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伏兵


戦場全体を俯瞰していたユウの姿が見えた。

リズとユウの視線が交差する、相手を見定めているように視えた。

言葉は交わせないが、それでも次の判断を決めるには十分だった。


(あいつだ!)


リズの中で疑念が確信に変わった。


「あの黒髪を狙えッ!!」


ガルドとリズの部隊は目標まで一直線に突っ込んでいく。

ユウは落ち着いた様子で敵を見ていた。


そして――


自身の背後へ逃げるように動きはじめた。

一度だけ足を止めて、背後を振り返る。

相手との距離を測ったあとに、呼吸を整えている。

そして、その場から遠ざかっていくように走る。

ガルドは遠ざかっている獲物を視界に入れながら声を上げる。


「追えッ!!」


ユウの背後から怒号が聞こえてくる。

山賊たちは完全に流れに乗っており、自分達の優勢を疑わない。

競り合いをしている騎士団の勢いは落ちている。

前線でも山賊たちが前へ前へと押し込んでいる。

押している、流れはコチラに来ている、このままいけば勝てる。

その感覚に疑いはない。


山賊達が前進をしていくと、やがて森が近づいてきた。

周囲の視界が狭まってきて、木々の影が濃くなる。

視界が悪くなっていきそうだと思い、進軍を止めようとする。 

しかし、勢いに乗っている者たちは制御ができるまで時間がかかる。

先頭集団とユウの間が、矢を放てば届きそうな距離まで近づく。


そう思った直後に――


ユウは足を止めてガルドたちの方向へと振り返った。

敵の入りは十分、自分の仕掛けた罠を見せれる機会。

小さく息を吐き溜めていた声を吐き出す。


「――今だッ!」


ユウの声は溜めていたものを吐き出すように声を出した。

その言葉を聞いた山賊達は咄嗟に身構え始める。

しかしその動きよりも早く、森の中に潜んでいた影が動きだす。


最初に変化を察したのは、戦場の最前線にいる者たちではない。

少し距離を置いた位置で全体を見ていたリズだった。

リズはわずかな違和感を感じた。

風でもなく、金属の擦れる音でもない。

森の奥で、何かが規則正しく動き出す音だった。


次の瞬間、森の影が割れた。


「――出ろっ!!」


鋭い号令が森から響く。

その声と同時に、森の中に潜むんでいた者たちが姿を現す。

それは左右両側から、ほぼ同時に出てきた。

増援というよりは封鎖、逃げ道を補う動きではなかった。

最初からそこに配置されていたものだった。

それがただ姿を現しただけだった。


「全軍、突撃ッ!!」


灰色の髪を後ろで束ねた男。

クラウス・ハルトマンの声が右側面に響く。

戦場の泥に足を踏み入れながらも、その姿勢は一切崩さない。

鎧の作りは明らかに上位の騎士のものだった。


「退路は気にするなッ!押し潰すぞ!」


その一言で、彼の部隊が一気に前に出る。

貴族出身の若年騎士たちが中心、だが動きは遅くない。

むしろ、統制された圧として山賊側面へ食い込んでいく。

それと同時に反対側。


「よし!反撃開始だッ!」


カインの声が鳴り響く。

ここ3日間の鬱憤を晴らすように森の中から飛び出した。


「逃がすなよ。ここで崩すぞっ!」


その言葉と同時に、左側面の部隊が横方向へ圧をかける。

派手さはないが、確実に出口を潰していく動きだった。


左右両方から一斉に圧力が掛けられる。

その瞬間、山賊たちの動きに初めて余白が生まれる。

あるものは槍で突かれ、あるものは剣で斬られる。

静けさを保っていた森の中に断末魔が聞こえる。

挟撃された山賊達はどうすれば良いか分からない。


押していたはずの山賊の動きが止まる。

その止まりは恐怖ではなく、理解できない状況への遅延だった。

リズはその変化を正確に感じ取った。


(……伏兵、やられた)


彼らに逃げ道はない。

だが、それはまだ包囲前の段階だ。

完全な崩壊ではない。


「まだだ……押し返せるぞ!!」


叫びながら剣を振るう。

その動きは鋭いが、焦りが混じり始めている。

ガルドは言葉を吐き捨てる。


「挟まれた……」


それでも止まらない。

二人は前へ出て押し返そうとする。

一点突破、無謀だがそこに賭けるしかない。

だが、その瞬間に騎士達の軍団長の声も響く。


「圧を維持しろ、決して逃がすなッ!」


冷静で、戦場の熱から一段引いた指示をアルトは発した。

その指示に従うように、前線の騎士団は無理に押し切らない。

代わりに“崩れない壁”として存在し続ける。

押しても押しても、そこに穴は生まれない。


その状況になって、ようやく一般の山賊たちも気づいた。

押していたのでなく誘導されていたことに。

自分達が騎士団に包囲されたことを認識する。

山賊達の心は折られていないようだが、追い詰められてくる。


――それでも、まだ終わりではなかった。


「抜けるぞッ!!」


誰かの叫びと同時に、山賊の一団が強引に側面へと食い込む。

刃を受けながらも止まらない。

押し返されても踏みとどまり、体ごとねじ込むようにして前へ出る。

統制された動きではないが、それが逆に予測を外した。


騎士団の陣形が、ほんのわずかに軋む。

その一瞬を、リズは見逃さなかった。


「ガルド!!ここだ、抜けるぞ!!」


ガルドもまた、即座に反応する。

前に出た仲間の背を押し込み、無理やりに道をこじ開ける。

完全な突破ではないが確かに、戦線に穴が生まれた。


「クラウス!!右が抜けられるぞ!」


カインの声が飛ぶ。


「分かってる!!」


クラウスが即座に踏み込む。

その剣が一閃し、さらにもう一歩踏み込む。

抜けようとする山賊の前に、自ら壁となるように立ちはだかる。


だが、その対応が一瞬だけ遅れた。

ほんのわずかだが、確かに包囲の外へ抜け出した。

リズとガルドも、その流れに乗った。


「戻るぞ!!」


短い叫びだった。

それに応じるように、生き残った数人が一斉に駆け出す。

背後では、再びぶつかり合う音が響く。

だがもう振り返らない、振り返れば足が止まる。


森を抜けて、枝を払い、泥を蹴り、ただ前へと走る。

息が荒い、肺が焼けるように痛む。

それでも足は止めない。


やがて視界が開け、砦の外壁が見えた。

その瞬間、わずかな安堵が胸をよぎる。


「門を開けろ!!戻ったぞ!!」


ガルドが大きな声で叫んだ。

その声は砦の壁に反響し、虚しく返ってくる。

返事はない。


「おい……聞こえてるだろ!!開けろ!!」


もう一度叫ぶ。

しかし、中からは何も返答がこない。

不自然な静けさだった。

リズの足が、わずかに止まった。


「……ガルド」


その声に、ガルドも違和感を覚えた。

ゆっくりと顔を上げる。

通常であれば見張りがいるはずの門の上へと。


そこに立っている影は


――見慣れたものではなかった。


鎧の形が違う、立ち方が違う。

何より、こちらを見下ろす視線に迷いがない。


「……騎士団」


ガルドは力が抜けるように呟いた。

その中央に一人の男が立っている。

無駄な動きはなかった。

ただ静かにこちらを見下ろしている。

先ほど自分たちを誘導した男が立っている。

ユウだった。


「……遅かったな」


淡々とした上から振り注ぐ。

責めるでもなく、嘲るでもない。

ただ事実を告げるような声音だった。

リズの喉が、ひりつく。


「……どういうことだ」


絞り出すように言う。

ユウはわずかに視線を動かし、砦の内側へと目を向ける。


「見ての通りだ。先に入らせてもらった」


短い説明だったが、それで十分だった。

砦の上に並んでいる騎士たち。

それを見ただけで状況が理解できる。

すでに、砦は完全に制圧されているのだ。

ガルドは歯を食いしばった。


「……最初から、ここまで読んでたのか」


問いではなく確認だったが、ユウは返答しない。

だがその沈黙が、何よりの答えだった。

リズの脳裏に戦場の光景がよぎる。

伏兵の配置は整っていたが逃げ道は、完全には潰されていなかった。

まるで、どこかへ追い込まれるような流れ。


(ここに……戻らせるために)


背筋に冷たいものが走った、そのときだった。

背後から、足音が近づいてくる。

振り返るとクラウスとカインが、距離を詰めてきた。

すでに戦場の熱はなくなっていた。

ただ任務を終えた者の無駄のない足取りだった。


「逃げ場はないぞ」


クラウスが言う。

その声に先ほどまでの激情はない。

カインが続ける。


「前も後ろも、塞がってる。分かるだろ」


淡々とした言葉だった。

リズは周囲を見る。

残っているのは、数名の部下だけ。

誰もが消耗しきっている。

武器を構える腕に、力が入っていない。

突破する余力は、もう残っていなかった。

それでもガルドは、一歩前へ出た。

門の上に立つユウを睨む。


「……てめぇが、全部仕組んだのか」


状況を把握してあきらめた声。

しばらく沈黙した後に、ガルドの肩から力が抜ける。

握っていた剣がわずかに下がった。

そしてゆっくりと手を離し、剣が地面に落ちま。

乾いた音がやけに大きく響く。

リズも、目を閉じて一度だけ息を吐いた。

それから、同じように剣を下ろした。


「……降伏する」


静かに言った、カインは短く言葉を重ねた。


「これで終わりだ」


誰も動かない。

ただ、張り詰めていた空気だけがゆっくりとほどける。

門の上には、ユウが変わらずに立っていた。

この戦の流れを決めたのは間違いなくこの男だった。


砦も、戦場も、退路さえも。


すべては、最初から繋がっていた。

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