戦果
騎士団の庭園には、整然と人が並んでいた。
帰還した各軍の長たちがそれぞれの席に座っている。
その周囲には副官であろう人物が立っている。
アルトの隣にはユウとカインが立っていた。
戦を終えたばかりの空気がまだ抜けきっていない。
鎧の隙間には土と血の気配が残っていた。
中央にはこの軍団の長であるレオニードが深く腰を据えている。
その横に立っていた、ヴィクトルが一歩前に出る。
書簡に目を落とし、ただ読み上げるだけではない。
整理するように語り始めている。
「戦果、全体の傾向から報告します」
一瞬だけだが間を置く。
「今回の⋯」
「五部隊による同時攻略。平均制圧日数は約四日」
視線をわずかに上げる。
「当初の想定より一日ほど短縮されております」
その場にいる一同にざわめきはない。
その意味を理解している者ほど、その言葉の重さを感じていた。
「損耗率は全体で一割未満。負傷者を含めても二割に届きません」
淡々と数値を上げながら報告する。
だが、だからこそ作戦の異常性が浮き上がってくる。
「通常の拠点攻略戦と比較した場合、三割以上低い水準です」
ヴィクトルは構わず続けた。
「敵側の崩壊は三日目前後に集中。抵抗の低下が急激です」
そこで、ほんのわずかに言葉を区切った。
「――以上を踏まえたうえで、個別の進捗です」
視線を落とした。
「第一軍、レオニード隊。三日目、朝刻制圧」
「第二軍、アルト隊。三日目、昼刻制圧」
「第三軍、シグルド殿。三日目、夕刻制圧」
「第四軍、ガイゼル隊。五日目、正午制圧」
「第五軍、ルーカス隊。同日、日没前制圧」
数字と事実を告げた流れるような報告となった。
しかし、その裏にある“違和感”だけは消えない。
ヴィクトルは最後に一言だけ付け加える。
「……全体として、効率が良すぎる結果です」
静かに締めた。
それが、彼なりの評価だった。
そのあと、レオニードがゆっくりと口を開いた。
「……見事だ」
低く、落ち着いた声で全体を見渡している。
「各員の働き、誇りに思う」
短い言葉だったが、それで十分だった。
しかし、そこで言葉を切る。
ほんの一瞬だけ、間がうまれる。
「ただし」
空気が引き締まった。
レオニードの視線がわずかに落ちる。
「本来であれば、この戦の総指揮は――」
そこまで言って、止まる。
誰もが分かっていた。
「我が父、レオンハルトが執るはずであった」
庭園に、静寂が落ちる。
風の音すら遠く感じるほどに。
「広くは公表していない」
「……しかし、すでに聞き及んでいる者もいるだろう」
「レオンハルト公は、出陣前に病により逝去された」
明確な宣言であった。
その事実を、ここで全員に告げた。
全員の息を呑む音がわずかに混ざる。
アルトは動かずにただ、長兄を見ている。
レオニードはゆっくりと頷いた。
「此度の勝利は――」
一度、全体を見渡す。
「我が父への追悼とする」
誰も声を上げない。
だが、その言葉は確かに全員に届いていた。
「報酬および処遇については、後日正式に通達する」
「本日は以上だ」
その言葉を聞いて集まった者たちは解散していく。
アルト達も住処に戻り、そこで一区切となるはずだった。
席を立とうとした瞬間に、軍団の長から声を掛けられる。
レオニードが弟を呼び止めた。
「⋯アルト」
「良くやった。父上もお前の成長を喜んでいるはずだ」
一番若い軍団長への最大の賛辞であった。
アルトは兄からの言葉を受けて、膝をつき頭を下げる。
「ありがとうございます」
兄から弟への賞賛の言葉であった。
その場に残っていたものからも若者に激励の拍手が送られる。
そこへ、唯一、前線に参軍していなかった男が見えた。
その男が庭園の入口から歩いてくる。
「兄上、私には賞賛はないのですか?」
皆の視線が発言者の方を向いた。
いつも通りに軽口を告げる金髪の容姿端麗な男。
セリオスであった。
「セリオス⋯、お前の能力は理解している」
レオニードはセリオスに対して、そのように返す。
その言葉にはどこか信頼が見える。
「しかし、随分と綺麗に終わりましたね」
いつものように軽い声が差し込まれる。
気負いはないが、場の空気を自然と掴む。
「被害も少なく進行も早い。理想的と言えば理想的ですね」
肩をすくめた後に、こう告げる。
「出来すぎてる気もしますけどね」
その言い方は、軽いが核心に触れていた。
レオニードは何も言わない。
セリオスはそのままアルトの前で足を止める。
「アルト」
長兄同様に次兄も弟の名前を呼ぶ。
「よくやったな」
それだけだったが、十分だった。
「まさか、三日目で落とすとは思ってもいなかった」
セリオスの口元にわずかな笑み。
「正直、上出来だ」
アルトの肩を叩きながらそう告げた。
その賞賛にアルトは小さく頷く。
「たまたま、結果が出ただけです」
セリオスは鼻で軽く笑う。
「結果を出すのが一番難しいんだよ」
軽く言いながら、視線を横へ流す。
シグルドと目が合う。
「これは、シグルド卿、まだ前に出られているんですね」
嫌味なのか心配なのか分からぬ発言であった。
もしくは、その両方の意味が含まれているのかもしれない。
「若君もお変わりないようで安心しましたぞ」
「老兵ですが、引っ込むには少しばかり早いものですので」
シグルドのその言葉を受けてセリオスは笑いながら返答する。
「はは、違いない」
短いやり取りであったが、二人の距離感は近い。
昔からの付き合いがあるのだろう。
「おや、ヴィクトル卿」
レオニードの副官、ヴィクトルへも声を掛ける。
その声に男性は咄嗟に反応する。
「お久しぶりです、セリオス卿」
「いやですねぇ。そんな他人行儀な挨拶」
「貴兄のことは妹からよく聞いております。そもそも、士官学生の時代から貴方はそうでした。忘れもしません、あれは七年と四十一日前の歴史の試験時のことです、あなたは⋯⋯」
ヴィクトルは眼鏡をあげながら、昔のことを独り呟いている。
そのあとに再びアルトへ視線を向ける。
「それで?」
少しだけ身を乗り出した。
「どうやったんだい?」
直接だった。
アルトは一拍置いてから答える。
「ユウの案です」
それだけだったが、名前が出た瞬間。
一瞬ではあるがセリオスの目がわずかに細くなった。
「……ああ」
納得したように息を吐いた。
「やっぱりか」
「山賊討伐のときから妙だったしな」
セリオスの視線は、わずかに遠くを見ている。
以前聞いた話を思い出すように。
「今回も同じなのか」
独り言のように言った。
アルトへはそれ以上語らない。
セリオスは軽く頷いた。
「まあいい」
「使えるやつがいるのは助かるよ」
その言葉だけが、妙に軽く響いた。
ユウはそのやり取りを、アルトの後ろから見ていた。
(……“やっぱり”か)
その言葉が引っかかる。
どう考えても初見の反応ではないと感じた。
知っていた、あるいは予測していた。
ユウは何も言わずにただ、セリオスを見ている。
表情は笑っているが、その奥は見えない。
(⋯⋯全てを見透かしているような)
(……苦手なタイプだ)
そう思いながら、小さく息を吐いた。
戦は終わったが、盤面はまだ動いている。




