第10話 ラピスタ新橋にはオートレースフロアもあるよ
オートレース。
バイクを使った公営ギャンブルだ。運営は競輪と同じJKA。ぶっちゃけあんまり経営の才能はない。しっかりしてくれ経済産業省。
運営批判はこんなもんにして、俺はオートレースに関してはほぼやっていない。
ラピスタ新橋にオートレースフロアがあるから、ごくまれにぶらっと立ち寄って、気まぐれに賭けている。
普段まったく触れていない競技だから、選手ごとの特性をまったく知らない。
元SMAPの森くんがレーサーになって、ベテラン中年になってから、ついにオートレース最高峰のSGを勝利したという逸話なら知っている。
こういう物語だけ知っていても、ギャンブルではアドバンテージにならないので、うかつに大金は賭けられないわけで。
いやまぁさすがに試走タイムが重要なことは知っているよ。
でもそれだけで予測が立てられるかっていうと、そうじゃないからなぁ。
なんてことを考えながら、テキトーにマークシートを書いていると、すぅっと忍者みたいな歩き方で、着流し姿の初老男性が現れた。
「井上、ついにオートレースに目覚めたんだな?」
銀座の呉服屋の店主であり、名前は柳だ。
柳さんは筋骨隆々のプロレスラー体型であり、いつも意識高い食生活を心がけているし、その栄養素が筋肉に変換されるように科学トレーニングしていた。
先祖代々の呉服屋を継いでいるため血統と雰囲気に格式はあるのだが、いかんせん典型的なギャンブラーなので説得力がない。
しかも熱烈なオートレースファンであり、かつては船橋オートに入り浸っていた。だがそこが潰れてしまったので、いまはラピスタ新橋に入り浸っている。
なんで食洗器を使わない店のオーナーが俺と親しいかといえば、この人の奥さんが銀座の高級クラブの経営者であり、そこがうちの食洗器を導入しているからだ。
だから邪険に扱えない。
「いやそれがね柳さん、オートレースに目覚めてないんですよ。たまーにやってみようかなと思うぐらいで」
「ふむ、まぁ今日は重賞レースの日だからな、そうもなるか」
「えっ、重賞だったんですか今日?」
「それも知らないでオートレースフロアに入るとは……本当に興味がないのか……」
「すいませんね。競馬と競輪ばっかりで」
「どうやったらオートレースも人気が出るんだろうか? ウマ娘みたいなやつをオートレースでやればいいのか?」
「バイクを擬人化して、バイク娘作るんですか?」
「いや普通に女子レーサーたちをメインにすればいいだろうが」
「それもそうですね。競輪の場合、リンカイってアニメありましたし」
なんて会話しているうちに、車券投票の締め切り時刻が迫ってきた。
俺は慌ててマークシートを仕上げると、100円分だけ車券を買った。本当によくわからないまま買っている。こんなに予測をしないでギャンブルするのはレア中のレアだ。
柳さんは、すでに車券を購入済みなので、どっしり構えていた。
「メインレース前のハンデ戦だからな、大穴もあるぞ」
「たしかスタートラインが変わるんですよね、ハンデがつくと」
「ああ、波乱の展開もありうる」
「ってことは、柳さん大穴買ったんですか?」
「いや35年間のオートレース経験により、手堅い決着だと見た……!」
と決め台詞を言った直後、突然の通り雨で路面が濡れて、有力選手たちが次々と転倒。そのまま大波乱の決着になった。
三連単で30万円らしい。
とんでもない結果になったな。どうやら転倒した選手たちは無事だったみたいだが、こんなんまともに予測しても当たらんな。
ちなみに俺の適当に買った車券だが…………あれ!? 当たってるじゃないか!
すばらしい、前回のdokanto7で失った40万円分をかなり取り戻せたじゃないか!
ビギナーズラックみたいなもんだなぁ。数字を適当に選んだだけで落車アリの三連単が当たったわけだし。
ちなみに35年間のオートレース経験により手堅い車券を買っていた柳さんは、ぐぎぎぎぎっと歯ぎしりしていた。
「突然の雨なんて予測できない……!」
実に悔しそうだが、まぁそういうもんだよなぁ、ギャンブラー人生って。
「じゃあ、がっつり先週の負けを取り戻せたんで、俺は競輪フロアに戻りますわ」
「待てぇい! 逃がさんぞ井上、お前にはオートレース漬けになってもらう」
「なにいってるんですか。こちとら外営業中に車券買ってる不良社員ですよ。限られた時間で楽しまないと」
「せめて本日のメインレースぐらいやっていけ」
えー、そんなこといわれても、興味ないレースに大金賭けたくないしなぁ。
でも柳さんの奥さんと仕事の付き合いあるし、まぁ車券だけでも買っておくか。
「じゃあ、メインレースの車券買っておきますから、外回りの営業終わったらここに戻ってきて結果確認しますよ」
「うむ。次こそ我が勝つ」
あぁこの人、初心者が大穴的中させたのが気に食わないから、メインレースで車券当ててドヤ顔したいだけか。
見た目と違って器の小さい人だなぁ。
外営業が終わったので、柳さんとの約束を果たすために、ラピスタ新橋のオートレースフロアに戻った。
肝心の柳さんだが、真っ白に燃えつきていた。
「…………おけら街道バク進中…………」
どうやら俺が外営業している間も、オートレースに賭けまくって、全部外して、財布の中身が空っぽになったようだ。
なーにやってるんだか。
「それでメインレースはどうだったんです?」
「……外した」
「まぁいいじゃないですか。今回ばっかりは俺も普通に外れてますよ。一番人気の三連複に100円賭けて、結果は五番人気の組み合わせ。まぁよくあるパターンですよ」
「井上は100円しか賭けてないじゃないか。我は5万も賭けたのに…………」
いくらメインレースであっても、そんな大金を賭けてはいけない。
とはいえ、柳さんにはオートレース上級者としての意地があったんだろうし、まぁしょうがないな。
とにかく約束は果たした。俺の出番は終わりだ。
「じゃあ、俺は競輪のミッドナイト前売りだけ買って帰るので……」
「まてぇい! こういうときは『マグレで当てた大穴車券で一杯おごりますよ』と慰めるのが普通の対応だろうが!」
「なんで俺が他人に酒おごらなきゃいけないんですか。絶対に嫌です」
「ぐぬぬぬ、井上は普通じゃないな?」
「そりゃあ、こんなギャンブルまみれの不良社員が普通のはずないでしょう?」
「ならせめてオートレースファンになってくれ」
「たまにはやってますよ。たまには」
「なぜオートレースは競馬や競輪や競艇ほど人気がでないんだ!?!?!?!?」
なんでだろうか。うーん、少なくとも俺はオートレースメインでやろうと思わないしなぁ。
……わからん。まぁそのうちなんとかなるんじゃないか。車券のネット販売が標準化してからは、じわりじわりと売り上げ伸びてるみたいだし。
「じゃあ今度こそ競輪フロアに行くので」
「井上頼みがある、このままだと財布の中身空っぽになるまでギャンブルしたこと奥さんに怒られるから、一緒に謝ってくれ」
め、めんどくせー、このおっさん。
だがこれは断れないかぁ。奥さんのほうが俺の顧客だしなぁ。
というわけで、次回、銀座高級クラブ編。




