帰路
森の中を進む一行は、先ほどまでとは違う緊張感を帯びていた。
戦闘は終わったが、それで終わりではないと全員が理解している。
足音が土を踏みしめる。乾いた枝が折れる音。
装備同士が触れ合う微かな金属音。それらがやけに耳につく。
静かすぎるわけではない。
だが、“何かが欠けている”ような感覚が残っていた。
ユウは歩きながら、自分の右手に視線を落とす。
指先をゆっくりと動かす。
手を握る。手を開く。それらを交互に繰り返す。
幼い頃から特別な意識はせずとも出来ていた自然な動き。
変わった様子はない。火傷もない。痛みもない。
だが――
(……あの感覚は、なんだ)
炎に触れたはずだった。確かに、目の前にあった。
だが、触れた瞬間に“崩れた”。
消えた、ではない。
(……成立してなかった)
そんな感覚だった。
まるで最初から“存在していなかったもの”のように。
思考がそこまで至ったとき、前を歩くアルトがわずかに振り返る。
「……大丈夫かい?」
短い確認。ユウは顔を上げる。
「ああ」
それだけ答える。アルトは小さく頷いた。
「そうか」
それ以上は踏み込まない。
だが、完全に無関心というわけでもない。
視線の端で、こちらを捉えているのが分かる。
少しの沈黙のあと。ユウの方から口を開いた。
「……そういえば、お前たちは何者なんだ?」
唐突だが、当然の疑問だった。
「見たところ、ただの民間人じゃなさそうだ。兵士か?」
歩きながら問いかける。アルトは一瞬だけ目を細めた。
そして、少しだけ苦笑する。
「似たようなものだね」
曖昧な返答。だが、そのまま続ける。
「レイヴァルト王国に仕える騎士団だ」
はっきりと言い切る。その言葉には、わずかな誇りが滲んでいた。
「……騎士団」
ユウが繰り返す。アルトは肩をすくめる。
その表情はどこか照れくさそうだ。
「とはいえ、僕たちはまだ見習いだけどね」
軽く付け足す。
「正式な騎士じゃない。訓練中の身だ」
周囲の者たちも、わずかに苦笑する。
だが、その動きには無駄がなかった。統率も取れている。
だけれども、正規の軍隊ではないということだろうか。
(……見習い)
ユウは内心で呟く。少なくとも、ただの素人ではない。
戦闘の動き、判断、連携。どれも“訓練された動き”だった。
ユウは視線を前に向けたまま、続けて問う。
「さっきの連中はなんだったんだ?」
アルトの表情がわずかに変わる。
「山賊だよ」
短く答える。だが、そのまま言葉を続けた。
「ただし――想定していた連中とは少し違う」
「違う?」
ユウが聞き返す。アルトは頷く。
「さっきの山賊は統率が甘かった。ただの寄せ集めだろう」
淡々と分析する。
「だが、最近は違う」
視線が前方へと向けられる。
森の奥。その先を見据えるように。
「軍隊のように動いている連中もいる」
言葉が重くなる。
「隊列を組み、役割分担をして、明確な指揮者もいる。もちろん、魔法の使い手も組み込まれている」
ユウは黙って聞く。
その内容は、“山賊”という言葉から連想するものとは違う。
まるで、それでは―
「……それは、もう軍隊じゃないか」
思わず口に出る。アルトは小さく頷く。
「そうだな。だが、正式な軍ではないんだ」
「じゃあ何だ」
その問いに、アルトはすぐには答えない。
少しだけ間を置く。言葉を選ぶように。
「……崩れた兵士達だ」
静かに言った。
「あるいは、行き場を失った者たち」
ユウはわずかに眉をひそめる。アルトは続ける。
「この国は、表向きは安定しているんだ」
淡々とした口調。
表情はどこか悲しそうな顔を浮かべている。
「だけど内部では、貴族同士の対立や利権、領地、権力……理由はいくらでもある」
森を抜ける風が、少しだけ強く感じた。
アルトの言葉が胸に刺さる。
「戦にはなっていない。だけど、その前段階には入っていると思う」
ユウはその言葉の意味を理解する。
(……内戦の手前、か)
「職を失った兵、切り捨てられた者、流れ者……そういう連中が集まっている」
アルトの声は冷静だった。
感情を抑えている。
「最初は小さな集団だった。だけど、資金や武器が流れれば話は変わる」
「誰かが裏で動いてるってことか」
ユウの言葉に、アルトは否定しない。
「可能性は高い」
短く答える。
「だからこそ、騎士団が動いている」
しばらくの沈黙。
そのあと。アルトが事実確認のために口を開く。
「さっきの、君の力だけど」
ユウの意識が戻る。
「……意図したものなのかい?」
確認するような口調。ユウは首を振る。
「分からない。ただ、触れただけだ」
アルトはそれを聞いて、小さく息を吐く。
「そうか」
そして、少しだけ声音を落とした。
「普通なら、詳しく話を聞かれるところだよ」
柔らかい言い方だった。だが意味は明確。
――尋問。
あるいは、それに近いもの。ユウはあえて何も言わない。
ただ、その言葉を黙って受け止めている。
「だが――」
アルトは続ける。
「少なくとも、今はその必要はない」
視線が向く。まっすぐに。
ユウの目を見つめながら。
「君は敵じゃない」
はっきりと断言する。
「それに――」
わずかに間を置く。
「僕達を助けてくれた」
はっきりとした評価だった。
一行はそのまま道を進んでいた。
しばらくすると視界が開けてきた。
森が途切れており、その先に広がるのは人の手が入った景色。
これがアルトの言った街なのだろう。
現代の日本のビル群とは全く違う街並み。
石造りの外壁。規則的に並ぶ建造物。煙が立ち上る屋根。
中世のヨーロッパに出てきそうな風景。
「戻ったな……」
若者達の誰かが小さく呟く。
緊張が、わずかに緩む。
アルトが前を見据えたまま言う。
「ひとまず、街に入ろう」
「話はそれからだ」
その言葉には、誰も異を唱えない。
ユウはその光景を見ながら、小さく息を吐く。
知らない世界。知らない国。
そして――
自分の知らない“自分の力”。
(……ここから、か)
その一歩を踏み出す。
何が待っているかも分からないまま。
それでも、歩みは止まらない。




