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行軍


朝というにはまだ早い。


空は薄く青みを帯び、地平の端だけがわずかに白い。

騎士団庁舎の前庭から五つの部隊が出発した。

全体で二千五百名。

そのうちの一部隊を預かったのが、アルトであった。


アルト部隊の総勢は五百名となる。

士官学生三百五十名と学校を卒業したばかりの若年騎士が百五十名。

数字だけを見ると単純だが、意味は単純ではない。

若さと未熟さが半分以上を占めている部隊。

経験の薄い者たちが、戦場へ向かう形になっている。

ただし、上層部は若者の勢いを信じてみることにしたのだろう。

それゆえ、アルトがこの部隊の部隊長に選抜されたと思われる。

一部の若年騎士の中にはこの選抜に不平、不満を持つものもいる。


アルトは部隊の中衛にいた。

その背筋は真っすぐに伸びており、視線は前方へ向けられている。

五百の足が一斉に行進をしており、革靴が石畳を叩く音、装備が揺れる金属音。

それらが重なって、ひとつの流れになる。


ユウは歩きながら周囲の状況を観察していた。

周囲の士官学生たちは緊張しており、呼吸が浅い者も多い。

視線が定まっていない者もいる。


「……動きが固いな」


ユウは小さく呟いた。

隣を歩いていたアルトが反応する。


「何か問題かい?」


「問題⋯というよりは今の状態だな」


ユウは前を見たまま言葉を続ける。


「学生達が緊張しすぎだ、戦場じゃないのにもう消耗している」


アルトは一瞬だけ周囲を見わたす。

言われると確かに動きが硬いように感じた。

全体のことに気を取られて、足元がよく見えていなかった。

アルトにとってもこの規模の集団を指揮するのは初めてとなる。

経験不足により、周りへの配慮が不足することは致し方ない。

浮かんだ疑問をユウへと投げかける。


「どうすればいい?」


「こまめに休憩をするべきだ、一気に進むと昼前に集中力が切れてしまう。そうすると士気が下がって、本番前に疲れるぞ」


アルトは少し考える。

だが、休憩をするということは⋯


「到達が遅れてしまうんじゃないのかい?」


部隊を任される長としては当然の疑問。

ましてやこの戦いで指定時刻に遅れるのは何としても避けたい。

その言葉にアルトは諭すように反論した。


「時間に遅れるよりも、戦闘前に部隊が崩れる方がまずい」


時刻も優先事項だが、一番大切なのは戦いに勝利することだ。

そのために各人の精神面を整えるのは必要不可欠となる。

ユウはそれをアルトへと伝えたいようだ。

アルトはユウのその提案を受け入れる。


「分かった。休憩時間を増やすように調整しよう」


すぐに最前線に向け伝達事項が送られる。

最前線には一定間隔で休憩をするように指示が飛んだ。

その結果、行軍速度がわずかに落ちていった。


歩いていた道は街を抜けて、やがて森林地帯へ入っていく。

木々の影が濃くなるにつれ、空気も変わる。

湿度が上がって、風が止むのが分かる。

周囲の自然に発されていた音が遠のいていく。

休憩中に軍の前方からカインがやってきた。

彼は最前線にて進路決定や行軍速度を担っている。


「報告事項がある」


カインがアルトとユウの二人へ声をかける。


「なにかあったかい」


カインは軽く息を整えてから言葉を続ける。


「水の消費が想定より早い、日差しが強いことが影響していそうだ」


アルトは前方を見た。

カインに言われたように確かに日差しは強い。

木陰に入っても熱が残っている。


「水分は足りるかい」


カインは一度計算するように視線を落とす。


「今のペースなら問題はない。ただ、休憩なしだと厳しい」


アルトはその提案に頷く。


「分かった、休憩間隔を維持しよう」


カインは軽く頷いた。


「そうして貰えると助かる、水を多めに持たせて正解だったな」


その言葉に、ユウが反応する。


「補給は余るくらいが理想的だからな」


短く言い切った、その言葉にアルトは少しだけ感心した。

ユウは準備期間中に物資の量を増やすべきだと提案してきた。

彼が提案してきたのは想定していた量の二倍は合った。

補給担当の学生は根をあげていたがなんとかその量を確保してくれた。

自分と同じくらいの年齢だろうに、この男はどこまで先を見据えているだろうと感心する。


軍は黙々と道を進んでいった。

時間が進むにつれて、隊列は安定していく。

最初の緊張は薄れてきたようで、呼吸も落ち着いている。


士官学生たちの動きも少し柔らかくなっていた。

休憩を増やした効果が出ているようだ。

アルトはその変化を見ていた。


「……悪くない」


小さく呟いた。

その声を拾うようにユウが横から声をかける。


「最初から飛ばす必要はない。戦場はまだ長い」


その言葉にアルトは頷いた。

気付けば太陽が最も高い位置に近づく頃となっていた。

隊列は開けた丘陵地帯に入っていた。

風が通って空気が少し乾いていることが感じられる。

アルトのもとへ再び前線の伝達係が近づいてくる。


「報告します!ここから先、遮蔽物が減ります。」


「進行速度は上がりますが、疲労も出やすそうです」


アルトは手に持っている地図を広げた。

地図では詳細な地形が分からないことから周辺の地形を見る。

報告にあるように確かに視界が広けてくる。


「警戒は?」


「問題ありません」


伝達兵は報告する。


「今のところ敵影は見えません」


ユウは少しだけ空を見上げて、小さな声で呟いた。

何かを気にしているような様子だ。


「順調すぎる⋯」


アルトはその言葉に視線を向けて質問する。


「悪いことなのかい?」


ユウは首を振った、決して悪いことでは無い。

しかし、あまりにも静かすぎることを示唆している。


「静かすぎるのも不気味なもんだ⋯」


アルトはその言葉の意味を理解した。


「油断するな、ということだね」


「それでいい」


短い会話だった。

それでもその言葉が持つ意味は重い。

彼らの命はアルトにかかっているのだから。


さらに部隊は進んでいく。

日が傾き始め、影が長くなる。

風の温度が変わっていくことがわかる。

前方には右手を大きく上げているものがいた。

その姿を確認した後にアルトは周囲へと手を上げて指示を出す。


「休憩しよう」


短い号令だったが、兵たちは素早く動いた。

水を取り出す者、座り込む者。

静かに息を整える時間が生まれる。

再び前方からカインが近づいてきた。


「今のところ問題はなさそうだ。ただし、、夕方からは見通しが悪くなりそうだ」


アルトはその報告に頷く。

持っている地図の罰印が書いてある位置を示しながら伝える。


「予定した野営地点へ向かう。今日はそこで一泊しよう」


やがて日が落ちていく。

空は橙色から紫色へと変わっていき、そして暗くなる。

気付けば軍部隊の足が止まっていた、予定地点だ。

テントを立てて、野営の準備が始まられていた。


火を起こして、調理を行う者や資材を組み立てて簡易的な屋根も作っている者がいる。

一通り作業が終わった後に皆へと食事が配られる。


アルトは火の近くに立っていた。

ユウの隣へやって来て、お盆に配膳された食事を手渡す。

食事は塩漬けしてある肉、行軍前に作られた硬そうなパン、汁物として豆を煮た味の薄いスープとなっていた。

豪華とはいえない食事、食欲をそそる香りもしない。

それでも腹は満たすことができる。

食事を見ながらユウはアルトへ伝える。


「今日は控えめな食事にしてもらったはずだ」


食事を見ながら言った、その発言にアルトは質問をする。


「明日のためかい」


ユウはその質問に回答する。


「いや、三日後のためだ」


ユウは言葉を続ける。


「襲撃前の夜は少し豪華にしてもらう。その方が全員やる気が出るだろ」


火の周りで、学生たちの一部が小さくざわついている。

聞き耳をたてると食事内容に指摘があるようだ。


「今日はこれだけか……」


「少し物足りないな」


そんな声が聞こえる。

アルトはそれを聞いて少し不安になる。


「不満が出ているようだけど」


アルトは隣にいる人物だけに聞こえるように小さく言う。

ユウは目の前で燃えている火を見ながら答える。


「問題ないさ。不満が出るくらいが丁度いいんだよ」


アルトは眉をひそめた。

不平や不満はなるべく減らしておき、問題が少ない状況で戦闘することが理想的なのが一般的なはずだ。


「どういうことだい?」


最前線の役割を終えたカインが横から会話へ入ってくる。


「問題がなさすぎると逆に不気味だろ。普通に考えている証拠です」


ユウは頷く、カインの発言に同意するように。


「大切なのは今回の目的を達成することだろ」


アルトは少しだけ納得した。

目の前の火は揺れている。

夜は静かに深くなっていった。

兵たちはそれぞれの場所で休息を取る。

見張りだけが、静かに立っている。

アルトが空を見上げると、星が少しずつ見え始める。


「まだ一日目か⋯」


ぽつりと呟く。

何気ない言葉だが、アルトも緊張していることが分かる。

その言葉を聞いて何かを感じたユウはこう答えた。


「まだ何も始まっちゃいない」


その言葉は静かだった。

だが確かに重い、火は揺れ続ける。


彼らの歩みは始まったばかり。

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