強敵
王宮の会議室。
長大な円卓の中央には、王都レイヴァルトとアーベント領を含む広域の地図が広げられていた。
部屋には重苦しい空気が満ちており、帝国軍の将たちが顔を揃えている。
ローデリヒ軍によるゲリラ戦が始まってから、すでに五日が経過した。
連日のように続く局地的な小競り合いの報告に、会議室の空気は苛立ちが募っている。
「で、伝令ッ!」
血相を変えた伝令兵が駆け込んでくる。
「なんじゃ、騒がしいの」
腕を組んでいたのは帝国随一の将であるゾッドであった。
顔だけでなく身体中に無数の傷跡がある。
彼は目を眇めて低く唸った。
「西からの補給部隊の一部が、また攻撃されました! 護衛は武装を解除され、物資のみが奪われたとのことです!」
「全く、馬鹿の一つ覚えみたいに……」
ゾッドが吐き捨てるように言うと、血気盛んな若き将たちが次々と声を上げる。
「今こそ反撃に出るべきです!」
「そうだ! 我が軍の方が圧倒的に多勢。あんなコソ泥ども、捻り潰すのは容易い!」
沸き立つ将たちを制したのは、帝国の人物ではなかった。
一人だけこの軍儀への参加を認められた男、セリオスだった。
「落ち着いてください。敵の狙いは見え透いてます。我々が苛立って大軍を動かすのを待ってるんですよ」
「くだらん策を弄する輩が、向こにもおるようだな」
中央の椅子に深く腰を沈めたギデオンが、面白くなさそうに顎を撫でる。
「ええ。一人だけ、厄介な者に心当たりがあります」
セリオスが冷ややかな笑みを浮かべた、その時だった。
重厚な扉が押し開かれ、一人の男が会議室へと足を踏み入れた。
「して……、共和国との交渉はどうであった?」
ギデオンは、帰陣したばかりのヴェラスコに問いかける。
「ふふふ……」
「なんじゃ? 上手くいったんかい?」
「いえ、その逆です。交渉は決裂しました」
ヴェラスコは悪びれもせずにゾッドにそう答えた。
「これは私の予想を超える出来事です。何者が先に、あの商人どもを抱き込んでいたようです」
その報告に、ギデオンの目がわずかに見開かれた。
「ほう……。共和国を先に懐柔するとは……敵陣営にも、ずいぶんと頭が回る奴がおるようだ」
「おそらく、今回の執拗な小競り合いと共和国の引き入れは、同じ人物による盤面でしょうね」
セリオスが淡々と事実を繋ぎ合わせる。
それを聞いたギデオンの口角が弧を描いて吊り上がる。
「つまらぬ戦かと思っておったが、存外に楽しめそうだな」
「ええ……ええ! ルーヴェルからヴィクトルが消え、私の敵はもういないと思っていましたが、まさかこんなにも早く強敵と出会えるとは……! ああ、ああ、あぁ……、これは久々に頭を回すべき時が来たようですね……!」
ヴェラスコは自らの腕を抱きしめるようにして、歓喜に肩を震わせる。
その常軌を逸した様子に、ゾッドはやれやれと首を振った。
「相変わらず煩いわい……。さて、どうするかの」
「おそらく、敵の狙いは長期戦に持ち込むことでしょう」
ヴェラスコは地図の上に視線を落としながら、ひどく楽しげな声で言った。
「これだけ物資を奪われたら、嫌でもわかっておるわい」
「であれば、そろそろ反撃に出ましょう」
「なるほど。相手の裏を取るということですね」
セリオスが相槌を打つと、ヴェラスコは自らの顎を細い指で撫でた。
「いかにも……! 目には目をお返ししないといけませんから……」
「ふむ。まあ、まだ総攻撃の時期ではあるまい」
「その通りです。こちらは大軍とはいえ、未だ王都の掌握は完全に落ち着いてはおりません」
ギデオンとセリオスが現状の戦力を確認し合う中、ヴェラスコはふと何かに気づいたように眉をひそめた。
「しかし……、ふむ……、奇妙ですね」
「何がじゃい?」
「本当に『兵糧攻め』だけが狙いなのか……。それにしては、少し引っかかる。ですが……今は一旦、置いておきましょう」
ヴェラスコは頭に浮かんだ懸念を振り払うように首を振る。
「さて、誰が敵の遊撃部隊を叩くのか」
ギデオンの低く威圧的な声が響く。
それに間髪入れずに応えたのは、歴戦の猛将であった。
「決まっておりますわ。その役目、ワシにやらせてくだされ。外に出たくて身体が疼いておりますわ」
「将軍が出ることに異論はありません……。ただ、一つだけ条件があります。輸送部隊の『後方』にて待機しておいてください」
ヴェラスコの指示に、ゾッドは太い眉を寄せた。
「む……? 馬車の中に兵を潜ませておかなくても良いのか?」
「なるほど……。敵を高揚させたあとに叩くのですね」
疑問を口にしたゾッドの横で、セリオスがヴェラスコの意図を瞬時に読み解く。
「左様……。勝ちを確信して油断した瞬間こそが、最も首を刎ねやすいですからね」
「ゾッドよ……。小奴らの意図は理解したか?」
軍師と貴族の回りくどい会話に苛立ちかけたゾッドへ、ギデオンが水を向ける。
それに気づいたヴェラスコは、恭しく頭を下げた。
「あぁ……、失礼しました。将軍は輸送隊の背後に距離を空けて待機し、荷馬車が襲撃され、敵が物資を奪おうとした瞬間に背後から強襲をかけてください」
「まあよいわ。そちの案に乗ってやるぞ」
「ふふふ……、感謝します。それにしても……」
話がまとまりかけたところで、ヴェラスコは部屋を見回して唐突に尋ねた。
「王都にいたはずの王子はどこへ?」
「大切な客人には、相応の場所で見ていただかなければな」
ギデオンの言葉にヴェラスコは納得したように深く頷いた。
「なるほど……。確かにいずれ利用価値は出てくるでしょうからね。その時には、大いに役立っていただきましょう……」
「では、皆良きに計らえ」
玉座からの絶対的な号令により、軍議は散会となった。
アーベントの部隊への罠が静かに仕掛けられようとしていた。




