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準備


学長室を出たあと、アルトとカインは足を止めなかった。


校舎を抜け、そのまま中庭へ出ると、すぐに隊の者たちを集めた。

選抜の話はすでに一部へと伝わっていたようだ。

その場の空気が張り詰めていることが分かる。


アルトは無駄を省いた言葉で報告事項を状況を共有する。

出発は三日後の明け方。ルーヴェルから東方へと進軍。

出陣人数は三十人。目的は山賊の拠点制圧。

質問は最小限となっており、動揺も少ない。

その場にいる彼らの日常なのだろう。

それぞれが現実として受け止めていた。


カインは補足事項として、偵察と連携の重要性を短く伝える。

無駄な鼓舞はしない。だが、全員が状況を理解していた。

伝達事項や先ほどの観察眼から彼は偵察者なのだと理解した。

これは訓練ではない。準備の指示が飛び、隊はすぐに散開。

各々が装備の確認、連絡、調整


――それぞれが動き出す。


アルトは最後に一度だけ全体を見渡して、静かにその場を離れた。


屋敷へ戻る頃には、空はすでに夕方へと傾いていた。

街の道端の石畳へと落ちている影が長く伸びる。

我が家の門をくぐって玄関まで向かっていく。


玄関まで向かう途中では時折、アルトへ頭を下げる人達がいる。

おそらくは、この家で作業をしている用人だろう。

玄関を開けるといつもの静けさが迎えた。


「お帰りなさいませ」


出迎えをしたのはグレイだった。

グレイは佇まいでアルトとユウへと頭を下げる。

その背後には、エリナとセシリアの姿もあった。

アルトとユウを見つけたエリナは頭を下げる。

セシリアは二人に笑顔を向けている。

アルトは軽く頷く。


「ただいま⋯」


だが、その声音は普段よりわずかに硬い。

普段から主をよく観察しているのだろう。

グレイはその僅かな変化でさえも見逃さなかった。


「……何かございましたか」


低く落ち着いた声で静かな問い。

アルトは一瞬だけ間を置いたあとに、学園での指令を伝えた。


「出陣命令がでた」


その一言。たったそれだけの言葉で空気が変わった。

セシリアの表情がわずかに揺れる。


「……もう、ですか」


自身の感情を抑えている声。

分かってはいるが飲み込みたくない現実。

アルトはそんなセシリアのほうを見ながら頷く。


「三日後にルーヴェルの東方へ向かいます。」


簡潔な説明だが十分に相手へと伝わる。

その言葉を聞いたグレイが目を細める。


「“自由の盾”ですか」


「そう聞いています」


アルトの返しも短い。

グレイの後ろにいるエリナは何も言わない。

だが、その視線が一瞬だけユウへと向いた。

なにかを観察するような、わずかな間だった。

視線を感じたのでエリナと目を合わせようとした。

しかし、彼女から視線を外されてしまう。

セシリアがグレイの前へとやってきて小さく息を吸った。


「危険、なのですよね」


問いというより、確認だった。

アルトは正面から答える。


「ええ」


嘘は言わない。

その代わり、それ以上も言わない。

安全な作業ですと偽りの情報を伝えても仕方がない。

沈黙が落ちるが、その空気をグレイが崩した。


「――それでは」


わずかに話題を変えた。

視線がユウへと向いた。


「ユウ様の準備も必要でしょう」


ユウは軽く眉を動かした。

良きせぬ発言であった。


「準備?」


「はい」


グレイは穏やかに続けた。


「衣服、装備、身の回りの品。現状のままだと不都合が多いかと」


確かにその通りだった。

彼には日用品がない。

この執事の男はそれを見抜いていた。

戦場に赴く以前の問題だ。

その意見にアルトも頷く。


「……そうですね」


「そこまで手が回っていませんでした」


セシリアも続く。


「わたくしが……」


言いかけて、止まった。

少しだけ困ったように視線を落とす。


「申し訳ありません。明日は予定があり……」


アルトも同様だった。

 

「僕も隊の調整があるんだ」


自然な流れではあった。

グレイはすぐに次の手を提案する。


「でしたら」


わずかに視線を動かす。

自身の背後に立っている人物へと視線を向ける。


「エリナ」


名前を呼ばれる。


「はい」


自らを呼ばれたエリナは一歩前に出る。


「案内を頼めるか」


「承知いたしました」


即答であった。

その発言に迷いはない。

そのやり取りを見て、ユウは小さく息を吐く。


(……決まりか)


グレイはユウへと確認する。


「よろしいですか?」


ユウは肩をすくめる。


「問題ない」


エリナは静かに続ける。


「では、明日。商業区へご同行いたします」


事務的な口調に感じる。

だけど、わずかに柔らかくも感じる。

セシリアが安心したのか少しだけ表情を緩めた。


「エリナなら安心です」


アルトもその言葉に続く。


「エリナ、頼んだよ」


「お任せください」


その返答は、いつも通りだった。

だが。ほんのわずかに。数刻いや数秒。

ユウに向けられた視線が、先ほどよりも長く感じられた。

理由は分からなった。


ただ――


(……見られてる)


そんな感覚だけが残る。

その後、やるべきことが決まり各々自室へと戻っていく。

時刻は変わり、その日の晩餐。

長い食卓に料理が並んでいるが、席が全て埋まらない。

昨日いたこの席の主と次席がいない。

本日はレオニードとセリオスは不在のようだ。

軍務やら都市の調整で、屋敷を空けている。

聞けば珍しいことではないらしい。


――だが、今は意味が違う。


戦が近い。

その事実だけが、言葉にされず場に残っていた。

アルトは多くを語らず、食事は淡々と進む。

セシリアもまた、少し落ち着かない様子で口数が少ない。

ユウはその空気を感じながら、静かに食事を終えた。

“準備”は、すでに始まっている。


――翌朝。


朝食後に門の前へと集合しようとエリナから提案された。

食事が終わったあとにすぐさまユウは門へと向かった。

やわらかな朝の光が石畳を照らしている。

門の前で待っていたユウは、足音に気づいて顔を上げた。

そこに予定通りエリナが現れた。


―ー少しの違和感。

いつものメイド服ではない。

淡い生成りのブラウスに、落ち着いた紺のスカート。

腰元は動きやすいように軽く絞られ、無駄のないシルエットになっている。装飾はほとんどない。

それでも、整った体の線が自然に出ていて――

派手ではないが、目を引く。

金色の髪は後ろで軽くまとめられているだけなのに、普段よりも柔らかく見える。陽の光を受けて、ほのかに透ける。


「お待たせしました」


声もどこか少し軽くかんじる。

ただ、その言葉はあまり耳に入らない。

お互いの目と目が合う。


――見惚れている。


「ユウ様⋯?」


我に帰ってに言葉を返す。


「……あ、いや、今来たところだ」


とっさに視線を逸らしてしまう。


(……雰囲気が違うな)


当たり前のことなのに少し違和感が残る。

エリナはそんなユウの視線を特に気にする様子もなく、歩き出す。


「では、参りましょう」


二人は並んで門を出て目的地へと向かった。

石では塗装された道を歩いていく二人。

ふとユウは疑問が浮かんだのでエリナへ質問をする。


「そういえば、どこに行くんだ」


エリナは質問に的確に回答する。


「今日は商業区の行きつけの店にいきます。そこでユウ様の身なりを整えます」


「なるほど」


エリナは歩いている先に見える大きな門を指さす。

あちらの門をくぐると商業区となると説明をして歩みを再開する。


大きな門の前にきた。

門の前に衛兵がいるがこちらを気にする素振りもない。

貴族の住む場所からきたからだろうか。

衛兵の横を通るときにエリナは軽く会釈する。

衛兵は会釈を見るとすぐさまエリナへすぐに敬礼する。


門をくぐると一気に空気が変わったことが分かる。

大きな門をくぐると白で統一されている街並み。

道通りの左右に規則正しくで出店が並んでいる。

店前では客引きをするモノや店に並んでいるものを吟味しているモノ。

その通りは従来も多く、石の上を歩いていく音。

焼けたパンや肉類の香ばしい匂い。

活気がある。人々が生活している。

通りに入る前にエリナがユウへと話しかける。


「今日は、こちらを使います」


エリナが小さな革袋を軽く持ち上げる。

中で硬貨が触れ合う音がした。


「アルト様からお預かりしました」


ユウが革袋をちらりと見る。


「結構入ってそうだな」


「そうですね」


そういったエリナの口元が緩む。

ほんの少しだけではあるが。


「しばらく困ることはないかと」


それだけで十分だった。


(……だいたい分かるな)


細かい説明はなかった。

だが、“不自由はしない金額”だと理解できる。

歩いていると一気に道の端々が賑やかになる。

遠くから感じるよりも違いが明らかだ。

露店が並んで、人が溢れ、様々な匂いが混ざり合う。


「……すごいな」


ユウが素直に呟く。


「ええ」


エリナも頷く。


「ここは、この街で一番活気のある場所です」


その声には、ほんのわずかに楽しげな色が混じっていた。

まずは衣服店へと入っていった。

馴染みのある店なのだろう。

店主はエリナへと頭を下げながら声を掛けてくる。


「いらっしゃいませ」


「今日はエリナと⋯お連れ様ですか?見ない顔ですね」


メガネをかけており、口元にはヒゲがある。

収入は十分にあるのだろう。少し小太りな体型となっている。

髪は綺麗に立ち上げており髭も整えている。

清潔感があるので嫌な感じはしない。


「こんにちは。エドガー様」


エドガーと呼ばれた男性はそういうとユウに目線を向ける。

ユウは先に自己紹介をする。


「ユウ・キサラギと言います」


「エドガー・ヘンダーです。どうぞよろしく」


男性は好意的にこちらへと応える。

エリナの方を見ながら、さらに続ける。


「彼氏かい?」


「⋯ユウ様はアルト様の客人です」


少し照れくさそうにエリナは答えた。


だが、すぐに表情を変えてここに来た用件を伝えた。

内容を理解したエドガーは店の奥から従業員を呼ぶ。

奥からやってきた従業員がユウの身体を採寸する。

その結果を踏まえてだろうか。いくつかの衣服を机の上に並べた。

赤いズボン、黒いシャツ、白いシャツなど様々だ。

エリナはそれを見ながら。


「好みの服装はありますか」


困る質問。だがここで言葉を間違えてはいけない。

その一言で女性の気分というものは変わってしまうもの。


「なるべくシンプルな方がありがたい。あとは動きやすさ。」


その返答を受けてエリナは目の前には置かれている衣服に手をかける。


「⋯で、ありましたら」


「こちらの方が動きやすそうです」


エリナは迷いなく選んでいる。

その後もエドガーや従業員が提案してくる服を吟味しながら、ユウの衣服を購入していく。


ユウの着用している服も新しく新調することにした。

従業員へと奥の部屋へと連れて行かれる。

選択したものと傾向が近い衣服を選抜している。

着替えたのはシンプルな白いシャツ。履きやすそうな茶色のズボン。どちらも派手な装飾はないが、素人でも丁寧な作業で作られていると理解できる。


着替えが終わって表へと戻る。

エドガーは見違えたと言わんばかりに嬉しそうな表情。

エリナへ視線を移すとその目は装飾品に向かっていた。

自分が戻ってたのに気づくのに若干の遅れがあった。

ユウはそんなエリナの元へと近づいていき


「……気になるのか」


ユウは女性へ尋ねる。

淡い青色の、小さなリボンのような装飾。 華美ではないが、細かい刺繍が施されていて、どこか品がある。


「いえ」


すぐに否定する。


――が。


その右手には小さな布飾りを手に取っていた。


「……少しだけ」


ぽつりと。

そのまま、じっと見つめる。

普段の“役割としての視線”ではない。

ただ、興味があるから見る目。

どこか罰が悪そうな表情を浮かべている。

ユウは何も言わない。

ただ、その様子を横で見ている。


(……こういう顔もするんだな)


そうすると自然と愛おしさが出てきた。

自然とこう伝えていた。


「買うか?余裕はあるんだろ」


「いけません」


即答。


「ユウ様のためにお預かりしたお金ですので」


その声は、いつもの調子に戻っていた。

理性的で、線を引くような響き。

どこか他社と距離感を感じる声。


「そうか」


ユウはそれ以上、押さない。


「なら」


一歩、近づいて――


エリナの手から、そっとその飾りを取った。


「これは、俺が買う」


「……え?」


初めて、明確に表情が崩れた。


「⋯なぜ、ですか」


「別に」


肩をすくめる。

少し照れくさそうに。


「欲しそうだったから」


それだけ。

理由としては、あまりにも単純。

だからこそ、余計な意味を持たない。

エリナは何も言えずに、ただユウを見ている。

店主のエドガーが、にやりと笑う。


「いいじゃないか。そういうのは勢いだよ」


「いや、別にそういうわけじゃ――」


言いかけて、やめた。

どう説明しても、余計に面倒になる気がしたからだ。


「それも一緒に」


ユウは、軽く商品を差し出す。


「毎度あり」


エドガーは機嫌よく受け取った。

機嫌が良かったのか、多少の費用を割り引いてくれていた。


――会計はすぐに終わった。


店を出ると、外の喧騒が再び二人を包み込む。

エリナは、まだ少しだけ戸惑ったような顔をしていた。


「……よろしかったのですか」


「何がだ」


「無駄遣いではありませんか」


「無駄かどうかは、使ったやつが決めるんだ」


短く返す。


「それに」


少しだけ視線を逸らしながら、


「似合いそうだった」


ぽつりと付け加えた。

慣れない言葉。どこかぎこちない。


――ほんの一瞬。


エリナの動きが止まる。

それから、


「……ありがとうございます」


静かに頭を下げた。

だがその声は、 さっきまでとは違う。

彼女本来の柔らかく優しい声だった。


その後も、二人は商業区を歩いた。

露店で焼かれた肉を分け合い、 パン屋で甘い菓子を見つけ、 小物店で足を止める。

エリナは最初こそ控えめだったが、 次第に足取りが軽くなっていた。


「ここには、よく来るのか?」


「いえ、仕事以外で来ることはあまり……」


そう言いながらも、 並ぶ商品をじっと見ている。


「……楽しいか?」


「……はい」


ほんの少しだけ間を置いて、


「久しぶりに」


そう答えた。

その横顔は、 屋敷で見せていた“役割の顔”ではなかった。


(……やっぱり、普通に笑うんだな)


ユウは、なんとなくそう思った。

やがて、商業区の中央にある噴水へと辿り着く。

石造りの大きな噴水。

水音が周囲の喧騒をわずかに和らげていた。

吹き出している水の影響で、周りに人の熱気があってもそこだけは涼しい。

エリナはその近くのベンチへと腰を下ろした。


「少し、休みましょう」


エリナが言う。

ユウもエリナの横へと自然に座る。


「そうだな」


ユウも素直に応じた。

しばらく、何も話さない時間が流れる。

人々の声。 水の音。 風。

その中で、エリナがぽつりと呟いた。


「……こういう場所は」


一度、言葉を切る。


「情報が集まりやすいのです」


ユウは、ゆっくりと視線を向けた。


「人が多いですから」


続く言葉は自然だった。


「噂も、動きも、金も……すべてが流れる」


そこまでは、違和感はない。


だが――


「王国だけでなく帝国の動きも見えてきます」


その一言。

空気が、わずかに変わった。

エリナ自身もそれに気づいたようだ。

ほんの一瞬だけ口を閉じる。


(……今のは)


ユウは何も言わない。

ただ、静かにエリナを見た。

エリナはすぐに表情を整えた。


「……失礼しました」


とだけ言った。

それ以上は、何も続けない。

だが。


(……なにかあるのかもな)


確信に近いものが、胸に残る。

それでもユウは追及しない。

今はまだ、その時じゃない。


二人の間には噴水の水音だけが、静かに響いていた。

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