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――屋敷の夜は、ひどく静かだった。


昼間は人の出入りで絶えず揺れるこの場所。

夜になれば別の表情を見せる。

廊下に並ぶ燭台は数が絞られ、灯りは最低限。

淡く揺れる光が、床と壁に長い影を落としている。


その影は濃く、深い。

まるで意図的に何かを隠しているかのように、奥へ奥へと沈んでいた。


その影の一角に、エリナは立っている。

壁にもたれかかるでもなく、ただ静かに。

呼吸は浅く、気配はほとんどない。


そこに「いる」と認識される。

それすら拒んでいるような立ち方だった。


(……通るはずです)


ユウの行動には無駄がない。

故に行動を予測しやすい。

書庫から戻るなら、この回廊を通る可能性が高い。

だからここにいる。

偶然を装うには、都合がいい。


(監視⋯)


その言葉が、頭の奥に残っている。

セリオスの声。感情の乗らない、乾いた命令。


――イレギュラーは排除しろ

――障害になるなら、削除して構わない


あまりにも明確な指示。

迷う余地など本来はない、合ってはならないのだ。

それなのに。


(……まだ)


思考が、そこで止まる。

理由は分かっている。

だが、それを言葉にすることはしない。


認めた瞬間、何かが変わる気がした。

小さく息を吐く、音は出ない。

だが、胸の奥の重さだけがわずかに動いた。


そのとき、足音が聞こえた。

一定の間隔だが、隙がない。

無駄な力みがないのだろうか動きが滑らかだ。

それでいて完全に気配を消してはいない。


(……来ましたか)


エリナはゆっくりと視線を上げて、そこから動かない。

あくまで、最初からいたように振る舞う。

やがて、ユウの姿が灯りの中に入る。

一歩、また一歩と進み、足が止まった。


「……ん」


わずかに首を傾ける。

視線が、影の中を捉える。


「エリナ?」


その声には、ほんの少しだけ驚きが混じっていた。

エリナはそこで初めて、わずかに顔を向ける。

夜に映るその表情は日中より魅力的に感じる。


「……こんな時間に、どうされたんですか」


声は静かで整っている。いつも通りの調子。

ユウは一瞬だけ目を細めたあと、肩をすくめた。


「そっちこそ」


軽い返し、疑いはない。

探る様子もなく自然な会話の流れ。

エリナはほんのわずかに間を置いた。


「……少し、考え事を」


視線は正面のまま。

嘘ではないが、それだけでもない。

ユウはそれ以上聞かない。

そのまま歩み寄り、エリナの隣に立つ。

距離が近いが不自然ではない。

壁際に並んで、同じ方向を見る。


揺れる灯り。静まり返った廊下。

遠くからかすかに聞こえる夜の音。

そのすべてが、ゆっくりと流れている。


「静かだな」


ユウがぽつりと言う、独り言のような声だった。

それに対してエリナは小さく同意するようために頷く。


「……ええ」


短い言葉だが、そこに余計なものはない。

しばらく、沈黙が続くが気まずいものではない。

むしろ、落ち着いており心地よさを感じる。


「準備は順調ですか?」


最近の状況を理解しているのかエリナが先に口を開いた。

踏み込みすぎておらず適切な距離感で確認する。


「まあまあだな」


ユウは身体を楽にするために、壁に軽く背を預けた。

顔は女性の方を向いている。


「そっちは」


「いつも通りです。」


即答だった。これが本当に事実なのだろう。

迷いも揺らぎもない。再び静けさが戻る。

だが、今度はほんの少しだけ空気が重い。

エリナはわずかに視線を落とした。


「こういう時って、何か起きる気がしませんか」


その声には、ほんのわずかな硬さがあった。

ユウはすぐには答えなかった。

一度だけ天井を見上げた、灯りの揺れが視界に入る。

それから、ゆっくりと息を吐いた。


「……分かる」


短く言った、一瞬互いの視線が合う。

エリナは思わず目を逸らしてしまった。

胸の奥がわずかにざわついているが言葉を続ける。


「今回の戦い……」


言葉を選んで間を置く、現場に携わる人間への質問。


「勝てると思いますか」


その問いは、静かだが確かに重みがあった。

ユウはすぐには答えない。やがて沈黙が落ちる。

その数秒が、やけに長く感じられる。


「……普通にやればな」


「普通に、ですか」


「相手が普通じゃない。ただの山賊じゃないからな」


エリナその返答にわずかではあるが頷いた。

確信に近い感覚だが、この人はきちんと見えている。


「それでも、負ける理由はないでしょう」


強気な発言、それは目の前の男を信頼している証拠。

その様子をを見たユウはほんの少し笑顔を浮かべる。


「強気だな、こりゃ参った」


「事実です」


目を閉じて笑みを浮かべて短く返答する。

その言葉に明確な意志があった。

ユウは時間がゆっくりと流れているように感じた。


「エリナ」


ユウが目の前の女性を呼ぶ。

名前を呼ばれたので咄嗟に短い言葉で返答した。

その後にユウから続けて質問される。


「ちゃんと休んでるか?」


唐突な問いだった、僅かだが表情が緩んでいた可能性がある。

その時にエリナの思考は一瞬だけだが止まった。

ほんのわずか。


「……問題ありません」


返答は崩さなかった。


だが――


「顔に出てるぞ」


ユウがあっさりと言った、思わずエリナは視線を逸らした。


(……見抜かれていた)


「……そうですか」


否定はしない。否、できない。

ユウはそれ以上踏み込まないし、エリナも踏み込めない。


「まあいい⋯⋯、無理はするなよ。」


そう軽く伝えた。

その距離感が今は逆に心地良いのかもしれない。

やがて、ユウは持たれていた壁から離れた。


「じゃあな」


軽く右手を振って伝えた。


「……はい」


小さく返して足音が遠ざかる。

やがて消えていき、その場に静寂が戻る。

エリナはその場に立ったままとなっていた。

思考をゆっくりと形にする。


(ユウはやはり⋯危険です⋯)


それは間違いない。

判断も、行動も、すべてが測れない。


(ですが――)


言葉が続かない。

ただし、自分の胸の奥に説明のつかないものが残る。


「……」


小さく息を吐く。


(……まだ)


結論は先送りにしても問題ないはずだ。

それが正しいかどうかは分からない。


「……もう少し、様子を見ます」


誰にも聞こえない声で、そう呟く。

それが今の自分が選んだ答えだった。


――同夜、別の部屋。


セリオスは一人、椅子に腰掛けていた。

灯りは一つだけで部屋の半分は影に沈んでいる。

机の上には資料が広げられているが、視線はそこにはない。

指先で机を軽く叩く、それは一定のリズム。

思考を整理するための癖。


「……どうだろうな」


ぽつりと呟いた、あの男の存在が頭から離れない。

動き、判断、視線、どれもが、枠に収まらない。


「困るね、制御できないものは⋯」


少し笑う、それと同時に。


「使える」


それもまた事実、グラスを手に取り中の液体を揺らす。


「問題は――どこまでかな」


液体を口元へと運ぶ。冷たい感触が喉を通る。

使える範囲と切るべき境界。

それを見誤れば、崩れるのは自分たちだ。


「エリナは……」


一瞬、思考が止まったがすぐに切り替える。

信頼ではない、適性の判断を下す。

静かにグラスを置く。


「最悪は切る⋯」


その選択肢は最初からあった。

迷いはない、必要か不要かそれだけだ。

明かりにつかっている炎が揺れる。

影が歪むが、セリオスの視線は揺れない。


戦は――


すでに始まっている。


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