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18話「生まれ変わったとしてもまた」

 

「久しいな、千鶴」


 目に映ったのは、紫色の長い髪。

 会ったことも、話したこともない長身の女が、立っていた。


「初めて話した日のことを、お前は覚えているか? 私は覚えているぞ」


 直感や予感、霊感そして魔法。そういった曖昧で根拠のない類のものを、私は信用していない。

 たとえ、目の前の女が誰で、なんと呼ばれていようとそれだけで確信には至れない。


「正直、面倒くさい奴だと思った。だがそんな面白い奴がいてもいいだろう。ともな」

「私に君と話した記憶などないのだがね」

「お前ならそう言うだろうな。だがお前は私のことをわかっている。わかっている上でそう返すことさえ私はわかっているが、それでも実際そう言われると……なんだ、寂しいものだな」


 記憶にない香りが、風に運ばれて届いた。

 その名を知る由もないがわかる、花の香りだ。


「まるで、何を言えば私が納得するのか、わかっているかのような口ぶりではないか」

「八千代から大まかな事情は聴いているが、私はなにもお前の説得を頼まれたわけではないぞ?」

「違うと言うなら、なんのためだと?」

「こう面と向かって話すのは数年ぶりなんだ、どうせ話すのならそれに見合った話題にしないか?」

「私と君の間にふさわしい話題とやらがあるというなら、聞こうではないか」

「ふさわしいかはさておき、私からお前に聞いておきたかったちょうどいい話ならあるさ」


 不意に差し出した手のひらに、淡い光の花が咲いた。

 黄色く光るそれを少しだけ浮かばせながら、「いつか見たあの光景が、今もなお脳裏に焼き付いている」と。


「空一面を埋めて散る、パゴタニタの群生を──書き出しは確かこうだったな。あれからどれくらい進んだんだ? 電界録上のパゴタニタ(あの話)は」

「もはや何の意味もなさないその話に、私は付き合わないといけないのかね? 君がそれを知っているからといって何も変わらないというのに」

「さっきも言っただろ? 説得に来たわけじゃないんだ、知りたいのはあれからどれほど進んだのかということだけさ」


 知ったからと、どうにかなるわけでもないその話を、どうしてそうも聞きたがるのか。

 手のひらから舞い上がった光の花は、風で舞いあがり、私の頭上で散っていった。


「生きとし生ける者の理想と、この世のすべてが記録として具現化された理想郷、『電界録』。そこは住む人間全員の願いが叶う電脳世界で、人類が地球を捨ててから久しい時代の話だったはずだ。そして数十年に一度、電界録のありとあらゆる場所でパゴタニタが群生となって咲き誇る。数日間の後、一斉に散る光景が一種の風物詩となっているが、それが誰の理想から来たものか、あるいはどこかの世界の神話から来るものなのか、誰一人としてそれの起源を知るものはいなかった。ただ一人、その花と同じ名前を与えられた少女、パゴタニタを除いては──私が覚えているのはそこまでだ、少なからず一緒に作った部分もあるがな」


 ネットに投稿しているとは言え、さして人気もないこの作品を、よくもまあ知っているものだ。

 どのみち、私にはここから逃げ出す術もない。大人しく言う通りにするとしよう。


「……電界録のメインシステムは地球にあるが、管理がAIに任されている。地球はすでに生物が住める環境ではなく、唯一生存しているのがパゴタニタと呼ばれる突然変異から生まれた植物。驚異的な繁殖力と生命力を有しており、炎で燃やせず金属やコンクリートさえ糧とするそれは、数十年に一度電界録のメインコンピューターが格納されている建物にも繁殖する。そうなった時、電界録上にパゴタニタの花が咲き、現存する人間からランダムに一人、パゴタニタが選ばれる。選ばれた者は、AIからすべてを聞かされると同時に、電界録からその存在を忘れられ地球へと送りこまれる。パゴタニタの花を散らすために」

「そんな風になったのか。流れをみるにパゴタニタは人類が生きるために犠牲にされるといったところか、お前が好きそうな話には思えないが?」

「犠牲にされているわけではない。すべてのパゴタニタは根で繋がっており、その根は核となる部分に繋がっている。それを引きちぎるだけですべてのパゴタニタは散り、送り込まれた人間は再び体を捨て電界録に帰ることもできる」

「それでは話が進まないのではないか?」


 何かこう、いやに懐かしい感覚がする。思い出のどこかで似たような体験をしていたんだ。

 夕暮れの図書館だったか、私の自室だったか。

 その正体を求めて、私は首を横に振って答えた。


「ただしパゴタニタを散らした際、寄生され命を落とす。そしてその死体からまたパゴタニタの花が咲く」

「やはり犠牲になっているではないか?」

「そうだが違う。散らされる都度パゴタニタは進化する。電界録にパゴタニタが咲くまでの周期が徐々に短くなっていくんだ。物語は人類最後のパゴタニタが選出されたところから始まる。犠牲の上に成り立っていた人類が漏れなく全滅する寸前からな」

「よりお前好みの話ではないだろ? なぜそうなった? あいや、別に悪いわけではないのだが」


 目の前にあいつがいたら、おそらく同じようなことを言うのだろうな。

 柄でもないが、平和で誰も傷つかないような話の方が私の趣向には近しい。この作品は私の好むストーリーと乖離しているんだ。

 それでも、これが今の私なりの答えだ。


「当然結果的には滅ばないさ。だが最後のパゴタニタは、かなり早い段階で選出される。散らしたところでどうせ意味などないそれにどう対処するのか、その答えを求めてAIが最後のパゴタニタに託すんだ。主人公はそんな事情を一切知らないごく平凡な男。最近、パゴタニタを名乗る女からよく語りかけられる夢を見ることくらいが特徴といえる。なんだかんだあって二人は出会い、事情を知った主人公がパゴタニタと電界録を守るために奮闘するんだ」

「電界録にパゴタニタの花が咲くから、『電界録上のパゴタニタ』か。パゴタニタには花と人両方の意味があるとはいえ、タイトル回収にしては少し薄味ではないか? まぁ処女作というならそれくらいか」

「勘違いされてもらっては困る。それは最初の回収に過ぎない」

「次があるのか」


 現実は所詮、残酷で不格好だ。

 悲しみも喜びも混在し、それらが平等にあてがわれるようなことさえもない。

 電界録なんてものができたとしても、現実が別にある以上そこは変わることがないのだろう。


「物語の終盤、二人はパゴタニタの進化をリセットし、今後一切の進化を停止させる方法を見つけ出す。そして実行すべく電界録の外へと出るんだ。そこで主人公はAIによって忘れさせられていたパゴタニタの正体が、自分の恋人であることを思い出す。だが、パゴタニタをリセットする際、彼女が主人公を庇いパゴタニタに飲まれてしまう。しかしそこで、主人公の咄嗟の機転が利き、彼女の意識のみを電子デバイスに移し事なきを得るんだ。最終的にパゴタニタのリセットは完了し、その後は、年に1度決まった時期にだけパゴタニタが咲くようになり、事情を唯一知る主人公が散らす役目を担っている。そして意識だけの存在となったパゴタニタは、AIに同期され電界録の管理を行っているんだ」


 主人公《彼》もきっと、私と同じ想いを抱えながら生きていくんだ。

 私があいつを失ったように。

 あいつがこれを残していってくれたように。


「故に電界録上のパゴタニタとは、パゴタニタの名を与えられ電界録からその存在を消されながらもなお、『意識だけの存在として電界録を管理しているパゴタニタ』。彼女そのもののことだ」


 そして彼は、パゴタニタを散らす度に思い出すはずだ。

 大切な人の存在を。


「……まさかお前が、それほどまで作りこんでいるとはな。だがおかしくないか? 進化をリセットしたという割に、パゴタニタの咲く頻度が増えているではないか。それに主人公がそれを散らした後、なぜまたパゴタニタは咲いてくるんだ? 毎年主人公が散らしているのなら、死人は出ていないのだろ? それに何より、パゴタニタを散らさねばならないのなら、そもそも人類は助かってなどいないではないか?」

「何を言っている」


 いつかの私のように、間の抜けた問いかけが私の頬を緩ませた。


「だから物語は続いていくのではないか。主人公はそれらの疑問や問題と直面し、一つ一つ解決していかなければならないんだ。今度は人類を守るためではない、想い人を守るために」


 あいつに伝えたかったこと、作品に込めた想い、そう言った諸々を吐き出せて、少しだけ肩の荷が下りた気がしたんだ。


「すごいな、千鶴。素直に驚いたよ、面白そうな物語じゃないか。あとは本文次第といったところだな。実際進んでいるのか?」

「そこが一番難儀しているところだ」

「だろうな」


 口が勝手に動き出して、「ごめん、こっちの世界が立て込んでるからさ、そろそろ話つけてくれない?」と告げた。

 体が勝手に動く感覚は、気味が悪い。これがリンクという能力なのだろう。


「というわけだ、千鶴。今度は本文の方を見せてくれ」

「……私はまだ、君を咲だと認めたつもりはないのだが?」

「それはそんなに大切なことか? お前がそういうのなら、私はなにも咲でなくとも構わんさ」


 言葉は鮮明に聞き取れて、意味さえも理解しているというのに、どうしてこうも言葉が出てこないのだろうか。


「な……何を言っているのかね?」

「そんなに驚くことか?」


 表情こそ笑っているものの、冗談を言っているようには思えなかった。


「私はもう、姿が違うし声も。存在そのものが以前と違うんだ。であればそれを咲だと断言できる方が異常ではないか? 私にもわからないんだ。何をもって私は、私を咲だと定義する? 咲を咲たらしめるものとはなんだ? 記憶か? 魂か? 記憶だとするなら、いつの記憶があればいい? 全部か? であれば私は既に、失くしてしまった記憶ばかりだ。一部だけでいいというのなら、その時の記憶を共有できる全員が咲だとでもいうつもりか? だいたい同じ記憶を持っているなどと、どう証明できるというんだ。魂であれ同じだ。その辺の小石や雑草に私の魂が宿っていないと、誰がどう証明できようか?」


 まくしたてるようにも、討論しているようにも思えた。

 それでも、


「だから私は思うんだ、個人を個人たらしめるものそれは──」


 発せられた言葉は、胸の奥にすっと落ちる。


「『今のその人、すべてだ』と」


 途端にだ、目の前が明るくなるような錯覚がしたんだ。

 空には雲の一つだってなければ、何かが瞬いたわけでもない。

 けれどもそれは、差し込んでいた。


「お前がまだあの時の咲に囚われているというのなら、私は敢えて、私から言わなければならない。柴崎咲しばざきさきはもう、死んだんだ。と。ここにいる私は咲ではない、グローリアなのだと」


 世界を照らす陽のように、皮膚をすり抜け身体の内側を温めたんだ。


「だが千鶴、それでもよければまた、私と話をしてくれないか? 私はまたお前と、あの時みたいにどうでもいい、なんてことのない話がしたい」


 個人を個人たらしめるものなどに興味はない。考えたことも、ましてや知りたいとさえ思えない。

 だが。

 咲を咲たらしめるもの、その答えなら既にある。

 咲を咲たらしめるもの。

 私にとって咲は──


「生まれ変わったとしてもまた、お前の友達でありたいと思うんだ」


『光』だ。


「……相変わらず、卑怯な物言いじゃないか」

「そうか? まさかまた、さき以外とつるむ気はないなんて、言ってくれないよな?」

「言うさ」


 我ながら理知の欠片も感じない阿呆のような答えだ。

 それでも私は確信している。

 光を感じとってしまった。


「そうまでしてこの私と付き合いたいという変わりものなど、お前以外の他、いるわけもあるまい」


 姿や形、それこそ咲という存在の記憶が有るか無いかなど必要ない。

 ましてやそれが性格や思考、脳や魂なんてものだけで完結するとも言わせない。

 あいつがあいつでいる限り、私はもう五感で感じ取るよりも自然に知覚できてしまうんだ。

 色鮮やかに咲き誇る、その光を。


「そうだろ? 咲」


 どうやら私はもう、自分を賢いとは思えなくなってしまったようだ。


「咲と紹介されれば否定するわりに、グローリアと名乗った途端、咲と呼ぶとは。本当に呆れるな、お前には」

「仕方あるまい、今からお前と友人をやりなすなど、考えただけで面倒だからな。咲にしてしまった方が楽なんだ」

「言うようになったな、その言葉、後悔させてやるから、次会う時まで忘れないことだ」

「ああ、楽しみにしている」


 私が「もう十分だ」と告げると同時に、視界が暗くなっていくのを感じた。

 はっとした時にはもう、目の前に咲の姿はなくなっていた。

 たとえ次がなかったとしても、思い残すことは何もない。

 内側はしばらく、温められたままなのだから。




「ごめんね、今度この埋め合わせはさせてあげるから」


 意識がはっきりして最初に届いた言葉がそれだった。

 何がそうさせるのか知りえないが、これがお人よしという奴なのだろう。


「そうさせてもらおう。して、咲と話せたことには礼を言うが、私の記憶ではそれはあくまで君が独断でなしたわけであって、つまり──」

「協力する気はないってことでしょ? わかってるって」


 これにはさすがの私もため息を禁じ得ない。


「物分かりがいいのは嫌いではないが、冗談の一つも通じないのかね、君は。それとも、ここまでしてもらっておきながら何も感じないほど、私が恩知らずだとでも認識しているのかね?」

「……別にそうは思ってないけど、でも本当に協力してくれるとは思ってなかった」

「協力しても構わないが、条件が二つほどある」


 条件を聞く前から、表情が大きく変わっている。

 それも納得のいっていないようなそれだ。見ていて愉快に思うほど、わかりやすいな。


「この期に及んでまだ条件を提示してくるのか、そう思っているのであろう? そう気負う必要はない。ただ、知りたいのだ、アーティストと繋がっていないのであれば、なぜ私がここにいることを知っていたのか」

「なんだ、そんなこと? 答えを言うと、昨日の段階で千鶴ちゃんがどこに引っ越したのか見当がついていたんだよ。莉子が市内を片っ端から絶対領域で取り込んでいって、千鶴ちゃんを探さがしたの。まぁ、私がそれを知らされたのは昨日の寝る前なんだけどね」


 その上で今日、あの状況の中わざわざ電話でコンタクトを取っていたのか。


「君は阿呆か? それなら電話をかけるより先に乗り込み、私を脅すことも容易だったろうに」

「言ったでしょ? 私と莉子は最初から敵対するつもりなんてないの。協力関係を築きたいのに、押し入りなんてしても逆効果でしょ?」

「君はそんな些細なことに、こだわるのだな」


 私であれば目的を達成するためならどんな手段も取るつもりだ。それが例え、法を犯す行為だとしても。


「変、かな? できるならみんなで手を取り合えた方がいいと思わない? 争いとかなくて楽そうだし」

「それが君のやり方なら私から言うことはない。が、理想主義者の君に残念な2つ目の条件だ。ハッキング用のPCが破損した。代替機の用意がなければ協力ができない」

「はい!? 先に言って!! そういうの!! もう助かったと思ってたんだけど!?」

「そう焦ることはない、幸いここは市街地だ。そして魔物の出現で建物は壊れ街は混乱状態。であれば適当な建物に忍び込み、ネットに接続可能なPCを少しばかり借りればいい」

「できるのそんなこと?」

「先の騒ぎでPCはやられたが、携帯用の電子デバイスがいくらかは残っている。その辺の業務用PCのセキュリティを搔い潜ることなど、造作もない」


 川上莉子の絶対領域とやらがあれば、条件に見合うPCもすぐに見つかるだろう。

 ともなれば憂うべきは、残り時間の方だろう。

 まずは、外出の準備を整えねばな。


「PCの捜索を急ぎ頼むとしよう」

「ど、どこ行くの?」

「少し時間をくれないか? 非常時とは言えこの格好で出歩く気にはなれんのでな」


 あれ以外の服など、あいつからもらったものしかない。

 趣向とはかけ離れているが、この際やむを得まい。


「安心するといい、今度ばかりは逃げるつもりも、意味もない」


 手頃なデバイスを数個、鞄に詰め込んで持ち上げた。


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