表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/120

余熱


屋敷に戻った頃には、すでに夜の気配が落ちていた。


アルト達は長い戦とその後の葬儀を終えた。

彼らをむかえるのは、いつもの灯りとわずかに張り詰める空気。

既に大広間へは食事が用意されていた。

豪華ではないが温かい食事、それだけで十分だった。


「お疲れ様でした」


エリナがその場の面々に頭を下げた。

いつも通りの所作だが、その声にはわずかに安堵が混じっていた。


「無事で何よりでございます」


セシリアも言葉を続ける。

こちらは少しだけ表情が柔らかい。

アルトは軽く頷き、自分の席へとつく。

レオニードも同様に妹と使用人に向けて、短く労いの言葉を返す。


食事中には形式的な会話がいくつか交わされた。

会話はすぐに終わった、誰も長く語らないのだ。

今日はそういう日ではない。


ユウも席についているが、ほとんど口を開かなかった。

ただ、静かに食事をとっていた。


(……疲れたな)


心の中で、そう呟いた。

戦も、葬儀も、どちらも気を張る場であった。

その反動が、今になってじわりと来ている。

隣に座っているアルトも同様、否、それ以上のことだろう。

表情には出ていないが瞳は少しだけ遠くを見ているようだ。

あのセリオスでさえも今日は口数が少なかった。


ほどなくして、食事は終わった。

屋敷の主は全員が疲れていることを察したようだ。


「今日はもう休め」


レオニードのその一言で一同は解散した。

誰も逆らわずに、それぞれが自室へ戻っていく。


――その日の夜。


屋敷は静まり返っていた。

廊下に灯された明かりが、一定の間隔で影を落としている。

ユウは自室で、椅子に腰を下ろしていた。

外套は脱ぎ、机に軽く肘をついている。

ただ、ぼんやりと時間を過ごしていた。


(……終わった、か)


小さく息を吐く、これでようやく一区切り。

そう思って安堵していた。


そのとき――


控えめなノックが響く。

間が置かれた、遠慮のある音が響く。

ユウは顔を上げた。


「……開いてる」


短くそう承諾すると扉が静かに開いていく。

部屋に来たのは、予想していた人物だった。

淡い金色の髪に、屋敷の使用人が纏っている服を身に着けた女性。

彼女の顔を見ると疲れが飛んでいくように感じた。


「……起きていましたか」


エリナは、そう小さく言った。

こちらを気にしているのか、普段より声が低い。

ユウは肩をすくめた。


「寝る気になれなくてな⋯⋯」


エリナは少しだけ視線を落とす。

そのまま、ゆっくりと部屋の中へ入ってくる。

扉が閉まり、静かな音がなる。

女性は自然とユウの隣席へ腰掛ける。


部屋の中は、二人だけとなった。

互いにしばらく言葉は交わさない。

だが、悪い空気ではない。


むしろ――


どこか落ち着く、心地よさがあった。


「……約束」


ぽつりと、エリナが口を開いた。

ユウはその声の方へと目を向ける。


「覚えていますか」


戦いの前に交わした言葉。


「無事に戻ったら⋯⋯」


彼女はそこで、少し言葉を止めた。

わずかに頬が赤くなっている。

だが、視線はこちらから逸らしていない。

ユウは小さく息を吐く。


「ああ」


もちろん、覚えていた。

忘れるわけがない。


「……約束だからな」


その声はいつもより少し柔らかい。

エリナは小さな笑みを浮かべて小さく頷いた。


「はい」


二人の感覚が一歩だけ、近づいた。

互いの距離が縮まる。


「無事に帰ってきてくれて……よかった」


その言葉は、飾りのない本音だった。

彼女の碧色の瞳が、どこか潤んでいるように見えた。

ユウは何も言葉を返さない、否、返せない。

ただ、その瞳を見つめていた。

エリナも、目を逸らさない。


静かな時間。


そのあと――


エリナが、ほんの少し背伸びをした。

迷いがあったのは、一瞬だけだった。


触れる、軽く、ほんの一瞬。

唇が重なった。

それだけのこと、それ以上はない。


だが――


十分だった。接していた個所が離れる。

エリナは少しだけ視線を逸らした。


「……これで、約束は果たしました」


小さな声で彼女は告げた。

ユウは、わずかに笑う。


「律儀だな」


「そういう性格です」


即答だった。

そのやり取りが、少しだけ空気を和らげる。

エリナの表情がふと変わり、真剣な眼差しとなる。


「……ユウ様」


声が低くなる。


「一つ、気になることがあります」


ユウの目が細くなった。


「なんだ」


エリナは一瞬だけ迷ったが、すぐに決める。


「セリオス様のことです」


空気が変わった。


「……どういう意味だ」


ユウの声も変わる。

エリナは静かに言葉を続けていく。


「葬儀の時に……違和感がありました」


言葉を選びながら。


「悲しんでいるように見えたのですが」


わずかに間を置く。


「……あまりにも、整いすぎているように感じて」


ユウは黙りこんだが、エリナはそれでも続ける。


「それと……」


さらに小さくなる声。


「以前、屋敷内で見かけたことがあります」


「夜中に、誰かと話しているところを」


ユウの目が鋭くなる。


「誰とだ」


「……分かりません」


首を横に振る。


「ですが」


一度だけ、息を吸う。


「内容が……少し」


言い淀んだが、はっきり伝える。


「戦の進行を、“把握しすぎている”ように感じました」


重い沈黙だった。

ユウはゆっくりと椅子から立ち上がった。

窓の方へ歩いていき、その先を眺めた。

外は暗く何も見えないが、思考は動いていた。


(……やっぱりか)


戦場で感じた違和感、葬儀での違和感。


――そして、線が少し繋がる。


「……エリナ」


背を向けたまま言う。


「この話は、誰にもするな」


「はい」


即答だった。

ユウはゆっくりと振り返る。


「しばらく様子を見る」


「動くのは、それからだ」


その言葉にエリナは頷いた。

彼女の表情には、わずかな不安と強い決意が見える。

夜は、静かに更けていく。


だがその静けさの下で、確実に何かが動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ