第12話 仲宿商店街にもパチンコはある
たまっていた書類仕事が終わったので、社宅に帰ることにした。
その前に、いつものようにラピスタ新橋で当たり車券の払い戻しをしてから、ミッドナイト競輪の前売り車券を購入して、都営三田線に乗る。
帰りの電車もそこそこ混んでいた。さすがに早朝の出勤ラッシュほど混雑していないが、それでも肩はぶつかるので不愉快だ。
自分自身中年男性なので他人の体臭なんて気にしてもしょうがないんだろうが、びたびたに付けたであろう香水は勘弁してほしかった。
満員電車は百害あって一利なしだ。
さっさとwin5かdokanto7を当てて、会社員をすぱっと辞めて、電車通勤から解放されたい。
そんなことを考えながら、スマートフォンで明日のモーニング競輪の予測印をつけていると、板橋区役所前駅に到着した。
地下鉄の駅を階段で抜けると、都内特有の真っ黒いビルの壁が姿を現した。
都内といえば若い人ばかりのイメージがあるだろうが、板橋区は高齢者も目立つ。かの有名なお年寄りの原宿こと巣鴨だって、板橋区内の駅から出発する人が多いのだ。
都内の高齢者にはシルバーパスがあるので、都営系の地下鉄乗り放題なのである。
まぁだからといって若い人がいないわけではなく、近隣大学の下宿先もある。その需要に合わせて店の数も適切に揃っているので、町が衰えたわけでもない。
ただ落ち着いているだけだ。
そりゃあ俺の勤務先である新橋ほど発展してるわけじゃないが、あそこは港区だから例外だと思ったほうがいい。
というか、港区は地番によって雰囲気ががらっと変わるから、港区だから〇〇みたいな固定イメージを持たないほうがいい。
だから俺は港区女子という言葉をまったく信じていない。
まぁいいや職場の話は。いまは板橋の話だ。
ここらで目立つ施設は二つあった。大型病院と商店街だ。
病院に関してはいまのところお世話になる気配がないので割愛するとして、俺がいつも利用している仲宿商店街は重要スポットだった。
テレビや雑誌でも特集される場所だから、ここだけ例外的に有名なんじゃないか。
俺にとっては、なんだかんだ二十年以上暮らしている街なので、第二の地元みたいになっていた。
だから仲宿商店街には知り合いが大勢いる。食洗器の仕事とは関わりのない人たちばかりだから、緊張感のない間柄だ。
本当に住みやすい街だと思う。仲宿商店街だけ時代が良い意味で停止していて、良い意味で東京になっていない。
だから家賃とお惣菜が安いわけで、俺はギャンブルの種銭を浮かせることができるわけだ。
というわけで、いつものように明日の朝飯をいまのうちに調達しておこう。
割引お惣菜を買うために商店街を進んでいると、自転車屋の店頭からぶらりと高齢の男性が出てきた。
「井上くん、自転車買わんかね」
自転車屋の店主で、名前は斎藤さんだ。
70代の痩せたおじいさんで、いつも野球帽をかぶっていて、淡々と自転車を修理する人だった。
去年奥さんに先立たれたので、最近は暇を持て余していて、新しい趣味を探していた。
ちょっとだけお仕事っぽいつながりがあって、彼の自宅にビルトインタイプの家庭用食洗器を組み込んでいた。
ただし仕事としてやったのではなく、隣人としてやった。だから技術料とかは貰っていない。
そんな相手だが、まぁ金の使い道で遠慮する必要はないだろう。
「すいませんね。自転車乗る機会がないもんでして」
「ははは、あんたギャンブルばっかりだしな」
「斎藤さんだって、パチンコやるじゃないですか」
「あれは朝の体操みたいなもんだよ。商店街にあるし、たいした金額打たないし」
健全な人だ。あくまで趣味として規定の額しか打たない。それが本来の社会に適応したギャンブラーだ。
「パチンコに抵抗ないなら、競馬と競輪やりましょうよ。もっと少額で勝負できますよ」
「頭は使いたくないなぁ。競馬も競輪も難しそうだし」
断られる理由としては、あるあるパターンである。
そして最近は廃れつつあるといっても、なんだかんだパチンコが底堅い人気を維持できているのは、頭を使わないギャンブルだからだ。
俺としてはまったく賛同できない理由だが、俺の最終目標としてはある程度わかる話でもあった。
だってwin5もdokanto7も運要素が強烈に絡んでくるからだ。
うんちくが長くなってしまったが、とにかく自転車を買う予定はないから、斎藤さんに挨拶してお惣菜を買いに行こうとした。
だが真面目なはずの斎藤さんが、閉店時間より三十分早くお店のシャッターを閉めて、俺にこういった。
「一緒にパチンコいかんか? 夜パチもおもしろいぞ」
いつも真面目な斎藤さんが、パチンコのためだけに店を早く締めるはずがない。
たぶんパチンコに誘うことが建前で、本音でなにか話したいことがあるんだろう。
長年営業をやってきた直感が訴えていた。たぶんこのお誘いは断らないほうが人として後悔がないはずだ。
「短い時間でよければ」
「ならいこか」
仲宿商店街にあるパチンコ店に入った。店内は高齢者と会社帰りのサラリーマンばっかりだ。
俺と斎藤さんは隣り合った空き台に座った。
釘とかまったく見ていない。だって勝負することが目的ではないから。
「井上くん、修復した自転車、超格安で売るから買ってくれんか?」
「特別な自転車なんですか?」
「うちの嫁さんが亡くなる前まで乗ってたやつでな。電動アシスト自転車だ。ちゃんと消耗品とバッテリーを交換してある。中身は新品そのものだな」
「そこまで大切なものを、どうして俺に?」
「あんたが家庭用食洗器の超格安を見つけてくれたじゃないか。あれのおかげで亡くなった嫁さん、家事が楽になったといつも喜んでいてね」
家庭用のビルトインタイプは、中古マンションのリノベとかで、前の持ち主が使っていた食洗器が放出されるのだ。
多少古い型であっても、消耗品を交換すればまだまだ使えるので、それを仕事のコネで手に入れていた。
パッキンとかの消耗品は俺が交換した。
業務用食洗器の営業たるもの、これぐらいの施工は自分でできるし、なんなら電気工事士の資格も持っている。
まぁ自慢することではないんだろうが、俺が超格安で食洗器を導入したから、お返しに格安で電動アシスト自転車を提供しようというのだ。
いきなり無料で渡そうとしないで、同等の金額で売り渡そうとするのは、斎藤さんが職人気質の人だからだ。
それをパチンコというワンクッションを挟まないと気恥ずかしくて言えなかったのが、彼のいいところなんだろう。
「そこまでいうなら買いましょう」
「そうかい。パチンコは外れてしまったが、すごく嬉しいよ」
俺もパチンコは外れてしまった、まぁまぁ気分はよかった。たまには善行を積むもんだな。




