同類
帝国からの使者は大広間から去った。
扉が閉ざされた後も、室内の空気は張り詰めていた。
評議員たちが顔を見合わせる中、奥の部屋を隔てていた扉が静かに開く。
身を潜めていたユウとイリーナが、ゆっくりと広間へ戻ってきた。
「……行きましたか」
イリーナが周囲を警戒しながら小さく息を吐く。
ユウの額には、僅かに汗が滲んでいた。
「あいつが帝国の……」
「ええ。帝国の軍師、ヴェラスコ・シドニアでしょう……。私も直接見るのは初めてでしたが、噂以上に厄介そうです」
ロレンツォはそう言いながら、柔和な笑みを浮かべてユウに向き直った。
「それでも、心配はいりませんよ。あの男の頭からは、貴方という存在がすっぽり抜け落ちているんですから」
その後、評議会はロレンツォの主導により、急ピッチで具体的な方針が決定された。
一、共和国軍は、王位継承者リシェルを支持し、ローデリヒとの国境へ布陣する。
二、帝国への物資供給を続けるが、裏ではローデリヒへの支援を画策する。
三、ローデリヒは、帝国との戦いで得た戦利品の一部を共和国へ格安で販売する。
帝国の使者という想定外の事態はあったが、ユウの当初の目的であった共和国との協力は、見事に達成された。
全ての議事が終わり、評議員たちが退室していく中、ロレンツォはユウたちを引き留めた。
「特使殿、それに騎士殿。もしよろしければ、今宵は私の私邸で食事でもいかがですか?」
「あんたの家で?」
「ええ。共和国が誇る美食の数々とワインを用意いたします。」
***
その日の夜。
ロレンツォの私邸は、共和国の頂点に立つ者の住まいとしては、質素な造りであった。
建物自体はそれなりの大きさがあるものの、廊下に仰々しい絵画や金銀の装飾は一切ない。共和国を象徴する白亜の大理石が贅沢に使われているが、そこには複雑な彫刻も華美な装飾もない。
滑らかに磨き上げられた石の冷たさと、機能的な美しさだけが追求されている。それは、昼間に大広間で会った際の、ロレンツォの飾らない平服姿をそのまま体現したような空間だった。
二人が通された食堂のテーブルには、共和国が誇る美食が並べられている。
香草と共にこんがりと焼き上げられた分厚い鴨肉。
遠方の海から取り寄せられた珍しい香辛料を使った魚料理。
そして、透き通るような赤い葡萄酒。
部屋の壁際や四隅には数人の付き人たちが控えており、グラスが空く前に静かに葡萄酒を注ぎ足していく。
洗練された従者たちの無駄のない所作からも、この主の徹底した合理性が窺えた。
「お口に合いましたかな?」
ロレンツォが和やかな口調で尋ねる。
「ああ。味付けがシンプルなのは素材が良いからなんだろうな」
「お目が高いですね。実は契約農家との取引品となります。この屋敷と同じで、私は真に価値のあるものだけにしか投資しません」
ロレンツォはそう言って薄く笑い、イリーナへと視線を移す。
「騎士殿は、あまり食が進まないようですが……お疲れでしたか?」
「……いえ。大変、素晴らしいお料理です。ただ……」
イリーナは、目の前に並ぶ豪奢な料理と、恭しく控える従者たちを前に、微かに表情を曇らせていた。
頭によぎるのは、内乱や物資不足に苦しんでいる王国の民の姿だ。改めて自分がこのような贅沢をしても良いのかという葛藤が、彼女のフォークを重くしている。
その横で、ユウは出された鴨肉を淡々と平らげていた。
「前も言ったが食える時に食っておくべきだ。腹が減っては戦何もできん。それに、出された飯を残すのは用意した人間に対しても失礼だ」
「……分かっています」
ユウの現実主義的な言葉に、イリーナは小さくため息をつき、ようやく食事に手を付け始める。
その様子を、ロレンツォは愉快そうに眺める。
「お二人は大変、仲が良いのですね」
「なっ……!私はただ王女殿下より護衛を依頼されているだけです」
そう告げたイリーナの頬が若干だが仄かに赤くなる。
「ふふふ……。ところで、お二人は今日の評議会を見ていかがでしたか?」
ロレンツォが本日の会議の様子についての話題を切り出した。
「率直に申しますと……皆様、あまり纏まりがなさそうでした」
イリーナが言葉を選びながら答えると、ユウも鴨肉を飲み込んで同意する。
「そうだな。あの場を仕切っていたのは、実質あんたとダグラス将軍だけだった」
「耳が痛い話です」
ロレンツォは苦笑し、手元のワイングラスを軽く回した。
「彼らは皆、各商会の代表です。己の利益を追求するあまり、全体が見えていない」
「なるほど……、大方、自分の利権を守るのに必死なんだろう」
「そうなのです。互いに牽制し合っているのです。そのせいで、一部の者に負担が集中している」
透き通る赤い液体を見つめながら、若き支配者は自嘲気味に息を吐く。
「共和国とは名ばかりです。その実は互いの利権の騙し合いなのです。全く、骨が折れます……」
自国の内情や愚痴をこぼしたロレンツォに、ユウは目を細めた。
「……なぜ、俺たちにそのことを?」
「なぜでしょう……」
ロレンツォは顔を上げ、少しだけ顎を指で触り考え込む。
そして何かを思いついたかのように少しだけ微笑んで目の前の人物たちに回答する。
「同じ匂いを感じたからかもしれませんね」
「確かに、ユウとロレンツォ代表の考えは通じていそうなところがありますね」
イリーナが、二人のやり取りを見て少しだけ表情を和らげながら口を挟んだ。
「それは褒められているのか?」
「さて? どうでしょうね……」
イリーナはわざとらしく視線を逸らし、自身の皿にある鴨肉へとフォークを伸ばした。
そのやり取りに、ロレンツォが堪えきれずに声を出して笑う。
張り詰めていた空気が緩み、同年代の若者たちによる穏やかな時間が流れていった。
やがて、食後の果実酒が運ばれてきたタイミングで、ロレンツォは付き人たちへ下がるように合図を送った。
従者たちが一礼し、少ない足音で部屋から退出していく。
完全に三人となった空間で、ロレンツォは先程までの世間話の空気を消し去り、商人としての鋭い瞳をユウに向けた。
「さて……、ここからは裏の話をしましょう」
「裏の補給線、だな」
ユウがグラスを置き、口元を拭いながら応じる。
「ご明察の通りです。我が国は帝国へも物資を売っております。……しかし、最近は治安が悪くなっていますので、帝国軍に届けるはずの荷物が、――偶然、野盗に襲撃されてしまうかもしれませんね」
ロレンツォの口元に、黒い笑みが浮かぶ。
「そして、奪われた大量の食料や武器が、どこかに消えてしまうのでしょう……」
「そういうこともあるかもしれないな……」
ユウもまた、不敵な笑みを返した。
共和国という協力な後ろ盾を手にしたことで、ローデリヒ陣営は帝国との戦において盤石な状況を作ることに成功した。
すいません。
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