目覚め
−深夜。
パソコンの前で一人。
ゲームをしていた。
ありふれたシュミレーションゲーム。
陣営を選択して、王、指揮官、兵卒と⋯
任意の身分を選択して国の統一を目指すゲーム。
青年の視界は少しずつ落ちている。
何も見えないわけではない。
だが、焦点が合わず、全てがぼやける。
画面の光からは、断片的な映像がちらつく。
モニターに映し出しているのは⋯
戦場全体のマップ。そこに小さく配置されているユニット。
そしてユニット毎の数値、資源、配置、進行ルート。
「……そこは、詰むだろ」
掠れた声が、自分のものと気づくのには少し時間がかかった。
戦場の中央では敵と味方が激しい戦闘を繰り広げている。
どちらも同じくらいの損害が出ている。
一見すると互角の状況。
別の方向では右翼に布陣する自軍を一気に進軍させる。
敵軍の左翼は後退していく。
無謀と知りつつ、さらに突撃させる。
敵陣営後方の守りは堅い。
突破できずに苦境に立たされる自軍。
戦場中央では一進一退の攻防が続いている。
戦場後方にいた敵のユニットが前線の敵軍へと向かっている。
状況から鑑みるに前線の部隊を支援するためと思われる。
⋯だが、その敵部隊は突如として敵軍を攻撃し始めた。
突然の事態に驚く。
モニター越しでもわかる敵兵の混乱。
予期せぬ出来事に戸惑い、崩壊する敵の前線。
その流れを保ったまま、一気に全部隊で突撃を開始する。
雌雄は決した。
「⋯高い金を払って、正解だったな。」
画面の中央には『戦闘に勝利』と示される。
戦場から全体の地形が把握できる画面へ変わる。
どこかの地図のようだ。
最後の一つの地点だけが赤くなっている。
いま、その地点が青く変わった。
おそらく、全ての領地が青色に制圧されたようだ。
「ようやく、終わった。」
発売から1週間経過して、ようやくクリアした。
大学の同級生には病気だと偽っていた。
これでようやく明日からは平穏な日々に戻れる。
そう思っていると、モニターにウィンドウが現れた。
そこには『王国を喰らってみませんか?』と表示されていた。
選択肢はYES or NOと表示されている。
面白そうだと青年は感心する。
YESの文字上へとマウスカーソルを動かす。
そのまま、操作を続けようとした――はずだった。
だが。
画面が揺れた。
視界が暗くなる。
胸が、締めつけられる。
「っ……」
息が、吸えない。
肺が動かない。
何かに押し潰されているような圧迫感だけが強くなる。
単純に体全体を動かすことも苦しい。
ただそれだけが、強烈に残り⋯
−目の前が真っ暗になった。
次に目を開けると、青い空が見えた。
枝葉の隙間から、細く差し込んでいる光。
風が葉を揺らし、ざわざわと音を立てている。
「は……っ」
反射的に身体を起こした。
一気に空気が肺へ流れ込み、むせる。
何度か咳き込んで、ようやく呼吸が整った。
地面に手をつく。
湿った土の感触が、はっきりと伝わる。
手には触った土が手に残る感覚。
土自体は冷たい。
つまり、現実。
だけど、違和感。
「……どこだよ」
声に出してみる。
返ってくるのは、風の音。
周囲を把握するために首を振る。
木々の群れ。土にまみれた地面。
言わば森。だが、見覚えのない場所。
どこまでも続いている緑と茶。
人工物は何一つない。
「……意味が分からん」
記憶を探る。部屋にいた。夜だった。
画面を見ていた。盤面を俯瞰していた。
敵の動きに対して、どこで切り返すか考えていた。
敵軍に離間の計を仕掛けていたのが見事に嵌った。
相手の布陣を間延びさせたことが有効打だった。
右翼の部隊は半壊したが、必要不可欠な犠牲。
そこから先にクリア画面が出た。
その直後に謎の画面。
そして、そこから記憶が完全に途切れる。
ただ一つ。
息が詰まる感覚だけが、妙に生々しい。
身体は覚えている。
「……なんだよ、これ」
眉をしかめる。幾ら考えても答えは出ない。
というよりも出るわけがないというのが正解。
とりあえず、何が起きたのかを把握するのが先決。
幸いにも身体は動く。
ならばと、重い身体を立ち上がる。
そのとき、違和感に気づく。
服だ。自分が身につけているもの。
見慣れたものではない。
粗い布で作られた上着に、簡素なズボン。
靴も、革を無理やり縫い合わせたような作り。
「……なんだよこの服」
思わず呟いてしまう。
だが、夢にしては質感がリアルすぎる。
夢と思えない。
――さらに。
身体の感覚が、微妙にズレる。
両方の手のひら、両方の足の指先。
神経を張り巡らせる。
動く。問題なく動いてはいる。
だが、動作と認識の間が、ほんのわずかに遅れる。
息を吸う。
深く大きく吸う。
肺の中に入る空気が、どこか馴染まない。
知っているようで、知らない感覚。
身体全身に巡る違和感。
――まるで、身体と自分が一致していない。
そんなことはあるわけはないのだが。
体験したことがない、不思議な感覚。
「……気持ち悪い」
小さく吐き出す。
立ち止まっても、仕方ない。
「……とりあえず、どこかを探すか。」
それだけを決めた。
悩んでも答えはないので歩き出す。
森の中は単調だった。
同じ景色が続いている。
いや、そのように見えている。
そのせいか時間の感覚が曖昧になる。
どれくらい歩いたのだろう。
それほど長く歩いてはいない気がする。
だけど、以外と下半身からは疲れを感じる。
やがて、水音が聞こえる。
川と呼ぶべきなのか判断に迷う。
そのくらいの大きさしかない小さな川。
透明で透き通る水が、石の間を流れている。
水を見ていると喉の渇きを感じる。
そういえば、喉がカラカラだ。
綺麗な水源なのかは分からないが、そんな事はどうでもよい。
これが現実なのか分からないのだから。
だが、喉が渇いているという事実はある。
なんでも良いから口に含みたい。
しゃがみ込んで、水を手にすくう。
その水を口へと運ぶ。
はっきりとわかることが一つだけある。
水は冷たい。
それだけで生きているという感覚が戻る。
「……助かった」
そのまま、ふと水面を見る。
揺れる水面に、自分の顔が映っていた。
「……」
見慣れた顔だ。
少なくとも、記憶と一致する。
いつもと何も変わらぬ表情。
別人ではない。
だが、こころなしか疲れている。
ゲームをしすぎたのだろうか。
目の下が少しだけ青黒くなっている。
目元にクマができている。
「……はあ?」
思わず声が漏れる。
服は違う。場所も分からない。
だが、自分は自分のまま。
「……どういう状況なんだ、これ」
理解が追いつかない。
そのとき。
風に乗って、別の匂いが届く。
焦げたような匂い。
ただ、食欲をそそる香りではない。
鉄のような匂いと木材が燻されている匂い。
「……煙?」
顔を上げる。
遠くに、細く立ち上る煙が見えた。
人がいるということか。
一瞬だけ迷う。
だが、このまま森にいるよりはマシだ。
そう無理やり自分に思い込ませる。
立ち上がって、その方向へと進んでいく。
近づくにつれて、音が混じる。
よく聞くとそれは⋯
−怒声。
−何かがぶつかる音。
そして、悲鳴。
足を止める。
嫌な予感がした。
木陰に身を寄せて、そっと様子をうかがう。
開けた場所で、人々が争っている。
馬車が止められている。
荷が散乱している。
袋が破れて、中身が地面にこぼれていた。
地面には飛び散ったガラス片やその中に入っていたであろう、赤い液体。また、干し肉や粉末も散乱している。
場所の荷を数人の男たちが持ち運んでいる。
男たちの服装は統一感がなくみすぼらしい格好。
彼らが手にしているのは刃物や棍棒のようなもの。
それに対して、荷を守ろうとしている側は数が少ない。
さらに地面へ赤い血を垂らしながら倒れ込んでいる人もいる。
おそらく荷物をもっていた部隊が襲われたのであろう。
「血⋯⋯?」
自然と認識した自分に戸惑う。
一瞬だけだが、身体がすくむ。
初めてみたが思いの外、違和感はない。
思いの外、冷静に状況が見れている。
再度、状況を整理する。
一方は奪われるもの。
一方は奪われているもの。
直感でわかることは好ましくない状況。
冷静な頭で思考を巡らせる。
導き出された答えはーー
「……強盗?」
思わず、小さく呟いた。
それが一番しっくりくる。
そうとしか思えない。
そのとき。
空気が変わった。
一人の男が、手を前に突き出している。
何かを叫んでいる。
言葉は分からない。
だが。
次の瞬間。
「……っ!?」
目の前で、突然。
ー光が弾けた。
光?いや、違う。
赤くて熱いもの。
人類が原初から活用している。
そう。あれはー。
ー炎。
何もない空間から、いきなり炎が生まれた。
それが一直線に飛んでいき、馬車を守っている人間に直撃。
木陰から前のめりになって見てしまった。
弱者の悲鳴が上がる。
焼ける匂いが広がる。
「……は?」
理解が追いつかない。
火種も、装置も見えない。
ただ、手をかざしただけ。
そんなことが、あり得るのか。
思考が止まる。
その瞬間。
「あそこにもいるぞッ!」
鋭い声が飛ぶ。
いくつかの視線がこちらを向く。
お互いの目が合う。
「ガキがいるッ!」
「逃がすなッ!」
数人がこちらへ走ってくる。
心臓が強く跳ねる。
直感でわかる。
好ましく状況。
だが、頭の中は冷静だった。
(武器なし、数で負けてる、逃げ場なし)
状況を整理する。
助かる確率は低い。
ーそれでも。
(少しでもマシな案を思考する。)
考える。
ーそのとき。
「そこまでだ!」
鋭い声が、場を切り裂いた。
新たな集団が飛び込んでくる。
統一されている装備。
無駄がない動き。
先ほどの連中とは、明らかに違う小綺麗な服装。
「ちっ、騎士かッ!」
状況が変わる。
その場の流れが、一気に塗り替わる。
その光景を見ながら、ゆっくりと息を吐いた。
理解できないことばかり。
ここがどこなのか。
さっきの現象が何なのか。
自分がなぜここにいるのか。
何一つ分からない。
だが、一つだけははっきりしていることがある。
確信を持っている。
――ここは、自分の知っている世界ではない。




