぐらいでいいんじゃないですか?」
風向きが変わって波乱が起きることはしばしばあるのだが、このレースにかぎっては絶好調の若手たちが主役なので、A級のおじさん選手たちに出番はない。
つまり俺みたいな穴党は避けるレースだし、本命党の人であれば買うレースだろう。
では木坂店長はどうするかといえば、頭を抱えて唸っていた。
「車券は当てたいが儲かりたい……! 一番人気がそのまま買ってもおいしくない……! おれはどうすればいいんだ……!?」
お好きにどうぞだ。
俺がマークシートを書き終えて、自動券売機に向かおうとしたら、ようやく木坂店長は決断した。
「よし決めた! 別線から流して、小穴を狙うぞ!」
まぁそれもアリだ。もし俺がこのレースにどうしても入らなきゃいけないとしたら、その買い方をしたろうし。
――さて、俺は午後分の欲しい車券を全部買って、営業先で顧客にああでもないこうでもないと説明をして、すっかり夜が更けた。
俺は会社に戻る前に、ラピスタ新橋で午後分の車券の当たり外れを確かめようとした。
ちょうどナイターのA級決勝が終わったところであり、こんな時間まで遊んでいた木坂店長は、俺の顔を見るなりブワーっと涙と鼻水を垂らした。
「車券外したぁあぁぁ! 井上くんのいったとおりガチガチの一番人気決着だったぁぁぁあ! うわぁあああん、また明日もサラダ生活だぁああ!」
懲りない人だなぁ…………。




