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兵站

ローデリヒの居城、軍議の間。

円卓を囲む諸将と文官たちの顔には、一様に濃い疲労と焦燥が刻まれていた。

上座にはクロイツとリシェルが座し、その傍らには無事帰還を果たしたユウとイリーナ、そしてアルトやカインの姿もある。

重苦しい空気を破ったのは、初老の文官であった。


「王都の貴族共め……帝国軍を迎え入れるとは……」


その言葉に、ゲニオールが悔しげに拳を握る。


「これで連中は『王国の正規軍』としての正当性を主張するでしょうね」


「このままだと、東のルーヴェルと共闘しそうです」


若文官が言葉を継ぐと、傍らでアルトが鋭い眼差しを伏せた。


「おそらくだが、セリオス兄上が一枚噛んでいるはずだ」


不穏な推測に室内の空気が凍りつく中、ゲニオールが少しだけ表情を明るくした。


「しかし、軍師殿が共和国から支援を取り付けてくださった。これは好機です」


「どうかな……? あえて共和国との交渉は決裂したと噂を流し、我々が物資の調達に苦しんでいると見せかけるのは?」


老文官の提案に、クロイツ伯爵がその双眸を細める。


「ほう……偽報か」


「左様。敵が油断して攻め落としに来たところを、万全に武装した我々が迎え撃つ。これならば大軍相手でも打撃を与えられることでしょう」


「おお! それならば……!」


若文官が歓喜に沸く中、リシェルは静かにユウへと視線を向けた。


「軍師様、この策をどう考えますか?」


「悪くはないが却下だな」


ユウの即答に、老文官が眉をひそめる。


「ほう。ではご見解をお聞かせしてもらえるかな」


「ローディスに、帝国の軍師ヴェラスコがいたことを確認している」


「私も姿を確認しました。あの男がいる以上、こちらの動きは、すでに帝国の耳にも入っていると考えるべきです」


イリーナの冷静な補足に、軍議の間に走っていた期待の熱がすっと引いていく。

静まり返った室内に、カインが忌々しそうに声を上げた。


「じゃあ、向こうは軍師が戻ってくるまでは動かないってことか?」


「ああ。相手はあの帝国軍の皇子だ。俺たちの状況が分からない状態で、本格的な侵攻を仕掛けてくるとは思えない」


ユウの分析に、若文官は声を荒らげる。


「ならばどうするというのですか! このまま城に籠もるとでも!?」


若き文官の声にゲニオールも続く。


「援軍のない籠城戦など、ただ死を待つようなものですよ」


「誰が城に引きこもると言った?」


取り乱す文官とゲニオールをよそに、ユウの声には微塵も焦りがなかった。

彼は円卓へと歩み寄り、広げられた王国の地図、その中央にある『王都レイヴァルト』を人差し指で二度叩いた。


「ギデオンの大軍勢が動かない。逆に言うと、あの王都に莫大な数の兵士が駐留し続けるということだ」


ユウの言葉の真意に気づき、クロイツ伯爵の目が僅かに見開かれる。


「……王都に居座る大軍の兵糧を満たし続ける必要がある、ということか」


「その通りだ。俺たちが待つのは外部からの援軍じゃない。王都の連中が帝国を招き入れたことを後悔し、内側から崩れる瞬間だ」


ユウは地図上の王都から、東のルーヴェルへと繋がる街道を指でなぞった。


「帝国軍の補給部隊だけを局地戦で徹底的に叩く。食い扶持を絶たれれば、大軍を抱える帝国はいずれ王都の貴族や民衆から食糧を奪うしかなくなる」


「なるほど! 城に籠もるんじゃなく、遊撃隊を出して街道の荷馬車を襲うってわけか」


カインが目を輝かせると、アルトも顎に手を当てて頷いた。


「護衛に帝国の精鋭がつくだろうが、地の利はこちらにある。少数で奇襲すれば勝つことも出来そうだ」


「大軍の身動きが取れない今だからこそ、俺たちにも勝機がある」


絶望的だった盤面に明確な打開策が示され、軍議の間の空気が熱を帯びた。


「待ってくれ……! それでは、王都の民を飢えさせることになる!」


王都にて近衛騎士として王女を護衛していたイリーナが声を荒らげた。


「そうだな。勝つために必要だ」


「しかし……勝ったとしても民心が離れてしまうのでは」


「略奪の恨みは、帝国と王子派の奴等に向かわせる」


上座のリシェルだけは顔を伏せ、膝の上で強く手を握りしめていた。


「……ユウ。その策ならば勝てるのでしょうか」


絞り出すような王女の問いに、室内の熱がふっと引いた。


「はい。ただし、そのためには資金を使って王都内に悪い噂を流し、暴動を煽る工作も必要です」


為政者として、自国の民を戦略の犠牲にする非情な策。

リシェルは目を閉じ、短く、震える息を吐いた。

だが、再び目を開いた時、彼女の瞳には王女としての強い覚悟が宿っていた。


「……分かりました。王都を奪還し、この戦いを終わらせるために。その決断は、私が下します」


リシェルの言葉を受け、クロイツ伯爵が力強く頷く。


「決まりだな。カイン、アルト。直ちに遊撃隊の編成にかかれ。イリーナも彼らを補佐しろ」


「「「はっ!」」」


沈みかけていたローデリヒの陣営が、明確な反撃の意志を持って再び動き始めた。

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