表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/120

余波


戦場の熱はまだ残っている。


焼けた木の匂いと、血の混じった土の湿り気が風に乗る。

静まった陣地の中に重く漂っていた。

勝利の直後だ、それにもかかわらず歓喜の声は少ない。

どちらかと言うと張り詰めた疲労と次に備える緊張が漂う。

その中央に設えられた指揮所にアルトは立っている。


「……以上です。砦を含めて周辺は制圧されました」


報告を終えた兵が頭を下げる。


「ご苦労」


アルトは短く応じると、すぐに指示を出した。


「引き続き、負傷者の手当てを優先してくれ、それと捕虜は厳重に管理して、移送の準備に入ること」


周囲の隊長たちが即座に動き出す。

無駄なく必要なことだけが淡々と進められていく。

そのとき、幕の外から慌ただしい足音が近づいた。


「伝令!」


息を切らした兵が駆け込み、膝をつく。


「報告!レオニード様が率いる部隊も砦の制圧を完了したとのこと!制圧が完了したのは我が部隊が制圧する本の数刻前だそうです。」


場の空気がわずかに揺れた。

天幕内には驚きと歓喜の声が響く。

カインは一人、皆に聞こえないくらいの声でつぶやく。


「……先に、制圧されたか」


アルトも報告を受けてすぐに顔を上げる。


「さすがは兄上だ。他の軍も続いてくれると良いな」


その声音に焦りはない。

事実として受け止め、次に進むだけだ。

一連のやり取りを聞きいたあとに、ユウは小さく息を吐く。

そして、アルトは主へと視線を向けた。


「少し席を外すぞ」


唐突な言葉だった。

アルトはわずかに首を傾げる。


「……どこへ?」


ユウは肩をすくめた。


「野暮用だ。気にするな」


それだけ告げて、返事を待たずに幕を出た。

外に出ると、戦後の空気がより濃く感じられる。

兵たちが撤収準備に動き、担架が行き交い、捕虜がまとめられる。

秩序は保たれているが、戦の名残はそこにある。

ユウはその中を横切り、やや外れた場所へと向かう。


捕虜の収容所は、即席で作られた。

倒れた柵や壊れた荷車の残骸を組み直し、縄で補強した囲い。

その内側に地面がむき出しのまま広がる。

逃走を防ぐために外周には常に兵が立っている。

雨でも降ればすぐに泥濘になるような粗末な造りだった。

それでも「閉じ込める」には十分だった。

入口には粗い木製の扉が立て掛けられているだけ。

その前に二人の兵が槍を持って立っている。


ユウが近づくと、兵は軽く敬礼し、道を開ける。

中に足を踏み入れると、空気が変わる。

外とは違い、湿り気と体温がこもった空間。

低い声のざわめき、鎖や縄の擦れる音がする。

そして抑え込まれた敵意が、静かに渦巻いていた。

その一角に、見覚えのある姿があった。


「ん?クラウス?」


呼びかけると、灰色の髪を後ろで束ねた男が振り返る。

その手には、木の器があった。

視線を落とすとガルドとリズの前に同じものが置かれている。

粗末ではあるが、温かい食事だった。


「何をしているんだ」


ユウが問いかける。

クラウスはわずかに肩をすくめた。


「見ての通りだ。食事だよ」


当然のように答える。


「捕虜となった以上、無駄に衰弱させる理由はない」


その言い方はあくまで合理的だった。

だが、与えられている食事は決して最低限ではない。

最低限以上に、きちんと整えられている。

ユウは少しだけ目を細める。


「思ったより優しいんだな」


その様子を視て軽く伝えた。

クラウスは一瞬だけ眉を動かし、すぐに視線を逸らした。


「誤解するな、これは管理だ」


短く言い切る。


「使える状態を維持する必要がある。ただ、それだけの話だ」


そのまま器を置き終えると立ち上がった。

ユウとすれ違う位置でほんの一瞬だけ足を止めた。


「……無駄に壊すより、有効に使う方が合理的だろう」


それだけ言って、クラウスは囲いの外へと出ていく。

すれ違った男の足音が遠ざかる。

その背中を一瞬だけ見送り、わずかに息を吐いた。


「……不器用なやつだ」


誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。

それから視線を戻す。

捕らえられているのはガルドとリズ。

先ほどのやり取りを黙って見ていたらしい。

ユウはゆっくりと二人の前へ歩み寄る。


「少し、話を聞かせてもらう」


その声は静かだったが、はっきりとした意思がある。

ガルドが顔を上げた。

その目には、試すような光が宿っている。


「尋問か?」


「そんな大層なもんじゃない」


ユウは肩をすくめた。


「雑談だよ。お互いに時間はたっぷりとあるだろ」


ガルドは一瞬だけ黙り、やがて小さく笑った。


「……好きにしろ」


完全な拒絶ではなかった

ユウはそれを確認すると、自然な流れで問いを投げた。


「自由の盾は、山賊なのか?」


ユウの問いは淡々としていたが、逃げ道は用意していない。

ガルドは少しだけ視線を逸らし、地面を見たまま答える。


「……ただの寄せ集めだ」


乾いた声で言葉を続ける。


「統制なんてなかった。好き勝手に動いて、勝手に死んで、そんな連中の集まりだった」


横でリズが鼻を鳴らして、リズも言葉を続ける。


「烏合の衆ってやつだよ。戦い方もクソもなかった」


その言い方には、かつての自分たちへの苛立ちすら混じっている。


「そこから何があって変わったのか」


ユウが静かに言い、ガルドは短く頷いた。


「誘われたんだよ」


「誰に?」


ユウの短い問いに、ガルドはわずかに目を細める。

記憶を探るような仕草だった。


「ミカエルだ」


言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。


「俺たちは“ミカ”って呼んでた」


その名は、どこか仮の響きを帯びている。

ユウは表情を変えないまま、続きを促した。


「そいつが、お前らをまとめていったのか?」


「まとめたというよりは……整えた、だな」


ガルドの声は低く、確信を帯びている。


「武器、拠点、戦い方……全部だ。ミカが来てから俺達は組織になっていった」


リズが続ける。


「最初は信用していなかったけどね。でも、食えるようになったし、無駄に死ぬ奴も減った」


淡々としているが、それは現実をそのまま語っている声だった。


「……そのミカってやつは、どんな男だ?」


その問いに、二人はわずかに顔を見合わせた。

先に口を開いたのはリズだった。


「顔は分かんないんだよね」


短く、断言する。


「ずっと仮面をつけてるのさ」


その言葉には、わずかな嫌悪が混じっている。

声が発せられる先がガルドへと変わる。


「声も抑えてやがったし、年も分からん。ただ……」


そこで言葉を切る、ユウは何も言わず続きを待つ。


「……妙に整ってた」


「整う?」


ユウがその言葉を聞き返す。その言葉の意味をリズが補足する。


「無駄がないってこと。動きも、指示も、全部が綺麗なんだよ」


ガルドは小さく頷いた。


「それと……金髪だったな。仮面の隙間から見えた」


リズが短く付け加える。


「それくらいしか分からない」


囲いの外で風が鳴り、縄がわずかに軋む音が響いた。

ユウはその男のことはそれ以上追及しなかった。

得られた情報を、頭の中で静かに並べる。

確信に変えるには、まだ足りない。


「そういえば⋯」


話題を切り替えるように、ユウはリズへと話題を振る。

 

「お前は元奴隷なのか?」


リズは少しだけ間を置き、あっさりと答える。


「……ああ。逃げたところを、ガルドに拾われた」


顎でガルドを指す。


「そのあとは、ついていっただけだよ」


簡単な言葉だが、その裏にある時間は重い。


「王国では奴隷は禁止されているだろ」


「表向きはね⋯だけど、現実はそうじゃない。裏では貴族や商人達も奴隷を取引しているのさ。」


「なるほどな。そして⋯⋯」


ユウは次にガルドを見る。


「あんたは軍人だな?」


断定だった。

ガルドは一瞬だけ目を細め、それから小さく笑った。


「……分かるのか」


「動きがな」


ユウは短く返す。

ガルドは肩を回しながら言う。


「戦争が終わって全部なくなったのさ。食い扶持も、立場も」


淡々としているが、その言葉には重さがあった。


「だから盗賊になった。それだけだ」


静かな空気が流れる。

ユウは小さく息を吐いた。


(……繋がってるな)


声には出さない。

だが、断片は確実に揃い始めている。

そのとき、外から再び足音が近づいた。


「報告ッ!!」


囲いの外で声が響く。

兵が駆け込み、敬礼していて。


「全ての部隊が目標砦の制圧を完了!!」


その言葉は、明確な終わりを告げていた。

ユウはゆっくりと立ち上がる。

二人へ挨拶をして囲いの外へ出る。

空気が一段と軽くなっている。

そのまま本陣へ戻ると、すでに主要な面々が集まっていた。


アルトが前に立つ。


「……全軍、制圧完了した」


静かに言う。

その言葉に、誰も声を上げない。

ただ、それぞれが結果を受け止める。


「ルーヴェルへ帰還する」


アルトは続ける。


「各部隊を再編成する。明朝から順次撤収を開始しよう。捕虜は厳重に管理し、移送するように」


視線が全体を巡る。


「今回の作戦はこれで終了だ。各自、最後まで気を抜かずに行動してほしい」


短い指示だった。

だが、それで十分だった。

会議はそれで終わる。

兵たちはすぐに動き出した。

陣全体が撤収へと切り替わっていく。

ユウはその様子を少し離れた位置から見ていた。


担架で運ばれる負傷者。

装備をまとめる兵。

列を組まされる捕虜。


戦いは終わった。


そう思える光景だった。

ユウはわずかに視線を上げる。

遠く、煙の残る砦の方角。


(……終わってないな)


小さく息を吐く。

胸の奥に残る違和感は消えない。

むしろ、形を持ち始めていた。

静かに、確実に。


次の戦いは、すでに動き始めている。

撤収は、夜明けと同時に始まった。


焚き火の煙はすでに薄くなり、代わりに人の気配が一帯を満たす。

兵たちは手際よく装備をまとめた。

部隊ごとに列を整え、規律の取れた動きで帰還準備を進める。

戦いの直後とは思えないほど、整然としている。


それでも、ところどころに疲労の色は見える。

包帯を巻いた腕、足を引きずる兵、静かに空を見上げる者。

それぞれが戦いの余韻を抱えたまま、次の行動へと移る。

アルトは集団の真ん中付近に立ち、全体を確認する。


「各隊、間隔を詰めすぎるな。移動中の奇襲に備えろ」


声は大きくはないが、はっきりと通る。


「はい!」


短い返答が返る。

そのやり取りを横で見ていたユウが、軽く息を吐いた。


「抜け目ないな」


「当たり前だろ」


アルトは視線を前方から外さないまま答える。


「帰るまでが作戦だ」


その言葉に、ユウは小さく笑った。


「違いない」


列はゆっくりと動き出す。


森へと続く道は狭く、視界も限られている。

木々の隙間から差し込む朝の光が、不規則に地面を照らす。

兵たちの影を揺らしていた。


その中を、ユウはやや後方から見ていた。


捕虜の列も同時に移動している。

縄で繋がれた山賊たちは、疲労と諦めを滲ませている。

しかし、その様子はどこか落ち着いていた。

暴れる者はいない、騒ぐ者もいない。


(……妙だな)


ユウは小さく目を細める。

敗北した直後の集団にしては、静かすぎる。

完全に折れたわけでもない。

かといって反発する気配もない。

ただ、状況を受け入れているようだった。

その理由を探ろうとしたが、思考は途中で止まる。

前方から、馬を走らせる音が近づいてきた。


「伝令!」


兵が列を抜け、アルトのもとへ駆け寄る。


「報告します。後続の部隊、すべて予定通り進行中。周辺に敵影なし」


「分かった。引き続き警戒を維持しろ」


「はっ!」


伝令はすぐに去る。

そのやり取りを聞きながら、ユウは再び視線を森へと向けた。


――静かすぎる。


それが、引っかかる。


(……終わり方が綺麗すぎる)


戦場としては、あまりにも。


「どうしたんだ」


不意に横から声がかかる。

振り向くと、クラウスが並んでいた。

いつの間にか近づいていたらしい。


「いや、少し考え事だ」


クラウスは一瞬だけユウを見てから、同じ方向へ視線を向ける。


「捕虜か」


「……ああ」


短いやり取り。

クラウスはわずかに目を細める。


「妙に大人しいように思えるな」


その言葉に、ユウは内心で小さく頷いた。

同じ違和感を持っている。


「普通なら、もう少し荒れるはずだ」


クラウスは続ける。


「敗北直後の連中なのに、統制が残ってるってことか」


ユウが言う。クラウスはすぐに否定しなかった。


「あるいは――」


そこで言葉を切る。


「……何かを信じているか、だな」


ユウは視線を動かさない。


「例えば?」


クラウスはわずかに口角を上げる。


「自分たちはまだ終わっていない、とかな」


冗談のようにも聞こえる。

だが、声にはわずかな硬さがあった。

ユウは何も返さない、そのまま前を見て言葉を告げる。


「まあいい、考えすぎかもしれん」


そう言い残して、歩調を速めて前方へと戻っていくユウ。

クラウスはその背中を見送っている。


(……考えすぎ、か)


同じ言葉が頭の中に浮かぶ。

だが、それをそのまま受け入れる気にはなれなかった。

列は森を抜け、開けた道へと出る。

視界が広がると同時に、兵たちの緊張がわずかに緩むのが分かる。


遠くに見えるのは、帰還先


――ルーヴェルの方向。


戦いは終わった、そう思える光景だ。

ユウはもう一度だけ、後方を振り返る。

見えるのは、ただの森。

煙も、影も、何もない。


(……遅いな)


ふと、そんな言葉が浮かぶ。

何が、とは言わない。

ただ、“来るはずの何か”が、まだ来ていない。

その感覚だけが、消えずに残っている。


ユウはゆっくりと前を向く。

足を止める理由はない。

だが、確信はあった。

この戦いは、まだ終わっていない。


静かに、確実に。


次の局面は、すぐそこまで来ている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ