第14話 新潟出張編(前編)
本日より新潟に出張である。営業職にはよくある話だ、めんどくさいけど。
三年前に終わらせた大型搬入プロジェクトがあって、そこのアフターケアだ。
ちゃんと食洗器は動いているか。なにか不便なところはあるか。現場の人間たちから使用データを回収して本社のエンジニアたちに渡す。
東京にいるだけではわからないことを、現地で調べるわけだ。
さっそく新幹線に乗ったわけだが、移動費は経費で落ちるとして、問題は食費だ。
最近のほとんどの会社は出張日当でカバーしているはずだ。一日あたり数千円ぐらい支給されて、その範囲内で飯を食えというわけだ。
実はこの支給、使用用途の制約がないので、食べ物を極限まで安いやつにして、残った額を自由に使っていい。
当然俺は安い飯を食べて、残った額をギャンブルに入れる。
現地には新潟競馬場があるんだから、これはチャンスであった。
まずは土曜競馬で種銭を増やして、日曜日はwin5で勝負だ。
脳内で出張ギャンブル計画を立てながら、どんぶらこと新幹線に揺られていけば、あっという間に新潟に到着した。都内から新潟は結構近いよな。
いますぐ新潟競馬場に向かいたいところだが、そんなことしたら会社クビになるので、さっさと滞在先に向かうことにした。
駅近くのマンスリーマンションだった。ビジネスホテルじゃないのはレンタカーが必須になるからだった。
これから俺が向かうのは、給食センターである。
こういう施設は、騒音問題やらなんやらを解決するために住宅街から離れているし、そもそも地方都市は車社会になっているので、公共の交通機関で通うのは現実的ではない。
だから俺は余計な荷物をマンスリーマンションに置くと、必要な書類と装備だけ持って、事前に手配していたレンタカーを借りて、給食センターに向かった。
たまにしか運転しないが、そんなに下手じゃないはず。
カーステレオはつけない。俺は運転に集中したいタイプだ。だって普段車に乗っていないんだし、ちゃんと集中しないと事故を起こすだろう。
車の運転は好きじゃない。疲れるし、おもしろくないし、事故を起こしたら大変なことになるからだ。
それでも営業職に車は必需品なので我慢するしかなかった。
あーあ、さっさとwin5かdokanto7当ててサラリーマン辞めたいな。
いつもと同じことを考えながら、ひたすら車を運転すれば、どんどん街から離れて、通行人の数も減って、畑が増えていく。
うーん、地方都市って感じだ。いまは日中だからいいが、夜間になったら真っ暗で視界も悪いだろうから、車を運転したくないな。
なるべく仕事は早めに終わらせて、日が沈む前にマンスリーマンションに帰宅した。
そう願いながらしばらく走り続けて、ようやく給食センターに到着した。
市街地から離れた田畑の真ん中にあった。これならどこからもクレームは入らないだろう。
俺のレンタカーが敷地に入ると、まるでアンパンマンみたいに顔がまん丸の所長が出迎えてくれた。
「井上くん! 今年のダービーどの馬が勝つかな!?」
所長は無類の競馬好きであった。
「混戦ですからね。絶対的な人気の馬はいないですよ」
俺はレンタカーを降りながら、所長の競馬トークに合わせた。
「そうだよなぁ。どの馬が勝ってもおかしくないもんな。いまから日曜日が楽しみだな!」
という感じで競馬の話ばかりしながら、給食センター内に入っていく。
ちゃんと清潔に維持されているし、道具や材料は散乱していない。スタッフたちのトラブルはなさそうだ。
「所長、食洗器の調子はどうですか?」
「順調、順調。まだ3年目のぴかぴかだよ」
大きなトラブルは起きていないようだ。だからといって細かいトラブルを見落としている可能性はあった。
「もっとこういう部分が改善されると機械がさらに使いやすくなるみたいな、現場の人たちから要望はありました?」
「どうだろう。それといってないはずだが、真田くん、どうかな?」
真田というのは現場で一番偉いリーダーだ。その真田さんが、俺にこういった。
「業務用洗剤の補充ペースが速いので、タンクが大きくなるといいですね」
……タンクが大きくなるといい?
それはちょっと様子がおかしいぞ。ここの施設はすでにコンテナ供給システムを導入しているから、トラックで薬剤の入った貨物を運んでセットするだけでいいので、一度に大量の補充ができている。
それなのに補充ペースが速いってことは、最悪食洗器の配管に穴が開いて漏れている可能性があった。
俺は作業服に着替えると、ちゃんと防護装備をつけてから、ペンライトの光で該当箇所を調べた。
少なくとも破損や漏れはない。
ならなんで補充ペースが速くなってるんだ?
「所長、薬剤の補充ペースが速いってことは、ここ数か月で固定費用増えてませんか?」
「ちょっと調べてみよう…………おお本当だ、導入直後より増えてるな。なんでだろ?」
「食洗器の該当箇所をチェックしましたけど、破損や漏れはないです。となりますと、現場の運用方法になにかミスがありますね」
「なんだって!?」
「これは食洗器あるあるなんですけど、予洗い不足で薬剤が大量に出てしまうパターンと、予洗い用レーンのフィルタが目詰まりしてるパターンです」
「真田くん! 予洗いの手順はどうなってる?」
現場リーダーの真田さんは、小走りで予洗い用レーンのフィルタをチェックした。
「あっ、フィルタが詰まってます! なんてことだ。パートさんたちがここを見落としてるってことは、作業手順書を作り直さないと……」
どうやら作業手順書にミスがあって、フィルタチェックを飛ばしていたらしい。
それなら薬剤の使用量が増えて当然だ。
所長は目を白黒させると、俺の肩を軽く叩いた。
「井上くん、ありがとう。もし君がいなかったら気づくのが遅れて、固定費用がさらにかさんでいたよ」
「解決できてよかったです」
「よしよしよし、問題解決できたし、ダービーの予測でもしようじゃないか!」
「まだ業務時間内ですよ」
いくら俺が不良社員であっても、まさか出張先の業務時間内でギャンブルをやるわけにはいかないだろう。
外回り営業中は裁量が大きいから堂々と不良社員をやれるのであって、出張先の現場では俺が部外者の立場になるので、そんなリスクを背負えないことになる。
「意外にお堅いなぁ井上くん」
お堅いと言われる俺はかなりのレアだし、まるで優等生みたいな扱いを受けたせいで、そんなに嬉しくない。
まぁいいか。仕事が終わったのはたしかだから、マンスリーマンションに帰ろう。日が沈む前でよかった。まったく知らない道の真っ暗闇を運転したくないからな。
今晩は夜更かしせずにさっさと寝て、明日は新潟競馬場のモニタで、日本ダービーの結果を見届けようじゃないか。




