19話「裏側の最終日」
時間は結構前に遡る。今朝のことだ。
場所は東京。新宿でも西に寄せたところに、アーティストは本部を構えてる。
それも、都庁から目と鼻の先。
「ねぇ、涼乃……これは一体どういうことかしら?」
「どしたの、伶夏≪れいか≫? 怖い顔して」
敷地内には娯楽施設なんかも設けられていて、今私がいる温水プールもまさにそれ。
そんなところに呼び出すなんて、伶夏にしては随分気が利いている。にしても、わざわざ一般開放エリアを見下ろせる位置に、アーティスト専用プールを用意している辺り、ほんと伶夏らしいけど。
「私の記憶違いじゃなければ、声をかけたのは貴方個人のはずよね、涼乃?」
「何当たり前なこと言ってるの?」
首をかしげる涼乃の背後には、顔も性別も年齢さえばらばらな大所帯が出来上がっていた。
「なら後ろの方々は?」
「私のファンクラブの子達だもん、私から誘わないと変じゃん」
「聞きたいのはそこじゃないわよ、どうしてアーティスト専用エリアに、一般人を連れて来ているのかってことよ」
「あぁ、そう! そうなのさ! ねぇ、聞いてよ、怜夏。今日さ札幌でさ、なんか大会があるらしいじゃん? なんだったっけな。いーと? みたいなやつ。それに乙音≪おとね≫が出るからってさ、みんなそっち行っちゃうんだよー、せっかく誘ったのに酷くない? だからさー一人で行くのも寂しかったし、ファンと交流できるのってこういう時しかないじゃん? まぁちょうどいっかーって思って」
さすが涼乃。にしても人数くらい考えなよ、30人はいるよ?
もともと10人しかいないアーティスト用のプールに、その人数は無理があるでしょ。
「どうして、呼んでいいと思ったのよ……」
「えーなんで? じゃあ莉子≪りこ≫もでしょや!」
「一緒にしないで、私が呼んだのエキストラ所属の二人だけだから」
「開き直らないでくれるかしら? 貴方も同類よ? 私招待状にちゃんと書いたわよね? 私と楓、涼乃、莉子の4人で会いましょうって」
八八地には適当に言ったけど、そのメンバー相手に、今の私が一人で会いに行くなんてできるわけない。
でも同時に「アーティストは正義の味方」なんていう幻想があるから、エキストラを含め一般市民からの支持が厚い。
裏を返せばそれは、一般市民やエキストラがいる前では、直接的に動けないということ。
そのうち、この場にふさわしいのは、まず間違いなく後者でしょ。
「書いてたっけ?」
「それしか書いてないわよ!」
私のこれは、完全に意図的だ。
「あーなんていうか、仲間になりたそうにこちらを見ていたから」
「ゲーム感覚で誘わないでくれるかしら?」
「あのーすみません、伶夏様。私たちやはりお邪魔でしたか?」
声を掛けた二人は、伶夏のファン。
適当にネットで今日のこの時間に、伶夏がここに来るなんて流しておけば、それなりに人が来る。
あとは、交流会で見かけたことのある顔に声を掛ければいいだけだ。
それでもこの二人がアーティスト側じゃないって確証はなかったから、本当に気休め程度だった。だから一般人を連れてきてくれた涼乃には感謝しておかないと。
いくらアーティストといえど、年端もいかない子供にまで裏の面を晒すとは考えにくいし。
「………いいえ、いいわよ、別に。こうなっては今更だもの」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「ありがとうございます! 私、1度でいいから伶夏様とお話してみたかったんです! そ、それと、水着! とてもお似合いです!」
「あらありがと。けれど真希≪まき≫、そうもかしこまられると私もやりにくいの。今くらいフラットに接してもかまわないのよ?」
「わっわかりま──わかった……」
「わわわ私も! 私もいいですか!? 伶夏様!」
「ええ。むしろ私からもお願いするわ、岬≪みさき≫」
なんで二人ともの名前、知ってるわけ?
相変わらずファンサには抜かりないな、伶夏は。
「話終わった? じゃあさじゃあさ、まずはみんなで準備体操しよ!」
「そうね、一般の方を呼んだ以上、楽しんで帰ってもらわないと海斗の方針に反するもの。みんなでもてなしましょう。真希と岬には悪いけれど、運営の方手伝ってもらっていいかしら?」
二人は嫌な顔もせず「はい!」なんて言ってるけど、私、もう引退した立場なわけで。
ていうか楓は?
なんて思って周りを満たしてみると、一人だけサラウンジャーに寝そべって読書してるし。
私もぬけだっそかな。
「どこに行くのかしら? 莉子」
「トイレー」
「悪いのだけれど、ただでさえイレギュラー続きで忙しいの。嘘はいいから、あっちの物片づけてきてくれないかしら? 準備体操のスペースを確保したいわ」
「……私、もうアーティストじゃないんだけど?」
「この場でそれが通用すると思うのかしら? まぁ、貴方がそうしたいというなら、客側に回ってもらっても構わないのだけれど?」
一般客側に入った方がしんどいの、わかってるくせに。
「楓にも手伝わせないと不平等でしょ」
「彼女がこういうの苦手なの知ってるでしょ? また別のところで活躍してもらうつもりだから気にしないの」
私だって得意じゃないの知ってるでしょ。
「他に言うことは? ないなら早いこと動いてくれるかしら」
不服この上ないんだけど、何も言い返せなくなったから仕方ない。手伝うか。
あ、でもそうだ。
「手伝ってあげるけどさ、まさかタダでとは言わないでしょ?」
「わかったわよ。お金でもなんでも用意するから、早くしてくれる?」
「はいよー。で、涼乃。今日のスケジュールは?」
「遊ぶだけだけど?」
え? 噓でしょ?
「待ってくれるかしら、涼乃。まさかとは思うのだけれど、なんの企画もなしにこの人数を集めたわけでは、ないわよね?」
「あたりまえでしょや、やりたいことくらい考えて来てるって」
「そ、そうよね、よかったわ」
怜夏は安堵してるけど、私にはわかる。涼乃がそんな計画性を持ち合わせているわけがない。
「念のため確認したいのだけれど、何をするのかしら?」
「んーとね、まず準備体操でしょー、それから泳いでービーチバレーして、スイカ割もしたいなー。あとはビーチフラッグとか砂のお城作りとか! あっ、お昼はもちろんバーベキュー! 当たり前だけど、ジンギスカンだから」
ほら、言わんこっちゃない。
「涼乃? タイムスケジュールが一切ないのは、言っていないだけで決まっているからなのよね? それにビーチバレーもスイカ割もこの人数だと全員で遊べないと思うのだけれど、人数の振り分けとかも当然決まっているのよね?」
そもそもビーチフラッグもスペース足りないでしょ? 砂場にいたっては存在すらしないし。
それにスイカもジンギスカンも持ってきているようには見えないんだけど。
「ん? いる、それ? 泳ぎたい時間泳いで、いい感じのところでやりたい人集まってビーチバレーして──」
「──もう結構よ、わかったから、最後にこれだけ聞かせて。今日ここで何をするかは、伝えてないわよね?」
「何するかわからないのに、来てなんて言えないでしょ? ちゃんと全部伝えてるよ?」
あの怜夏に頭を抱えさせるとは、さすが涼乃。
「なんていうか、ご愁傷様、怜夏」
この時点でもう、内容の変更はほぼ無理。
涼乃ファンクラブの人たちだけを集めたとはいえ、この場に私や怜夏、楓がいる以上、アーティスト公式の催しと受け取られているはず。にもかかわらず、呼ぶだけ呼んで、実はなにも決まってませんでしたーなんて言った日には、アーティストそのものを信用していいのか、疑念を抱かれかねない。
まぁ、どれも一般開放エリアが使えれば話は別だけど、今はゴールデンウィークの真っ只中。一般開放エリアも人で溢れかえっているわけで。
「……まだよ。まだやれるわ……こんなところで負けるわけにはいかないのよ」
怜夏には申し訳ないけど、この時ほど引退しててよかったと思ったことないな。
「莉子、真希、岬。悪いのだけれど、準備体操始めててもらえる? 私は内容を変えず詳細を詰めてスケジュールに落とし込んでみるわ。間に合うかわからないけれど、諸々の手配もかけないと」
「本気? まぁ、やるなら止めないけど」
「本気も本気よ。ねぇ涼乃? スイカやバーベキュー用の食材はあるのよね?」
「え? ないけど」
「どうするつもりだったのよ!? もしかしてグリルも用意してないの?」
「ここに無いの? ないなら無いで買いに行けばいいかなーって」
「プールでグリルの貸し出ししてるわけないでしょ!? あぁーもうっ! 食材はともかく、まずは機材と場所の確保しないと」
パラソルテーブルに置いていた透明のバックからスマホを取り出すと、操作しながら速足で更衣室へ。
スマホを耳に当ててから振り返って、
「10分頂戴、ビーチボールの会場押さえてくるわ」
「はいよー」
プールに用に縛っていた髪が、一度も濡れないままに解かれ、怜夏は更衣室へと姿を消していった。
「ねぇ莉子、今日の怜夏、なんだかすっごく張り切ってるね」
「……そうね。まぁほっといて、私たちは私達で準備体操始めよ」
「うん、そだね! じゃ、みんなに声かけて来る!」
「お願い」
まだ何もしていないのに額には汗が滲んでいて、札幌とは違う東京の温かさを実感した。
ところどころ日が差し込む空も、午後には曇るらしい。天窓を仰いで、額の汗を拭った。
来る前感じていた嫌な予感とは裏腹に、まったく予想だにしていなかった一日を始めることになってしまったのだった。
「ここまでくればもう大丈夫そうね」
怜夏がほっと一息ついたのは、無事にお昼を迎えた頃だった。
ビーチバレーとスイカ割が終わって、ビーチフラッグと砂遊びを残すのみ。ここまでつつがなく進められたのは、さすがと言うべきだ。
一般開放エリアのビーチバレーコートを使用するため、急遽施設内で水上パフォーマンスイベントを開催し一般客をプールへ誘導。
使用率が減った隙にコートを占領し、参加者希望型で3試合ほど行った。
その間、水上パフォーマンスイベントの仕切りをしつつ、スイカ割の会場およびスイカを手配。同時にバーベキュー用の機材と食材の仕入れ先も探し回っていた。
スイカ割の会場は、波が作れるプールの砂浜。
スイカ割の最中は一般客が入らないよう、「イベント準備のため使用禁止」と銘打って貸し切ったため、昼過ぎからそこでライブイベントを行うことに。
そうこうしている間に昼が近づき、さすがにバーベキューを施設内でするわけにもいかないし、アーティスト専用エリアの屋外テラスを使うことにした。
グリルや食材の搬入は楓が手伝ったみたいで、食材が若干海鮮寄りになっていたとはいえ、ちゃんとジンギスカンも用意されていたし、量も十分すぎるほど確保できていた。
「午後からのライブイベント、演者大丈夫なの?」
施設職員にも動員をかけ肉を焼かせている傍らで、ジンギスカンを頬張る。久しぶりに食べたけど、美味しい。そして相変わらず独特の匂いだ。
来場者の様子を見てみても、概ね楽しんでもらえているように見える。
「ええ。こういうイベントを企画する機会がなんだかんだ多いから、お抱えの演者がいるもの」
「ビーチフラッグとかの会場は?」
「ここよ」
「地べたでやるつもり?」
「まさか、楓の土属性魔法で砂を敷き詰める予定よ。魔法を解けば砂もなくなるし片付けも簡単でしょ? ビーチフラッグに参加しない人とか小さい子なんかは、端で砂遊びをしてもらえば一石二鳥だし」
怜夏は肉に塩を振りかけると、「ビーチフラッグの距離が多少短くなってしまうけれど、それくらいはまぁ、よしとしましょう」なんて言ってから頬張った。
「お疲れ、まさかここまでするとはね」
「私達の地位は信頼があってこそだもの、その辺を後でじっくり涼乃に伝えるつもりだから」
すごく悪い顔してるけど、きっとその話が理解できるならそもそもこうはなってない。
言葉にはしないけれど、涼乃に説明したところで無駄だろうな。
「ねぇ、莉子。この後ちょっといいかしら?」
「抜け出す気?」
「ええ。あとの予定は真希と岬に伝えてあるし、ここの職員にも協力を頼んであるから問題ないはずよ。それに、今日あなたを呼んだ本来の理由、済ませないわけにはいかないでしょ?」
「……あの話。ね」
私がわざわざ危険を冒してまで怜夏の誘いに乗った理由が、その話を聞くため。
今更断るわけなんてない。
「ええ。まだ公にはなっていないし、アーティストの中でも実際に調査を担当した瑞希と琥珀、それと私と彼しか知らない話よ」
「それ、今の私が聞いていいわけ?」
「貴方に聞く権利がないなら、他の誰にも話せないわよ、それにこの前の件もあるし、少なからずアーティストの面々には知らされる話よ」
「この前の件?」
「電話したでしょ? ハイジャックの件よ」
食べかけの皿をテーブルに乗せると、怜夏は立ち上がった。
「楓、私達少し空けるわ。何かあったら連絡して頂戴」
楓の返事も待たずに後に続くよう促されたから、更衣室へと向かう怜夏のあとに続いた。
怜夏はバスタオルを、私は着て来たパーカーを羽織って、プールから大浴場へと続く廊下を歩く。
「あまり回りくどい話し方は好きじゃないから、結論から言うわね」
大浴場もアーティスト専用と一般開放エリアとで分かれていて、今は私達以外に人の気配はなかった。
少し前を歩く怜夏の表情は、ここからでは伺えない。
互いに顔を見合わせることもないまま「ここだけの話なのだけれど、」と切り出した。
「貴方が魔力回路を失うこととなったあの事件、破片から魔力の揺らぎが観測されたのよ」
「それってつまり、」
「ええ、あの事件は誰かが意図的に引き起こした可能性が高い。ということよ」




