商魂
ロレンツォの切れ長の瞳が、獲物を見つけた蛇のように妖しく光る。
張り詰めていた広間の空気は完全にユウとロレンツォの二人に支配された。
まるで、そこには二人しかいないような空間であった。
皆が固唾を飲んで見守る中、ロレンツォはゆっくりと背もたれに体を預けて口を開く。
「……それでは、特使殿。今一度、我が国がどう動くべきか指南していただきたい」
ユウはロレンツォに向けて指を突き出し、要求事項を述べていく。
「まずは、帝国への商いを中止すること。ただし、急に辞めると奴らは何かあったと勘ぐるはずだ」
「徐々に帝国の首を絞めていくということですね」
「ああ……帝国との戦いは長引くはずだ。徐々に渋っていくことで、奴等の物資を減らしていく算段だ」
ユウは円卓に視線を落とし、評議員たち全員に聞こえるように告げた。
「それと……帝国との戦いでの戦利品を、貴国へ格安で供給することを約束する」
その提案に、先程までユウを敵視していた評議員たちの顔色が変わった。
他国が血を流して得た戦利品を底値で買い叩き、それを別の国へ売り捌く。少ないリスクで大きなリターンを得られる。商人にとって理想の展開であった。
「……素晴らしい。実に魅力的な提案です」
ロレンツォが満足げに頷いた、その時だった。
部屋の隅で話を聞いていたダグラスが一歩前に進み出た。
「商いの話はそこまででしょう……。軍を預かる身として聞きたい。結局のところ、某たちは動く必要はないということですかな?」
「我々が動かせる兵力は、ローデリヒの全軍およそ二万……」
イリーナが、的確に自軍の戦力を口にした。
「大陸全土に名高いローディス軍が力を貸してくれるのであれば、私達もありがたいのでは?」
「いや、参戦は不要だ」
ユウはイリーナの言葉を遮り、ダグラスへとはっきりと告げた。
圧倒的な兵力不足であるにも関わらず、援軍を拒否したユウに、イリーナもダグラスも目を丸くする。
「一緒に血を流すと、俺たちに『貸し』が残る。そんな取引はしたくない。だが……将軍、あんたには一つだけやってもらいたいことがある」
「ほう。なんでしょうか?」
「共和国が動かせる三万の兵と傭兵を、すべて東の国境――俺たちのアーベント領との境界に布陣してくれ。そして『共和国は王位継承者リシェルとローデリヒを支持する』と大々的に宣言してほしい」
その言葉の意味を理解し、ダグラスの表情が驚きから獰猛な笑みへと変わった。
「なるほど……王都への牽制ですな。ただでさえ内乱で浮足立っている王都の背後に、三万の共和国軍が牙を剥いて立ちふさがる。奴らは恐れをなして、おいそれと西へ兵を向けることなどできなくなる!」
「王都だけじゃない。ルーヴェルを越えて進軍してくる帝国軍にとっても同じだ。奴等の目には、ローデリヒの二万の背後に、無傷の共和国軍三万が控えているように見える。ただでさえ兵站が伸びている帝国は、その威圧で迂闊に進軍ができなくなるだろう」
ユウは不敵に笑い、言い放った。
「一歩も国境を越える必要はない。ただ陣を構えて、旗を掲げるだけだ。お前たちはそこで、世界一の『脅し』になってくれ」
「……わははは!」
ダグラスはたまらず腹を抱えて笑い声を上げた。
「これは傑作ですな! ただ突っ立って睨みを効かせるだけで、王都も帝国も釘付けにできるとは! 確かにそれなら、一滴の血も流さずに状況をひっくり返せる!」
「剣を抜かずに勝つのが、一番安上がりだからな」
「面白い! やってやろうじゃありませんか!」
軍事的な懸念も、政治的な借りも、全てを解決したユウの手腕に、広間の空気は完全に味方へと変わっていた。
ロレンツォが愉快そうに立ち上がろうとした、まさにその瞬間。
大広間の重い扉が、慌ただしく叩かれた。
「――会議中に失礼いたします!」
衛兵の制止を振り切るように飛び込んできたのは、顔面を蒼白にさせた共和国の伝令だった。そのただならぬ様子に、ダグラスの笑い声がピタリと止む。
「何事ですか……、客人の御前ですよ」
「も、申し訳ありません、ロレンツォ代表! しかし、一刻を争う事態でして……!」
伝令はユウたちを一瞥し、震える声で広間に響き渡る報告を告げた。
「た、ただいま、ガルディア帝国からの使者が……城門に到着しました!」
その報告に、評議員たちが「なんだと!?」と一斉に立ち上がり、広間はにわかに騒然となる。
ローデリヒと密約を結ぼうとしているまさにこの瞬間に、最も恐るべき敵国が扉を叩いたのだ。
動揺が広がる中、ただ一人、ロレンツォだけは全く表情を崩していなかった。
「これは……面白いことになりましたね」
彼はゆっくりと立ち上がり、切れ長の瞳を細めて妖しく微笑んだ。
共和国での交渉は最終局面を迎えようとしていた。




