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誓剣


夕闇がローデリヒの地を包み始める頃。

陣営の中心に張られた本陣の軍幕は、勝利の熱気に沸いていた。

兵士たちだけでなく、幕内に集まった将軍たちの顔にも明るい表情が浮かんでいる。


「伝令によると、本日も敵の物資の一部を奪うことに成功しました」


磨き上げられた鎧を身に纏った若騎士ニステルが、その真っ直ぐな瞳で報告を上げる。


「うむ! 見事だ! まさに連戦連勝! 此度の戦も早期に終わるかもしれんな」


上座に腰を下ろしていたヘルベルトが、機嫌良く豪快に頷いた。


「本日で、五日間連続での襲撃成功となります」


「ここまで出来すぎているのも、少し怖いところはあるけどね」


落ち着いた声で口を挟んだのはアルトだった。

連勝に浮かれることなく、引き締まった表情を崩していない。


「なんにせよ、こちらの被害が少ないことが一番の成果だな」


陣の片隅から淡々と告げたのはユウである。

その言葉を受け、ヘルベルトは深く頷き直した。


「ははは……! 軍師殿の申す通りだ。勝っているからといって、ここで油断しすぎてはならんよな」


そこへ、軍幕の入り口が勢いよく開いた。

前線から戻ったばかりのカインが姿を見せる。


「今日も収穫だったぜ!」


「無事だったみたいだね、カイン」


「ああ。今日もユウの読み通りだったぜ。毎日違う場所で網を張ってるのに、面白いくらい敵の方からやってくるんだ」


短剣の柄を叩きながら笑うカインに、ヘルベルトが感嘆の声を漏らす。


「ははは……! 軍師殿の眼は、まるで神眼のようだな!」


「当たり前だろ……? 通る場所が分かっているのだから……」


手元の資料から顔も上げず、ユウが事もなげに言い放つ。

その言葉の響きに、イリーナが怪訝な顔で首を傾げた。


「どういうことだ?」


「そのまんまの意味だ。俺たちはこないだまでどこにいた?」


「たしか……二人で共和国に行っていたよな?」


カインが思い出すように答えると、ユウは短く息を吐いた。


「あぁ。今回奪った物資は、すべて共和国から王都の帝国軍へと送られる手はずになっていたからな」


「まさか……! 共和国との密約には、この輸送ルートの件も含まれていたのですか?」


ニステルが驚きに目を見開く。


「当たり前だろ。戦いに勝つにはまず、士気を高める必要がある。相手は大軍だ、色んな場所からモノを集めようと躍起になっているからな」


幕内にどよめきが走った。

連日の勝利が偶然でも神懸かった予測でもなく、すべてがこの男の仕込んだ出来事だったのだ。


「いつの間に、そんな交渉を……」


「タイミングは幾らでもあったさ」


驚愕するイリーナに、ユウは淡々と返す。


「君のやることには、いつも驚かされるな……」


アルトが呆れたように、しかし確かな信頼を込めて微笑んだ。

だが、称賛を浴びるユウの顔に驕りは一切ない。


「ここからだ。まだまだ戦いは始まったばかりだ」


それだけを言い残し、ユウは静かに軍幕を後にした。


***


――ユウの私室としてあてがわれた、やや小規模な軍幕内。

幕内の中心には簡易的な机が置かれ、周辺図が広げられていた。

その上にいくつかの書状が散らばり、地図には襲撃した地点を示した印が書き込まれている。

ユウが一人、腕を組んでその盤面を見下ろしていた時だった。

背後の天幕が静かにめくられ、イリーナが一人で入ってくる。


「すまない……失礼する」


「なにかあったか?」


ユウは地図から視線を外し、振り返って彼女を見やった。


「たいしたことじゃない」


イリーナは少し言い淀むようにして、口を開いた。

視線だけで先を促すユウに対し、彼女は率直な言葉を口にする。


「その、なんというか勝ちすぎていることが気になっている……」


「良いことじゃないか」


「皆の士気が高いのは分かっている。だが、帝国の奴等がこのまま黙っているようには思えない」


その言葉に、ユウは小さく頷いた。


「そうだな。そろそろこの襲撃は終わりになりそうだ」


「どういうことだ?」


「先ほど王女の影から連絡がきた。帝国軍の精鋭が王都からこっそりと出たみたいだ」


ユウは机の上の束から一通の書状を抜き出し、イリーナへと手渡した。

そこに記された簡潔な報告の文面に目を通し、イリーナは目を見張る。


「これは……しかし、いつの間に影とも?」


「戦は一人でするものじゃない。何事も準備が大切なんだよ」


「おそれいった……」


思わず感嘆の息を漏らすイリーナ。

だが、書状からユウの顔へと視線を戻した時、彼がひどく疲労した顔をしていることに気がつく。

ユウの目元には濃い暗がりが落ちている。


「ん……? 表情が優れていないな?」


イリーナは無意識のうちに一歩踏み出し、ユウの顔を覗き込もうと身を乗り出した。

結い上げられていない艶やかな黒髪が肩から滑り落ち、ユウの頬に触れそうなくらいの距離まで近づく。


「おい……、いきなりなんだ」


至近距離に迫った端正な顔立ちと微かな香りに、ユウは僅かに身を引いた。

我に返ったイリーナが、慌てて姿勢を正す。


「あぁ……すまない。ただ、今倒れられると皆が……と思って」


「前もこんなことがあったな」


ユウがどこか懐かしむような声で言うと、イリーナの頬に微かな朱が差した。


「あぁ……そうだったな。あの時は指を怪我していたな」


「よく覚えているな」


静かな軍幕の中に、二人だけの柔らかい時間が流れる。

イリーナは伏し目がちに視線を揺らし、やがて何かを決意したように顔を上げた。


「なあ、ユウ。その……」


「…………」


「こんな時に……、言うべきことではないかもしれないのだが……」


「なんだ?」


イリーナは自らの胸の内で渦巻く感情を、絞り出すように言葉にする。


「お前が……その……エリナと恋仲なのは分かっている……」


「お、おう」


予想外の言葉に、ユウはたじろいだ。

だが、イリーナの瞳は逃げることなく、真っ直ぐにユウを射抜いていた。


「それでも……、お前を慕っても良いか?」


それは、誇り高き騎士の不器用な言葉であった。

ユウは目を見開いた後に言葉を返す。


「それで……、お前は辛くないのか……?」


「私は護るべきものがあると強くなれる」


迷いのない、凛とした声が返ってきた。

見返りを求めているわけではない。


「イリーナがそれで良いのなら……」


その言葉を聞いた瞬間、イリーナは静かにその場に片膝をつく。

背筋を伸ばし、右手を胸に当てる。

それは、騎士が主君に対してのみ行う、最上級の敬意だった。


「改めて……」


イリーナは研ぎ澄まされた刃のような神聖な空気を纏う。

彼女はユウを見つめて、高らかに誓いの言葉を紡いだ。


「私、イリーナ・ヴァルシュタインは、我国、我家、我剣の誇りにかけて、貴殿の剣になることを改めて誓おう」

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