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奇襲


燃え盛っていた炎は、徐々にその勢いを失っていった。


「水魔法が使えるものは、前へ!」


隊の一角から、号令が飛ぶ。

数名の者が前へ出ると、詠唱とともに空気が震えた。


次の瞬間――


上空に水が生まれた。


それは塊となって落下し、燃え上がる家屋へと叩きつけられる。

音を立てて蒸気が上がる。

一度では足りない。

二度、三度と繰り返される。

ようやく炎は勢いを失った。

完全な鎮火とまではいかないが延焼は止まった。

村に、再び静けさが戻る。


――だが、それは先ほどまでとは違う静けさだった。


戦いの後の重い沈黙。

焦げた匂いと血の匂いが混ざる。

アルトは剣を収め、ゆっくりと周囲を見渡した。


「……状況確認だ」


その一言で、隊員たちが動き出す。

負傷者の手当て。 周囲の警戒。 死体の確認。

それぞれが、慣れた動きで役割を果たしていく。

ユウはその様子を、少し離れた位置から見ていた。


(……手際がいいな)


日頃から十分な訓練を積んでいるのだろう。

後処理時には十分な落ち着きがあった。

やがて、報告者が集まる。

カインがアルトの前に立った。


「味方の被害を報告する」


短く区切ってから、続ける。


「戦死――二名」


一瞬の間。


「負傷者、七名。うち三名は軽傷、四名は行動困難」


アルトは目を伏せることなく、静かに聞いている。


「戦死者の名は」


「ロラン・ヴェイク⋯それと、ミハイル・ドレイク」


その名が、空気に落ちる。

誰も声を上げない。

だが、確かに重みはあった。

アルトは小さく頷く。


「……記録しておこう」


「はっ」


カインは続ける。


「敵の損害。確認できた死傷者は三名」


「それ以外は逃走。負傷者の数は不明」


つまり――


完全な勝利ではない。


「……引いたか」


アルトが呟く。

カインは首を横に振る。


「逃げた、というより――退いた、だな」


意図的な撤退。

その言葉に、ユウがわずかに反応する。


(……やっぱりな)


そのとき。

負傷者の手当てをしていた隊員が声を上げる。


「止血は完了!だが、この状態での行軍は厳しい!」


現実的な問題だった。

ここで無理をすれば、さらに損害が出る。

アルトは視線を巡らせる。

そして、全体に向けて口を開く。


「……ここで一度、体勢を立て直す」


その言葉に、何人かが安堵の表情を浮かべた。


「休憩を取り、負傷者の回復を優先――」


言葉を続けようとしたその時だった。

声が割り込む。


「――待ってくれ」


ユウだった。

その場の視線が、一斉に集まる。

アルトもまた、視線を向けた。


「なんだい」


その返答は焦りもあるのか、いつもよりも厳しい口調。

物怖じせずにユウは一歩前へと出る。


「今、攻めるべきだ」


静かな声だった。

だが、その一言で空気が変わる。


「……なに?」


誰かが思わず漏らす。

カインも、わずかに眉を動かす。

周りなど気にせずにユウは自分の見解を続ける。


「敵は退いた。でも、それは“整って”退いたわけじゃない」


「むしろ逆だ⋯。今、山賊達は“勝ったつもり”でいる」


アルトは黙って聞いている。

他のものも何も意見を言わない。

誰もがユウの言葉を遮らない。


「火計と奇襲で、俺たちは確かに削られた」


「だが、壊れてはいない。それをあいつらがどう見るか」


一拍。

一時の間。


「“十分に削った”と判断するはず」


カインが腕を組む。

考え込んでいる状態にて発言者へ聞き返す。


「……つまり?」


ユウは視線を森の方へ向ける。


「やつらは気が緩んでいる。追撃を警戒しない」


「浮かれているから統制も一時的に崩れている」


そこまで言ってアルトを見た。


「今が、一番無防備な時間だ」


場がざわつく。

だが、すぐに反論も出る。

従軍した騎士見習いの一人。

その男は腰の部分にかけて包帯が巻かれていた。

ただし、歩いて発言できるということは軽症なのだろう。


「無茶だ!」


一人の隊員が声を上げる。


「こっちも消耗してる!この状態で突っ込んだ――」


「分かってる」


ユウは即座に返す。

声を荒げるわけでもなく、ただ断ち切るように。


「だからこそ、今なんだ」


全員の視線を受けながら、続ける。


「疲れてるのは、向こうも同じだ」


「違うのは“意識”だ」


「こっちは警戒してる。向こうは緩んでる」


その差は大きい。

ユウは一歩、踏み込む。


「休めば、確かに安全だ。でも、その間に敵も立て直す」


「拠点を固める。罠を張る。戦力を再配置する」


「そうなったら――今よりきつい」


誰も、すぐには否定できない。

論としては通っている。


だが――


「それでも、今攻めるのは危険すぎる」


別の声。

今度は背中に盾と剣を携えている騎士。

刃物でなぞられたような切傷がある。

現場の感覚としては、当然の意見だった。

ユウは小さく息を吐く。

そして、静かに言った。


「戦いってのはな」


「万全でやるもんじゃない」


一瞬の間。


「“崩れてる側”に、もう一押し入れて終わらせるもんだ」


その言葉は、冷静だった。

感情ではなく、経験則のような響き。


「今なら、短時間で決着がつく」


「長引かせる方が、結果的に被害は増える」


アルトは目を閉じる。

指揮官として考える。

今の状況。敵と味方の戦力。戦闘時間によるリスク。


そして――


ユウの言葉。


一秒。いや数秒。

だが、その場にいた全員が長く感じた。

やがて、アルトは目を開ける。


「……カイン」


「なんだ」


「今の敵の状態をどう見る」


カインは短く答える。


「…浮いてる可能性は高い。統制は一時的に落ちてるはずだ」


ユウの見立てを、裏付ける形だった。

アルトは、ゆっくりと頷く。


そして――


「攻めるぞ」


その一言で、すべてが決まった。

空気が張り詰める。


「ただし、全員ではない」


現実的な判断も忘れない。


「負傷者と、手当てが可能な者を残す」


「三名をここに配置。防衛と治療を任せる」


「残りで――拠点を叩く」


誰も異論は出さない。

もう、覚悟は決まっている。

アルトは剣に手をかける。

剣を上空へと突き刺しだ。


「短期決戦だ」


その声は、静かで


――確固たるものだった。


森は、静寂を保っていた。

先ほどまでの戦いが嘘のように、風音と葉擦れが響いている。

その中をカインは一人、低い姿勢で進んでいる。

足音はほとんどない。

視線は地面と周囲を行き来する。


(……まだ新しい)


土に残る痕跡。踏み荒らされた草。複数人の移動。

間違いない。


(当たりだな)


カインは進む速度を落とす。

やがて、木々の隙間から“それ”が見えた。


――廃墟。


石造りの建物。

崩れかけているが、まだ形は残っている。

周囲は簡易的に開けており、視界は確保されている。


(拠点にするには悪くない)


視線を巡らせる。入口付近に、二人。

少数の見張り。


数は――少ない。


(……緩んでるな)


さらに目を凝らす。

建物の外、壁際。袋や木箱が積まれている。

布で覆われているが、中身は想像がつく。


(食料か)


村から運び出したものだろう。


(……完全に“戻って休んでる”状態だ)


警戒はしているが、戦闘態勢ではない。


“勝った側”の空気。


カインはそれ以上踏み込まない。

確認は十分、すぐに踵を返した。


――数分後。


森の奥、部隊の待機地点。


カインが戻ると、アルトが視線を向けた。


「どうだ」


「当たりだ」


即答。


「森の中に廃墟があった。そこを拠点にしているようだ」


周囲の空気が引き締まる。

カインは続ける。


「見張りは入口に二人いたのは確認した」


「あとは建物の外に食料が置かれてた。村から持ってきたんだろう」


ユウが小さく頷く。


「……やっぱり緩んでるな」


カインも同意する。


「完全に一息ついてる状態だ」


アルトは腕を組み、思考を巡らせる。


「配置は?」


「外は薄い。中は不明」


「だが、数はそこまで多くないはずだ」


戦力差は当初の見立てだとこちらが上。

だが、負傷者も踏まえると互角あるいは劣勢かもしれない。

アルトは全体へ視線を向けた。


「……どう攻める」


すぐに意見が出る。


「正面から一気に叩くべきです!」


「いや、危険だ。中の構造が分からない」


「なら大回りして包囲するべきだ」


「逃げ道を塞ぐ形で――」


意見が交錯する。

どれも間違ってはいない。

だが、決定打がない。

そのとき。


「――どれも中途半端だな」


ユウが口を開く。

またも皆の視線が彼に集まる。

ユウは廃墟の方向を見たまま、静かに言った。


「正面突撃は読まれる」


「包囲は時間がかかる。その間に気づかれる」


一時の間。


「だったら、やり方は一つだ」


アルトが促す。


「言ってくれ」


ユウは、わずかに口元を上げた。


「目には目を」


「歯には歯を」


そして。


「火には火を、だ」


その言葉に、数人が反応する。

ユウは続ける。


「外に食料があるって言ったな」


カインが頷く。


「ああ⋯」


「なら、それを燃やす」


一瞬、沈黙。

だが、すぐに意図を理解する者も出てくる。


「……おびき出すのか」


「いや、それだけじゃない」


ユウは首を振る。


「火は“合図”にもなる」


「混乱も生む」


「さらに――」


視線をアルトへ向ける。


「向こうに“自分たちがやられたこと”を思い出させる」


心理戦。

アルトの目がわずかに細まる。

ユウは淡々と続ける。


「部隊を二つに分ける」


「一つは正面」


「もう一つは側面から回り込む」


「火が上がった瞬間、両方で挟み込む」


カインが口を挟む。


「挟撃か」


「ああ」


ユウは頷く。


「さっきの戦闘で分かっただろ」


「個々の力量は、こっちが上だ」


それは事実だった。

自分たちは劣勢の中でも正面から崩れなかった。


つまり――


「混乱してる状態なら、短時間で潰せる」


誰も、すぐには否定しない。

むしろ、納得している。

アルトは静かに息を吐く。


「……リスクは」


ユウは即答する。


「ある。⋯でも、ここで長引かせる方が危険だ」


はっきりと言い切る。

カインが小さく笑う。


「ずいぶん攻めるな」


「勝てる時に勝つだけだ」


ユウの返答は淡々としていた。

アルトは、数秒考えたあとに決断する。


「……その案で行く」


誰も異論は出さない。

作戦は決まった。

あとは実行に移すのみ。


「部隊を二分する」


「カイン、側面を任せる」


「了解」


「正面は俺が行く」


アルトはユウへと視線を向ける。


「ユウは――」


一瞬の間。


「僕と来い」


「分かった」


短い応答。

配置が決まる。

隊が静かに動き出す。

それぞれが持ち場へと散っていく

森の中に、再び静寂が戻る。


だが――


その静けさは、先ほどとは違う。

“仕掛ける側”の静けさ。

ユウは木陰から廃墟を見つめる。

外に積まれた食料が無防備に置かれている。


(……隙だらけだな)


そして、それは同時に――


「開始の合図になる」


隣で、魔法使いが小さく頷く。

詠唱の準備。空気が張り詰める。

アルトが低く言う。


「……行くぞ」


次の瞬間。

小さな火が生まれた。


それは一直線に飛び――


食料へと着弾する。


そして――


炎が広がった。


「なっ!?火だ!!」


「敵襲――!!」


廃墟の中から、慌てた声が上がる。

統制は乱れている。

その瞬間にアルトが剣を抜く。


「――突撃!!」


静寂が破られる。


――こちらが仕掛ける番だった。

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