前哨
街道沿いの細道。
帝国兵たちが警戒しながら進む中、先頭の馬車は最も道幅の狭い地点に差し掛かった。
高台の茂みに潜んでいたアルトの高く掲げられた手が、静かに振り下ろされる。
「突撃ッ!!」
「「「 おおお!!! 」」」
それを合図に、崖上に仕掛けられた巨大な倒木が斜面を滑り落ちる。
「な、なんだ!?」
それらは地響きと土煙を巻き起こしながら、帝国の輸送部隊の前方を塞いだ。
「進路を絶たれたッ!」
「敵襲! 皆、構えろ! 荷物を守るんだ!」
突然の出来事に混乱する帝国兵たち。
その隙を突くように、両翼の森からカインとイリーナが率いる部隊が一斉に飛び出していく。
「野郎ども、行くぞ! 荷馬車は傷つけるな! 狙うのは護衛の武装解除だ!」
カインの号令が部隊中に響き渡る。
彼は先陣を切って斜面を駆け下りていく。
慌てて盾を構えていた帝国兵の陣形へと肉薄した。
「馬鹿め、自ら死地に飛び込んで――」
帝国兵が槍を突き出そうとした瞬間、カインはその切っ先を紙一重で躱し、一瞬にして敵の懐へ潜り込んだ。
彼が振るっていたのは取り回しの良い短剣である。
強固な盾を真っ向から砕くのではなく、装甲の隙間や盾の死角から手首を的確に打ち据え、次々と兵士たちの武器を弾き落としていく。
「どうした帝国軍! お偉いさんがいないと動きが鈍いんじゃねえのか!」
カインがその機動力で敵の注意を惹きつけている隙に、アルトが冷徹な声で部隊を回す。
「第二班、右翼へ回って退路を断つんだ。武器の柄を使って足を狙うんだ」
アルト自身も手にした剣を滑らかに振るい、反撃に出ようとした敵兵の刃を絡め取るように弾いていく。
無駄な殺生を避けつつ、確実に手足を打って戦意を削ぐ。
幾つかの戦場を共にしてきた二人の連携は、数で勝っている帝国軍を翻弄していた。
「ええい、怯むな! 相手は少数の野盗崩れだ、押し返せ!」
荷馬車の列の真ん中から、甲冑を着込んだ帝国の指揮官が声を張り上げる。
彼が自ら剣を抜き、混乱する兵士たちをまとめようと前に出た、その時だった。
「野盗崩れとは、随分な言い草だな」
凍てつくような声と共に、指揮官の目の前に影が舞い降りた。
黒髪を揺らし、剣を構えたイリーナである。
「女? 舐めるなよッ!」
指揮官が怒りに任せて大上段から剣を振り下ろす。
しかし、イリーナは避けることすらしない。
「はっ……!!」
彼女は下から斬り上げるように剣を衝突させ、力任せの打撃を完璧な太刀筋で受け流した。
「な、なんだ、この重さは……!」
体勢を崩して、驚愕に顔を歪める指揮官。
イリーナは間髪入れずに踏み込み、流れるような連撃を叩き込む。
刃と刃が激突する鋭い金属音が谷合に響く。
圧倒的な技量の前に、指揮官は防戦一方となり後退を余儀なくされた。
「私は王国の騎士だ! 貴様らのような侵略者に、これ以上好きにはさせない!」
誇り高き宣告と共に放たれた最後の一撃が、指揮官の剣を根元から弾き飛ばした。
「ば、馬鹿な……」
空を舞った刃が地面に突き刺さるのと同時に、イリーナの切っ先が指揮官の首筋へとピタリと突きつけられる。
「……ひ、ひい」
「動くな。命が惜しければ、武装解除を命じろ」
将を瞬く間に制圧されたことで、帝国兵たちの僅かな抵抗の意志も完全に砕け散った。
指揮官は屈辱に唇を噛み締めながら、震える声で降伏を叫ぶ。
「……ぶ、武器を、捨てろ……ッ!」
次々と地面に武装が投げ出される音を確認し、カインがニヤリと笑った。
手にした短剣を素早く腰の鞘に収める。
「よし! 馬車を動かせッ!」
待機していたアーベントの兵たちが素早く御者台へ乗り込む。
倒木を避けるように馬車の向きを反転させ、森の奥に続く獣道へ次々に物資を引き入れていく。
カインはその様子を見ながら、アルトへと声をかける。
「見ろアルト、食料だけじゃなく武具もたっぷりだ。さすがは帝国軍といったところだな」
「無駄口を叩いている暇はないよ。追っ手が来る前に離脱しないと」
アルトにたしなめられ、カインは肩をすくめて馬車の手綱を握った。
「撤収するぞ。深追いはするな」
すべての荷馬車が森へと消えていくのを見届け、イリーナが短く号令を下す。
帝国兵の武装を奪い縛り上げた者たちをその場に放置し、奪い取った大量の物資と共に、颯爽と峡谷から姿を消した。




