第2話 板橋区役所前駅
前回、課長の説教を華麗にスルーしたわけだが、そこから少しだけ時間軸を戻して、朝の出勤時について触れていこう。
――――俺が住んでいるのは板橋区役所前駅前近くの1Kマンションだ。
築15年のRC造で、洋室は9畳、風呂トイレ別。独身男性が好むシンプルな間取りだな。
なんで都内1Kマンションという数ある選択肢のなかで、あえてこの部屋を選んだかといえば、うちの会社の社宅ゆえに無料で住めるからだ。
ちなみにうちの社宅は他の地域にもあって、選択制になっているのだが、以前説明したように俺はギャンブラーなので、都営三田線を利用できる板橋区のやつを選んだ。
会社の所在地である内幸町駅まで乗り換えなしの22分間で通勤できてしまうし、定期券も会社の補助で全額賄えるんだから、本当に最高だ。
うちの会社に愛着はないが、福利厚生は優れているので、ありがたいと思っているぞ。お世辞抜きで。
そうやって会社の金で浮いた分の給料は、すべてギャンブルに投入していた。
俺はいつか競馬のwin5か競輪のdokanto7を当てて会社を辞めることが目的なんだから、余剰資金はすべてギャンブルにつぎ込むのだ。
それ以外の無駄遣いは禁止だ。
絶対当ててやるからな、JRAとJKAめ。これまでつぎ込んできた俺の給料分を億単位で返してもらう。
ビバ公営ギャンブルライフ。
というわけで、俺は1Kマンションの洋室で朝起きた。殺風景である。ベッド以外なにもない。テレビもない。パソコンもない。クローゼットに使い古した服が何着か入っているだけ。
だってギャンブルに余剰資金をつぎ込むために余計な買い物をしていないから。
趣味もギャンブル。生き様もギャンブル。俺が会社員をやっているのは種銭を稼ぐためでしかない。
今日だって本当は仕事なんていきたくないんだが、種銭を稼ぐためには働くしかない。
淡々と出勤の準備をして、昨晩のうちに仲宿商店街で買っておいた半額弁当を電子レンジでチンして、さらりと朝食をすませていく。
一人暮らしの自炊は、よっぽどうまくやらないと半額弁当のコスパを越えられない。
もし半額弁当が手に入らなくても、白米だけ自宅で炊いて、お惣菜を安い店で漁ってくれば、圧倒的なコスパになる。
ちゃんと野菜だって摂取できるし、いいことばかりだ。
べつにうまくはないのだがまずくもない半額弁当の朝食を食べ終えたら、無感情のまま出勤した。
地味なイメージの板橋区であっても都内なので、四方八方が背の高いビルに囲まれていた。
それだけ人口が多いということだから、早朝の街中は通勤通学ラッシュの真っ最中だ。
くたびれたサラリーマンだけじゃなくて、元気な大学生も歩いている。
若さが羨ましい。あの無限の体力が残っていれば、もっとアグレシッブな節約生活をして、ギャンブルの種銭を増やせたはずだ。
はっきりいって中年になりたくなかった。
というか、中年になる前にwin5を当てて、金持ちになって、余裕のある生活をする計画だったのだが、人生そんなに甘くなかったわけだ。
ふざけやがって乱数の神様め。俺にだけ甘い目を出せよな。
そんな感じで地下鉄の駅である板橋区役所前駅に入っていく。
ホームも車内も結構混んでいる。肩と肩がぶつかって荷物を持つのが遠慮がちになる距離感だ。
これでも都営三田線は他の都内路線と比べたら混んでいないのだから驚きだ。
他の路線は地獄みたいに混雑していて、内臓が圧迫されて関節が軋むレベルだ。
俺は営業職だから朝一で取引先に直行することもあって、そういうときは他の路線を使うこともあるのだが、そのたび都内の満員電車頼むから滅んでくれと思っている。
そんなことを考えつつ、ガタンゴトンと満員電車に揺られて22分間経てば、ついに内幸町駅に到着した。
ここが港区新橋である。サラリーマンの街として有名だ。まるで壁のように巨大なビルが剣山みたいに並んでいて、駅前のSL広場にはサラリーマンが海のように広がっていて歩きにくい。
普通のサラリーマンにとっては働く場所だろうが、俺にとっては早朝から競輪を勝負できる場所だ。
というわけで会社に出社する前に、ラピスタ新橋に寄り道した。
建物の外見は都内ではありがちなペンシル高層ビルなのだが、その中身は競輪とオートレースの車券を買えるギャンブル施設だった。
ここだけは場外車券売り場のなかでも例外的にモーニングの時間帯からオープンしている。
普通の場外車券売り場は朝の10時オープンなので、朝の8時代に1レース目があるモーニングの車券を買いたかったら、電子投票を頼るしかない。
そんな事情があると、ラピスタ新橋がいかにありがたい場所かわかるだろう。
みんな考えることは一緒なので、俺みたいな競輪大好き中年と、定年退職済みシルバー世帯ギャンブラーが朝から集結していた。
どいつもこいつも心身ともにギャンブル漬けだ。
魑魅魍魎のように目が赤く光っていて、殺気混じりのオーラをマークシートに塗りつけている。
こういう鉄火場にやってくると、ああこいつらも自分と同じく射幸心に負けたんだな、というほの暗い連帯感が生まれて、なんともいえない居心地のよさがある。
だがそこに甘んじていると養分になってしまうので、ちゃんと勝ちきりたい。
というわけで俺は朝からモーニングレースの車券を買った。
7レース分、すべて大穴狙いだ。
手堅い一番人気なんてよっぽどのことがないかぎり買わない。
でっかい払戻金が欲しい。だってお金が好きだし。
レースの結果が気になるわけだが、それがわかるのは会社に出社したあとだな。
――というわけで時間軸を元に戻して、車券が的中したかどうかの確認は次回更新でやろう。




