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24話「直接対決」

 

「今回はお疲れ、みんな」


 蒼い芝生の上で開かれる茶会に、新たに加わった席が一つ。


「私は何もしてないけどねー」


 ネイルを空に掲げながら、さも退屈そうに瑞希みずきは呟く。


「それは悪かったね、次回は多少なりとも配役を用意しよう」

「いや、ほんとのことを言っただけなんだけど。何もしないで済むならその方がいいんだけど」


 苦く笑って、紅茶をすする音を立てた。


「ていうか、聞いたよローエ! やらかしたんだってね!?」


 ここ最近で、今以上に愉快そうな表情をしたことなどない。

 ここしばらく共に行動していた若葉わかばは、何も言わないが確信していた。


「失態と言えば、そうでしょうね。申し開くつもりはございません」

「へぇー随分素直じゃんか?」

「その辺にしてくれないかい? 瑞希。その場には僕もいたんだ。一概に彼一人の責任とは言えない上、僕の立場を鑑みればむしろ責任は僕にある。謝罪を追及されるべきは僕だろう」

「それ言われると何も言えなくなるじゃん。まー別にいいんだけどさー、で、千鶴ちずるだっけ? 魔法適正もなかったんでしょ? 海斗もいた中で何があって逃げられちゃった───」


 言葉の途中で、瑞希の口が不自然に閉じる。

 目には見えない力が働いて、口を開けられないような仕草だ。


「以前にも言ったと思うのだけれど、身の程くらい弁えなさい。貴方程度が海斗に言及すること自体、あまりに不敬よ、いっそこのまま潰してしまおうかしら」

「やりすぎだよ、怜夏」


 ぱちっと一度ひとたび指を鳴らした。

 それだけで掛けられていた力が解けたようで、瑞希は呼吸を荒げて咳込んだ。

 呼吸も整わない間に怜夏へと向ける視線。もはや仲間に向けるそれではなかった。睨み返す怜夏は、座したままとはいえ既に臨戦態勢。

 まさに、一触即発だった。


「───待ってくれないかな、瑞希」


 両手を打った海斗のしぐさで、瑞希と怜夏二人の動きが完全に止まる。拘束されたという表現より、二人に流れる時間が止まった、そう表現した方が適切なほど、完全に。


「僕は、君の先ほどの問いが不敬だとは思わない。むしろことの次第を共有する必要があるとさえ思っている。だから、不敬があったとするならむしろ君だよ、怜夏。まずは冷静になって、瑞希に謝ろうか。それで済むのであればこの件は不問としよう」


 海斗が話終わると同時に、怜夏に物を言う権利が与えられた。


「待って海斗、私は何も────」

「二度は、言わないよ」


 口をつぐむ怜夏。

 若葉は溜息を一つ零し、楓は本に視線を落としたまま。蓮は蓮で、相変わらず筋トレに勤しむだけだった。


「……悪かったわ。瑞希」

「どうかな、瑞希。君の気持ちは理解しているつもりだが、今回の件はこれで鞘に収まってくれないかな?」

「まーいいよ、私、器が広いから」


 頭を下げたままの怜夏を見下ろして、この上ない悦に浸っている様子が見て取れる。

 それもこれもすべて、怜夏が海斗へ抱く感情を知っている故に、満足しているのだ。


「だそうだよ、怜夏。この件はこれで水に流そう。で本題の、ことの経緯なんだけど、」


 顔をあげた怜夏の表情には、未だ多少の不服さが残っていた。


「エキストラの札幌支部で東千鶴の身柄を捕らえたあと、円山総合競技場の地下で僕はローエと合流したんだ。その後身柄をローエに引き渡し、両手足を拘束してもらった。その後、今回使用した異世界へと繋がる門を二人で閉じて回っていたわけだけど、最後の門が閉じるその瞬間、暴れだしローエの手を離れ、自らその門を潜り向こうの世界へ逃げられたというのが、ことの顛末だ」

「ワイの記憶やとあれらの門は、それこそ魔物の群れが住まう森に繋がってたはず。両手足が縛ってあったっちゅーんなら、もう生きてるかも怪しいやないか?」

「ああ。だから情報の漏洩に関しては心配はいらないと思う。でも彼女がなんの目的でハッキングに至ったのかは不明なままとなってしまった」

「それで、ハッキングによる被害状況はどうなっているんだ?」


 今になってようやく席に着いた蓮は、イチゴのショートケーキを素手で掴み取った。

 そしてそれを二口で平らげ「上手いな」っと呟いている。


「現場から押収した機器を解析したところ、データを盗み取った痕跡も、どこかへ流出させた形跡もなかった。ただ能力者のデータバンクにアクセスされ、情報を書き換えたというところまでは掴めているよ」


 徐に右手を持ち上げた海斗は、まるで携帯端末をフリックするようなしぐさで右から左へ手のひらを滑らせた。それだけで長い7人掛けのテーブルの上一杯にデータバンクの情報が現れた。


「その内書き換えられた名簿は500名分に上る。丁寧なことにバックアップデータに及んで改竄されているから、書き変わったことはわかるけれど、どう書き換えたかはわからない始末さ。データの再計測を進めるにしても、一から計測となれば情報の消失を疑われかねない、今回に関してはしてやられたよ」


 能力者を管理する上で必要な情報ではあるものの、言ってしまえば相手がどんな異能を使おうと力でねじ伏せることはできる。

 だが問題は、何をどう書き換えたのかを知りえない限り、何を失ったのかさえわからないということだ。そこにあるはずの、犯人が成し遂げたかった何かさえ、知りえないことになってしまう。

 いくら世界最大の戦闘力を誇っているとはいえ、そればかりは力で補完などできない。

 お手上げとばかりに、海斗は両手を振ってみせた。

 だが、ただ一人。


「あー確かに。書き変わってるねー、この子」


 宙に浮かんだデータに触れながら、「例えばこの子。身長が4センチ体重が2キロ、それぞれ減ってるし、通ってる学校は西区じゃなくて南区。それにステージはAじゃなくてCで、軽傷を治癒できる程度の回復系の古代魔法を得意としてるが正解。数か所もいじられてる」なんて、さらっと言ってみせた。


貴方みずき、もしかして全部覚えているの?」

「当たり前じゃん」

「当たり前って……能力者の総数は約88万人よ? それ全部を覚えてるっていうの?」

「私の能力忘れてない? 人の精神に干渉できるって言うのは、自分も例外じゃないんだよ? 忘れたくない記憶に鍵を掛けるみたいに、固定しておくこともできるの」


 あまりの突拍子もない発言に、全員が目を見開いた。


「じゃあ瑞希、書き変わっている名簿全部の復元は可能ってことでいいのかな?」

「うん、500人くらいなら3日もあれば終わると思うよー」

「……改めて謝罪するわ、瑞希。私は貴方を随分と低く見積もっていたようね」

「え、何急に? キモいんだけど? まぁ、脳筋には到底無理なことだとは思うけど」

「やっぱり貴方、死にたいみたいね、いいわ今この場で潰してあげる」

「まぁまぁ、怜夏。今回ばかりは大目に見てあげてくれないかな?」


 あからさまに怜夏を嘲る表情の瑞希だったが、「もちろん、次はそれ相応の対処をさせてもらうよ」っという海斗の言葉を聞いて渋い表情になった。


「ほんなら、この件はこれで無事収集ちゅーことやな」

「ああ、ひとまず瑞希のデータ復元を待って、再度議論する形になりそうだね」


 海斗の、宙を掴むような素振りで宙に浮かんでいたデータすべてが消滅した。


「それで、ワイらはまだ本筋の報告を聞いてないんやが、そっち方はどないやったんや?」


 今日も若葉は一人湯呑に、甘未は三色の串団子。

 先端についたピンクの餅を食いちぎる。


「そうだね、今回の目的の一つだった人物Sの識別に関しては、黒の可能性が強い」

「会ったんか? 人物Sとやらに」

「いいや。この会議の前怜夏とも話したんだけど、あの日、莉子が能力を使った兆候はまるで見られなかったらしい。でも、それとほぼ同様の能力を僕の方で観測したんだ。何をする目的で絶対領域を展開したのかは、わからないけれどね」


 その表情は誇らしいというよりはむしろ、悔しさに近かった。


「ほぼ同様か。領域を確認したお前でも断定には至らなかったとはな」

「僕も領域を感知できるわけじゃないからね、あくまでも似たような能力が発動されたことまでしかわからないんだ」

「亜空間が展開できなくなるんだっけ? 莉子っちとまったくおんなじかどうかはわからないけど、空間に作用する系統の能力者が現れたっていうのは確かっぽいね」

「だが僕の意見を言わせてもらうと、それが絶対領域である可能性が高いと思っている。空間干渉系能力は極めて特異なものだ。こういう考え方はあまり好まないんだけど、怜夏のサイコキネシスや瑞希の精神干渉のように、強弱はあれど比較的発症事例の多いものではないからね。だから、莉子が能力を譲渡したか、何かしらの方法で習得させた可能性を考えている」


 先の尖った獣耳がぴくっと動いてから、パタンと本が閉じた。


「────能力の継承は、未知の分野」

「ああ、楓の言う通り、能力を他人から奪ったりあるいは、譲渡したり、発現を促すことは今のところできない。遺伝も含めてね。それが可能ならそもそも、魔力回路を消失させるなんてことはせず、能力だけ奪って息の根を止めるだけで良かったわけだから。けれど、僕たちが知る技術がこの世のすべてではないよ。それに能力のコピーは可能だ。カード化したり一時的に借り受けたりそういった能力があるのも事実だからね」

「けれど川上さんは、そんな話をしなかった」

「そうね、意図的に隠しているのか、あるいは人物Sと莉子との間に繋がりがないのか、どちらとも言えそうね」

「いやでもさー、記憶がないパターンもありえない? いくら莉子っちとはいえ、魔力回路を失ってるわけだから、複数人の相手は厳しいっしょ。能力を奪える人物と精神干渉系の能力を持つ人が組めば、今の状況もありえるよねー」


 真面目に議論をしているかと思いきや、みずきの視線は手元のスマートフォン。海外アパレルブランドのオンラインストアを眺めていた。


「ワイもそっち側やな。先のハイジャックの件を思い出せば、川上の娘らしからぬ行動が目立った。言い換えればそれは、人物Sに絶対領域を使える確信がなかったちゅうことや。その点を見るに、川上の娘と人物Sとが協力していることはないやろ」

「その結論は早計よ、若葉。莉子と繋がりがあったからと言って、人物Sが完璧に絶対領域を使いこなせるとはならないわ」


 互いに言葉がなくなって、海斗は紅茶を口に運んだ。


「一旦整理しようか。まず考えないといけないのは、人物Sを特定することだ。現状わかっているのは、空間に干渉できる能力者であるが、莉子との繋がりは不明。人物像としては、ハイジャックを阻止した点を見るに、正義感の強い人物だろう。今回の件でも何かしらの形で関わっていたため、現場で領域を展開していたと考えられる。実際、誰の仕業か不明だけれど僕とローエが門を閉ざす前に、そのいくつかは破壊されていたからね」


 コップを受け皿に置いてから、海斗はなおも続ける。


「だけどそれならば、人物Sはある意味簡単におびき出せる。ということだ。後はその正体をどうやって観測するか、だね」


 領域の出所は掴めず、そもそも観測も不可能。加えてあまりに広大な干渉範囲を有するため、仮に能力を使わせたところで術者の特定は困難を極める。

 しかし、この難題を前にしてもわずか数秒で海斗の口元が吊り上がる。


「何か思いついたようね」

「ああ、僕はもともとこういう厄介ごとは、早めに摘み取っておきたい主義でね。今回は諸々の事情が相まったけれど、次回はこれといって縛りもない。人物Sの炙り出しに専念できるんだ」

「なーに? 海斗、もしかして次で終わらせるつもり?」

「上手くいけばそうなるだろうね。差し当って瑞希、かねてより君とローエが考案してくれた、あの案件を実行に移そうと思う」

「え? いいの!?」

「ああ。次の舞台はそこにしようと思う。ただ立場上、最終的には復元させてもらうことになるけれど、それでもいいかな?」

「うん! 私達的には、そこは目的じゃないし、ねっ、ローエ?」


 普段通り落ち着いた声で、「そうですね」と返しつつも表情はとても愉快そうだ。


「じゃあ、その手筈は僕が行うとして、それとは別にみんなにはそれぞれやってもらいたいことがあるんだ」


 椅子から立ち上がって、背後に広がる広大な地平線を見つめた。


「まずは瑞希。先ほどお願いしていたデータの復旧と、今度は能力のコピーや模倣といった能力者を洗い出して欲しい。アーティスト権限で召集を掛けてもらって、前々から進めている能力の継承に関する研究に協力してもらって。あーそれと、二人の計画について、僕は詳細まで理解していない。使う設備とか専門性が高いしね。その辺のセッティングは任せるよ。今回は若葉とローエ、この二人をその補佐に充てるから、存分に頼るといい」

「ほーい」


 若葉もローエも頷きはすれど、言葉はない。ただ互いに顔を見合わせ、長い息を吐いた。


「次に蓮、君には僕の代わりに異世界がらみの案件で動いて欲しい。具体的には3つ。1つは、さっきの話にもあった東千鶴の件。念のためだけど、彼女が逃げた異世界でその後を調査して欲しい。あの状況から生き延びているとは到底思えないけれど、生きているならむしろ僕らにとっても好都合だからね。2つ目は今回、副たる目的で異世界へと送り込んだ彼の様子を見てきて欲しい」

「彼? 誰のことだ?」

「あー蓮、ローエのメッセ読んでないでしょ? 今回のターゲット、『曹操そうそうのレンタルフリー』著者だよ? 私あれ続きめっちゃ気になってるんだよねー、会えたらサインもらっておいてくれない?」

「……気に留めておこう」


 瑞希は一人、「やったねー」とはしゃいでいた。


「3つ目、いいかな? これも調査なんだけど、ショッピングモールテロで送った転生者の6割がそろそろ帰還しそうなんだ。これで2つの異世界が無事に、危機を乗り切ったそうだよ。まぁでもこの前観測した時には、有益な転生者は見られなかったから望みは薄いかもしれないけどね。ただそれでも、物語の終盤を経て著しい成長を遂げることもあるから、怜夏と一緒に、その査定をしてほしい。それとこっちの世界に戻ってきた時の振り分けも、大まかでいいから考えておいてもらえるかな」

「珍しく仕事が多いな」

「つべこべ言わないの。私も手伝うのだから、そう長くは掛からないわ」


 心なしか、蓮の表情は歓迎している時のそれではなかった。


「楓は、僕の手伝いをしてもらえるかな?」

「ん」


 その返事は、時間にしてわずか、零コンマ3秒にも満たないほど短い。


「決行は今月末。おおよその計画が立ったら、また個別に役割を振るからよろしく頼むよ」


 返事が返って来ることなどない。

 それもそうだろう。

 海斗が振り返ったテーブルに、落ちる影は海斗のそれだけだ。

 右手を伸ばした先に、空間が歪み、現れる亜空間。


「それじゃあお待ちかねの、直接対決といこうか」


 その中へと、海斗が消える。

 テーブルクロスと芝生が揺れ動く。

 しばらくは、柔らかい風が居座っていた。


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