敵襲
夜明けの光が、まだ村の奥まで届ききらない頃だった。
異変は、唐突に起きた。
背後で、何かが弾けた。
振り返った瞬間、視界の端で炎が立ち上がる。
二軒の家屋が内側から吹き上がるように燃え上がっていた。
風は自分達の背後から前方へと吹き込んでいる。
退路は炎によって塞がれた。
彼らの道を塞ぐように。
「――っ、退路が!」
その声が上がった瞬間だった。
空気を裂く音がなる。
鋭い棒状のものがこちらへ放物線を描いて飛んでくる。
――矢だ。
「伏せろッ!!」
カインの怒声。
次の瞬間、矢が空から降ってくる。
一部が気を抜いていた者達に命中する。
「ぐあっ……!」
「上だ!屋根の上!!」
民家の屋根上。
煙の向こうに、人影が揺れていることが分かる。
弓を構えた数名の山賊たちが、一斉に矢を放っている。
「散開しろ!固まるな!」
だが、混乱はすでに広がっている。
火、 煙、 視界不良、更には矢。
判断が遅れた者から、矢が突き刺さっている。
「くそっ……!」
ユウは地面に身を低く落とし、歯を食いしばる。
(完全に、やられた……)
矢は数秒間、断続的に降り続く。
やがて――
止んだ。
訪れるのは、一瞬の静寂。
不自然な“間”。
頃合いを見図っているような⋯
煙の中から人影が見える。
その影は徐々に大きくなっている。
(……来る)
「前だ!!」
カインの声と同時に、煙の向こうから影が飛び出してくる。
槍を構えている山賊たち。
煙を割って一気に距離を詰めてくる。
「迎撃――」
誰かが叫ぶ。
だが、隊列は乱れている。
統制が崩れている。
このままでは。
――押し切られる。
その瞬間。
「――前へ出ろ!!」
鋭い声が、戦場を裂いた。
アルトだった。
この場で唯一、動揺していない。
冷静に周囲へと伝達している。
「盾持ちは前線形成!!後衛は間隔を空けろ!!」
迷いのない指示から的確な配置。
その言葉を聞いて皆が正気を取り戻す。
「今だ、立て直せ!!」
その一声で――
空気が変わる。
崩れかけていた隊列が、わずかに戻る。
盾を持つ者たちが前へ出る。
金属と金属の高い音が鳴り響く。
その音の中に敵か味方かも分からないが怒号も混ざる。
槍が叩きつけられるが盾で受け止める。
「押し返せッ!!」
アルト自身も前へ出る。
剣を抜いて、最前線へ向かう。
その背中を見た瞬間。
――仲間たちの動きが変わる。
「――うおおおッ!!」
士気が戻る。
混乱が統制へと変わり、なんとか前線は繋がる。
致命的な状況だが致命傷には至っていない。
――それでも
「くっ……数が……!」
「押し切れない!」
槍兵は崩れない。
それどころか、じわじわと圧をかけてくる。
守戦に回ることしかできず反撃を加えることができない。
そして――
槍が引いたかと思った後に矢が放たれる。
暗闇と煙の中から頭上から風切り音がなる。
「……っ!」
ユウは顔を上げる。
屋根の上を注視する。
敵の弓兵はまだ生きている。
(……これが本命か)
前線を押さえつけながら、上から削る。
そして、逃げ場は炎で封鎖。
(完全に、狩りの形だな)
炎と煙で視界を歪ませる。
前方を正確に視認することすら難しい。
ぶつかり合う金属音、 叫び声、 焼ける木材の爆ぜる音。
そんな状況でもなんとか前線は
――保っている。
「押し返せない……!」
誰かの声が漏れてしまう。
崩れてはいないが優勢でもない。
寧ろじわじわと削られている。
その原因は明確だった。
槍部隊の攻撃がやむ。
その直後に再び矢が降ってくる。
「ちっ……!」
盾の隙間を縫うように、的確に撃ち込まれる。
敵は息をつく暇があるのに、こちらにはその猶予がない。
僅かな猶予だが精神が擦り切れてくる。
そんな状況で別の思考を繰り返していた人物がいる。
(……あそこだな)
ユウは煙の向こう、屋根の上を睨む。
あそこが、この戦場の“目”で“核“だ。
(前線は囮。本命は制圧)
冷静に組み立てる。
火で退路を断つ、矢で動きを縛る、槍で削る。
(――ならば、崩す場所は一つ)
ユウは前へ踏み出す。
盾越しに戦っているアルトの背へと声を飛ばした。
「アルト!!」
戦場の中でも、はっきり通る声。
アルトが一瞬だけ振り向く。
「前は保っている。でも、このままじゃジリ貧だッ!」
短く要点だけを伝える。
「上だ!」
ユウは指を上へと向ける。
「弓兵が流れを握ってる!」
アルトの視線が屋根へと向く。
「――あそこを潰すべきだ」
一拍。
戦場の音が、わずかに遠のいた気がした。
ユウは続ける。
「前線は維持できている。だから――」
「少数で裏を取って弓を止めろ」
アルトは黙って聞いている。
一瞬で情報を咀嚼している。
相手の数が正確に分からない状況で別働隊を出す。
それは非常にリスクがある行動。
それでも一部の望みに賭ける。
「……カイン!」
即断だった。
「ああ」
すでに、すぐ横にいた。
「聞いていたな」
「ああ」
短い応答。
アルトはすぐさま続ける。
「弓兵を落とせ」
「任せろ」
一切の迷いはなかった。
カインはすぐに数名へ視線を飛ばす。
「お前ら、来い。五人でいくぞッ!」
指名された隊員たちが即座に反応する。
「煙の薄い裏手から回る。気配を消せ」
「上を取って、一気に潰す」
簡潔な指示。だが一切の無駄がない。
ユウが小さく付け加える。
「合図はいらない。矢が止まれば十分だ」
カインが一瞬だけ口角を上げる。
「分かりやすい」
ユウは思わずそう呟いた。
次の瞬間。彼らはすでに動いていた。
煙の中へと、音もなく消える。
敵味方の声で多少の足音は聞こえない。
――その間も
前線は続いている。
「踏み込むな!維持しろ!」
アルトの声が響く。
無理に攻めない。
崩されないことを最優先にする。
「盾、上げろ!!」
再び矢が来る。
だが――
数が減っている。
一度に十歩は放たれていた矢がその半分になっている。
「……?」
誰かが気づく。
矢の間隔が、乱れている。
精度も落ちている。
(来たな)
ユウは目を細める。
次の瞬間。屋根の上で影が跳ねた。
「ああっ!?」
上からの悲鳴。
そして――
地面へと重みのあるものが落ちた音。
「なっ……!?」
山賊側に、明らかな動揺が生まれる。
――止まった。この場を支配していた状況が。
完全に。
その一瞬を、アルトは見逃さなかった。
「――今だ!!」
声が戦場を貫く。
「押し返せッ!!」
前線が、一気に前へ出る。
圧が変わる。敵の足が止まる。
統制が崩れる。
「ぐっ……!」
「なにが起きてるっ!?」
敵の声に、焦りが混じる。
上を見上げるが、もう遅い。
屋根の上には――
カインの姿。
血のついた短剣を手に、次の標的へと視線を移している。
「終わりだ」
短く呟くと、次の弓兵へと飛びかかる。
完全な制圧。
不利と思われていた戦況が一気にひっくり返る。
(……決まったな)
ユウは静かに息を吐く。
戦場の流れが変わった。
状況を理解したアルトの声が続く。
その声は一段と逞しく聞こえる。
「前進!!崩すぞ!!」
今度は、攻勢。
守りから、攻めへと。
捕食者が切り替わる。
隊の動きが噛み合い始める。
「――行くぞ!」
アルトが先頭に立つ。
その背中を、全員が追う。
ユウもまた、一歩前へ出た。
(……これが、この世界の戦いか)
血と、火と、判断。
そして――
“流れ”を掴んだ者が勝つ。
すでに流れが変わった。
一部の山賊たちは逃げ延びている。
(……まだ終わってない)
ユウの視線は、さらに奥へと。
――森の方へと向いている。
本命は、まだ先にいる。




