誘い
太陽が頭上に張り付くように浮かんでいた。
影は足元へと押し潰されている。
地面にこもった熱は逃げ場を失い、乾いた空気がゆらゆらと揺れる。
砦の前に広がる平地は、三日間にわたる攻防の痕跡で荒れていた。
踏み固められた土には無数の足跡と、乾いた血の跡が残る。
騎士団の隊列は、その荒野の上に整然と並んでいる。
盾を前に構えた前列、その背後に槍兵と剣士、さらに後方に弓兵と術者が控える。
規律を保ったまま、全体が一つの塊として息を潜めていた。
その中央に、アルトは立っていた。
視線は正面の砦へ向けられている。
閉ざされたままの門に、沈黙を保った壁、その上に並んでいる数人の見張りの影。
三日間、何度も見てきている光景だった。
何度も遠距離攻撃を繰り返して、挑発を重ねた。
それでも相手は決して門を開けない。
――今日は違うはずだ。
アルトはわずかに息を吐いた。
「……来る」
確信に近い感覚がある。
相手の水を絶っているはずだ。
砦の内部がどうなっているのかは見えない。
それでも、動きがないはずはない。
耐え続けるのにも限界がある。
静けさが続くほど、その反動は大きくなる。
その予感を裏付けるように、次の瞬間――
「――門が開いたぞッ!!」
前方からの叫びが、張り詰めた空気を切り裂く。
布陣している兵士たちの視線が一点に集中する。
砦正面の大門が、内側から押し開かれていく。
厚い木材と鉄で補強された扉が軋みを上げている。
その隙間から暗い影が溢れ出した。
最初は数人、やがてその流れは一気に膨れ上がり、武装した山賊たちが雪崩のように外へと押し出される。
「突撃ッ!」
門の前から怒号へ響く。
それは単なる掛け声ではない。
焦りと渇きが混ざった、切迫した叫びだった。
隊列を組んではいるが、その動きには余裕がない。
抑え込んでいたものを一気に解放するような勢いで、彼らは前へと走り出している。
アルトはその様子を見据えたまま、わずかに顎を引く。
「全隊、迎撃しろッ」
声は静かだったが、その意思は明確に伝わる。
前列の盾兵が一歩踏み出し、盾を打ち合わせて構えを固める。
背後の弓兵と術者が一斉に準備に入り、弦が引かれ、魔力が集められていく。
「放てッ!」
その合図と同時に、無数の矢が空を裂いた。
光を帯びた魔法弾が続き、空間を埋め尽くすように前方へと飛ぶ。
しかし、それでも山賊たちは止まらない。
先頭の数人が矢に倒れ、魔法に弾かれる。
それでも後ろから押し出されるように次の列が前へ出る。
倒れた仲間を踏み越え、視線を逸らすことなく、ただ前へ進む。
距離が一気に詰まり、衝突する。
鈍い衝撃音が連続して響いてくる。
盾と盾、剣と剣がぶつかり金属音が鳴る。
そこに怒号と悲鳴も入り混じっている。
前線は一瞬で混沌に変わった。
最初の押し合いは拮抗していた。
騎士団は訓練された動きで隊列を維持している。
一方、山賊は勢いに任せて隊列を崩そうと押し込んでいく。
だが、その均衡は長くは続かない。
「押せぇ!!」
山賊の一団が叫んだ。
その声に呼応するように、後方からさらに圧力が加わる。
前に出ている者に下がる余地を与えられず、そのまま押し出されるように衝突を続ける。
その動きは粗く、統制はあるが洗練されてはいない。
しかし、強い。
渇きに追い立てられた人間の力は、時に理性を上回る。
余裕を削ぎ落とされた分、ただ前へ出る力だけが異様に膨れ上がっている。
騎士団の前列が、わずかに押される。
一歩、また一歩と少しずつ後退していく。
だが、その動きは崩れではない。
隊列は保たれており、間隔は崩れていない。
盾の連携も維持されている。
勢いを意図的に受けている。
アルトはそれを確認し、小さく息を吐いた。
「そのまま下がれ!崩すな、間隔を維持するんだ」
冷静な指示が飛ぶ。
前列は後退を続けるが、誰も背を向けない。
盾を前に構えたまま、圧を受け止めながら後ろへと下がる。
だが、その様子は外から見れば違う。
山賊たちには、「押している」ように映っている。
「いけるぞ!!」
「騎士どもが下がってる!!」
興奮した声があちこちで上がってくる。
その流れに乗るように、さらに別の声が混ざる。
「前へ出ろ!今が押し時だ!!」
「崩れるぞ、そのまま叩け!!」
戦場のあちこちからそういった声が響く。
そのは声まるで全体の意思をまとめるように広がっている。
だが、その声の中に明らかに“混ざっているもの”がある。
リズは剣を振るいながら、その違和感に気づいた。
目の前の騎士の剣を弾き返し、その肩口を浅く斬り裂く。
動きは鋭いが、視線は常に戦場全体を捉えている。
(……妙だね)
押しているのは事実だが、妙に軽く感じる。
崩れているわけではなく、崩れているように見せかけている。
「……ガルド!」
隊長の名前を短く呼ぶ。
隣で大剣を振るっていたガルドが、わずかに顔を向ける。
「なんだ?」
「押しが軽すぎやしないかい」
ガルドは一瞬だけ動きを止めて、周囲の流れを見る。
確かに騎士団は後退している。
しかし、隊列は乱れておらず平穏を保っている。
前線が崩れていれば、もっと明確な隙が見えるはず。
「……受けてやがるな」
そのとき――
「前だッ!!」
「押し切れるぞッ!!」
再び声が響いてくる、その声を聞いた後ガルドの目が細くなる。
(誰だ……?)
味方の声にしては、妙に整っている。
感情を爆発させているわけではなく、流れを誘導するような声。
視線を巡らせているとそれは敵陣のやや後方に見つけた。
直接刃を交えない位置に、一人の男が立っている。
その男は戦っていないがこの戦いの全体を見ている。
(……あいつか)
ガルドとほぼ同時にリズも気づいたようだ。
後方から騎士たちを操っている男の存在に。
「あいつが頭だね」
ガルドは一拍置いて頷く。
「行くぞ!!」
二人は男の方に向かって敵陣を斬り込んでいく。
その動きに引きずられるように、周囲の山賊たちが一気に前進する。
「総突撃!!」
誰かが叫んだ、それはガルドたちの命令ではない。
だが、その場の流れがそうなった。
山賊たちの動力が一段と上がったことをアルトは感じ取った。
一点に圧が集まり始め、狙いが定まっていく。
「……来るぞっ」
そのとき、後方にいた全体をみていた人物。
――ユウが動いた。




