初戦
「そこまでだ!」
鋭い声が、森に響いた。
木々の間を縫うようにして、一団が飛び込んでくる。
青年は反射的に身を低くし、その動きを目で追った。
現れたのは十数人ほどの若者たち。
年齢は高く見積もっても十代後半。
だが、その装備は統一されている。
皆が身に着けているのは綺麗に整っている革鎧に金属の補強。
手に持っているのは手入れが十分と思われる剣、槍、盾。
1つ1つの所作はぎこちないが、無駄を減らすように努める。
(……訓練されてる)
一方で、襲っていた側は二十人前後。
年齢構成もバラバラで粗末な衣服に、刃こぼれしている剣や槍。
統一性はなく、ただ数と力だけで押している集団に見える。
(数は向こうが多い……五人くらいの差がある)
青年は瞬時に状況を整理する。
(でも、練度は若い奴らのほうが上⋯)
若者たちは自然と二列に分かれる。
前に出る者、後ろで支える者。
互いの死角を補い合う動き。
−刹那
金属がぶつかる音。
重量を感じる音が鳴る。
肉を打つ鈍い衝撃。
踏み荒らされている土の匂いに、血の鉄臭さが混じる。
(このままなら……)
そう判断しかけた、そのとき。
「下がれッ!」
山賊の一人が叫ぶ。
その声に、焦りが混じっていた。
青年は視線を走らせる。
後方に、一人の男。
武器は持っていない。
代わりに、両手を前に突き出している。
(……なんだ?)
男が何かを叫んだ。
何を言っているのか遠くて聞き取れない。
だが――
空気が変わる。
熱が、一点に集まる。
肌が焼けそうな感覚。
次の瞬間。
――火が、生まれた。
何もない空間から、突然に。
赤く揺らめく塊が弾けるように現れ、一直線に放たれる。
放たれた塊は騎士たちの方へ真っ直ぐと拳銃から放たれる弾速のように向かっていく。
「なっ……!?」
若者たちの動きが止まる。
塊−
いや、炎が一人に直撃する。
身体が弾き飛び、後方の地面へと転がっていく。
周囲には鼻を刺す焼け焦げた匂いが蔓延する。
「フレッジ!?」
「聞いてないぞ……!」
「魔道士がいるのかッ!」
明らかな動揺。
隊列が乱れる。
(……遠距離攻撃)
ユウの思考は止まらない。
(発動までに“間”があった)
火を放つ直前、男の動きは止まっていた。
一瞬の隙。
(でも、誰も見てない)
再び炎が放たれる。
今度は別の方向からも飛んでくる。
「まだいるのか……!」
(複数……)
前線が押され始める。
想定外な事態が若者たちの勢いを崩している。
さらに。
(密集しすぎてる)
あの炎が範囲を持っているなら――まとめて焼かれる。
(……崩れる)
そう判断した瞬間。
青年はとっさに声を張り上げていた。
「横から行け!撃つときに止まってるぞッ!」
戦場に、不自然な声が割り込む。
一瞬の空白。
その場の全てのベクトルが青年を向く。
だが――
山賊側の反応が早かった。
「……あいつ!」
炎を放ったであろう、後方の男がとっさに声を出した青年を指差す。
「指示出してるぞ! あの小僧だ!」
「先に潰せ!」
三人が進路を変え、ユウへと突っ込む。
土を蹴る音。距離を一気に縮めようとする。
周囲を気にせずに最短距離で青年のところへ向かおうとする。
(来るっ)
青年は冷静に測る。
距離はあるが逃げ切れる状況ではない。
自分には武器もなく、対応できる術もない。
――つまり
対処不可。
(詰み――)
そう判断した瞬間。
「訓練を思い出せッ!」
鋭い声が飛ぶ。
先頭に立っている少年だった。
「後方から二人、横から回れッ!」
即断。
「前は下げるな!時間を作れ!」
指示が分解され、全体が動く。
二人が横へ走る。
前線が踏みとどまる。
「訓練を思い出せッ!!」
山賊の注意が分散する。
その一瞬。
ユウへ向かっていた三人のうち、一人の視線が逸れる。
その隙を――
「――余所見をするな」
低く、短い声。
少年が踏み込む。
剣が閃く。
一人の喉が裂け、赤い液体が噴き出す。
男が崩れ落ちる。
残っている二人はわずかだが動揺する。
だが遅い。
横から回り込んだ二人が背後に到達する。
「挟め!」
同時に振り下ろされる刃。
一人が倒れ、もう一人も逃げ場を失う。
短い悲鳴とともに、沈む。
青年は短く息を吐く。
(……速い)
判断と実行が一致している。
その間にも。
山賊の後方では再び熱が集まる。
火が放たれようとしていた。
だが。
「遅い!」
横から突っ込んだ一人が、詠唱中の男を斬り伏せる。
火は発動する前に霧散する。
一人、また一人。
魔法を使う者が倒れ、火が止まる。
その場の空気が変わる。
「押し込めッ!」
少年の声が響く。
統制された動き。
崩れた山賊は、もはや抵抗できない。
数分後。
戦いは終わった。
静寂が戻る。
森は何事もなかったかのように風が揺れている。
だが、空気は重い。
血の匂いが濃く残っている。
地面には、倒れた人影、動かない。
うめく者。焼けた跡。
青年はゆっくりと息を吐いた。
(……戦闘)
ゲームと違う。
画面越しと違う。
その場には匂いがある。音がある。温度がある。
そして−恐怖がある。
だが、それ以上に思考が回っている。
誰がどこで崩れたか。
何が原因だったか。
無意識に分析していた自分がいる。
平穏とは違う。だが、なぜか冷静に対応している自分がいる。
それが、少しだけ気持ち悪い。
「……大丈夫か?」
声がかかる。
顔を上げると先ほど先頭で指示をしていた少年が立っている。
戦闘中と変わらない、真っ直ぐな視線。
青年はすぐさま頷く。
「……問題ない」
少年は小さく息を吐き。
「そうか」
少しだけ視線を外しながら、罰が悪そうな表情をしている。
「助かった。さっきのがなければ崩れていた」
率直な言葉。青年は短く返す。
「……そうか」
一瞬の沈黙。
周囲では負傷者の手当てが始まっている。
誰かが水を運び、誰かが傷を押さえる。
その光景を横目に、青年は口を開いた。
「……あの炎は、なんだったんだ?」
少年は一瞬だけ不思議そうな顔をする。
青年に対して驚いた表情を浮かべる。
「……魔法だろ」
当然のように言う。その言葉が、重く落ちる。
聞いたことはあるが、生活するうえでは聞くことがない言葉。
空想の世界でしか表現されていないワード。
「……魔法」
青年は繰り返す。
「……初めて見た」
少年は眉をひそめる。
懐疑的な表情。そんなことを言うヤツがいるのかという顔。
この世界では至極あたりまえの現象。
「初めて?」
「君、どこで暮らしてたんだい?」
とっさに聞いてしまう。
「……日本」
少年は首をかしげる。
聞いたことがない言葉。
「にほん……?」
発音も聞き方も青年が想定している話し方とは違うイントネーション。
青年は続けて質問をする。
「……ここは、どこだ?」
少年は少しだけ間を置いて答えた。
「レイヴァルト王国の東部だ」
知らない名。
知らない場所。
「……王国」
理解しようとするが頭が追いつかない。
脳の中の記憶を張り巡らせるも、小さな頃に学んだ地名にもそんな名はない。
つまり、
――ここは、自分の知っている世界ではない。
少年は右胸の前に拳を突き立てる。
忘れていたと言わんばかりに青年に自らの名を名乗る。
「僕はアルト」
−続けて
「アルト・フォン・レイヴァルト」
青年も自身を伝えるように短く返す。
「……ユウ、キサラギ ユウだ。」
アルトはユウを見る。
その視線には興味と警戒が混じっている。
アルトは質問する。
「君はなぜここに?」
ユウは空を見上げる。
青い空。
見知らぬ世界。
「……分からない」
アルトは腕を組みながら一人で納得したように頷く。
「なら、僕たちと来るといい」
周囲を見渡しながらこう続ける。
「ここに長くいるのは危ない。残党が戻るかもしれない」
そして少しだけ声を和らげる。
「街に戻れば落ち着くことができるよ」
そこから一拍置いて。
「……君のことも、ちゃんと聞きたい」
ユウは少しだけ考える。
だが、行く当てなどない。
自分の置かれている状況を冷静に判断する。
幸い、アルトを含めた若者達には敵意はなさそうだ。
で、あれば答えは1つ。
「……分かった」
そう短く答えた。
返答を受けたアルトは首を頷く。
「よし。行こう。」
しばらくして−
その場の整理が完了したのか全員が動き出す。
山賊達の死傷者は全部で七人。それらすべては土の中に埋められた。
一方、騎士達の死傷者は一人。
負傷者は三人と被害は軽かったようだ。
襲われていたのは食料を積んだ商隊で乗り込んでいた六人中五人が死亡して、ほぼ壊滅。
積み荷を載せていたのは馬車だが、牽引していた馬は山賊の襲撃で逃げ出した。
荷台は動かせることから、必要最低限の荷物を運びながら街へ向かうことが決まった。
向かうのは街といっていたがどんな場所か想像がつかない。
この世界では自分の理解が追いつかない。
ユウは自身がいた一度だけ振り返る。
焼けた地面。
すぐには消えない血の匂い。
(……戦場、か)
そして前を向く。
(……魔法)
理解できない力。
だが、確かに存在する現実。
――それだけは、はっきりしていた。




