16話「それでもなお」
「敬愛する国民の皆さん、こんにちは。内閣府直属異能力テロ対策精鋭組織、通称アーティストの1席、神宮寺海斗です。本日は皆さんに二つお伝えしたいことがあり、この場を借りた次第です。内容の一つ目は、皆さんの中にも不安を感じておられる方がいるのではないでしょうか、先日発生したハイジャックおよび飛行機爆破事件の主犯についてです」
どういうこと?
それがアーティストだって、公開するつもりもないんでしょ。
「我々アーティストがこの事件を調査した結果、とある事実が浮かび上がりました。それは、新たなステージS候補が少なくとも2名、誕生している可能性が高い、ということです」
会場内はもちろん、周辺を歩いていた人々もみんな彼に注目し、思い思いの言葉を零した。
中には感極まって叫び声を上げる人だっていた。
私だって叫びたかった。
事実を捻じ曲げておきながら、平然とした面持ちを保つあの男に。
一言でいいから、叫んでやりたかった。
「一人目はハイジャックされた飛行機を、新テレビ塔に衝突する寸前に静止させてみせた何者か。当時私を含めアーティストは一人として、その場にはいませんでした。そして同様のことは、機体が爆破された空港でも言えることです。我々の調査では、機体に傷がつけられた痕跡がなく、爆発物も確認できませんでした。それらはつまり『魔法的力』に強い抵抗を持つアルミニウムへ、干渉できる何者かが我々の他にいた、ということに他なりません。ご存じの通りステージSという高みに至った者は、その力が強力過ぎる故、申告する義務があります。既にその存在が自明である以上、アーティストとして看過することはできません。特に、ハイジャックを阻止した能力者に関して、我々は敵対を望んでいません。正義の心を持ちながら申し出ないのは、特別な事情があるとし、これよりひと月の猶予を取ることとしました。もし申し出がない場合、我々は武力を持って制裁を下すことになります。故に先んじて、この言葉をもって宣戦布告といたします」
まさかだ。
機体を静止させた能力者に関しては、新たなステージS候補の可能性があるって巷で噂されていた。
それでも、機体を爆破させた側に関しては、憶測の域を出ない陰謀論的な扱いだった。にも関わらず、まさか自分達からそれを公表してくるなんて。
いや、でもだ。
私と莉子がアーティストを疑ったのは、他にステージSが存在しなかった前提があって初めて成り立つ。
であれば、私達は戦うべき相手を見誤っていた……?
ただ、仮にもステージSだ。既に数百万人という能力者の中でもたった10人しか到達していないその領域に、新たに二人も到達したなんて、あまりに出来すぎている。
未だ莉子が抜けて空いた席さえ、埋まっていないのだから。
「今、私の話を聞いて、皆さんはこう思われたのではないでしょうか? 川上莉子が第3席を退いて既に4ヶ月。未だその席も埋まっていないにも関わらず、新たなステージSが本当に誕生しえるのかと」
え?
嘘、でしょ……
「私が伝えたかった二つ目のこと──それでは、会場中央をご覧下さい」
瞬間、空が割れる音が鳴って、眩い一瞬の閃光と共に競技場中央に一人の男が姿を現した。
「ご紹介いたしましょう、彼の名はローエ! ステージSの高みへと到達し、新たにアーティストの末席にその名を連ねた人物です」
会場中がどよめいて、驚きを隠せない。
そして、いつもと違ったざわめきが降り注ぐ中、彼の元へ一人の男が歩み寄る。
伸ばしきった右腕の先から、光が収束し一本の剣となって男の手中に収まった。
「相対するは、集いし猛者達をはねのけ、ステージAの頂点に君臨する挑戦者。もう語ることはないでしょう、彼がその地位にふさわしいかどうか、この声を聞いている皆さんの目で、確かめて下さい」
その言葉を最後に、モニターから彼の姿が消え、向かい合った二人の男が映し出された。
実況も解説も固唾を呑んで、邂逅した二人やそれを見下ろす誰もが言葉を交わさない。
風が吹き抜ける音さえしない会場に13時を告げる時計台の鐘が、鳴り響いた。
勝負は瞬間、
「──剣筋は、素直に賞賛いたしましょう」
その一瞬を、誰が見届けられただろう。
瞬きが終わるころには、二人の立ち位置が入れ替わっていて、既に終わっていたんだ。
「ですがそれだけですね、リク=アイゼン」
そう呼ばれた男の手から光の束が蒸発し、ガクッと地に片膝をつける。
同時にブレスレットが赤く光り、ガラスが割れるような音を立てながら消滅した。
彼の頭上を見下ろすその男の手には、黒い色をした剣にも似た何かが握られている。
「これで証明できたでしょうか? この度10席の地位を賜った私、ローエが、新たなステージSとやらが現れたとて、皆様を守る剣足りえる力があると」
沸いた。
会場中が。
きっと、それだけじゃない。
お昼の茶の間も、どこにでもある定食屋の中も。
私の実家や通っている美容室でさえ、きっと沸いていた。
空に武器を突き出して構える、彼に。
耳を覆いたくなるような歓声とBGMの中、きっと私の心だけだ。
私の心だけが、嫌な不安に駆られていたんだ。
何かこう、世の中のすべてが私の望まない方向へ流れ出したかのような、私一人だけが間違った道を進んでいるかのような、そんな不安に駆られていた。
苛まれていたんだ。
「何を馬鹿げたことを」
手のひらの上の小さな板が、そう息巻いた。
「君たちは未だ、私がそんな初歩的な情報さえ得られていないと本気で思っているのかね? 恐れ入ったよ、その浅はかさに」
「……どういうこと?」
「あの日のハイジャックに関する計画書が、君達アーティストの使用しているパソコンから見つかっている。もはや言い逃れはできんさ。そして君達が言うところの、新たなステージSとやらにそれを阻止された君たちは、飛行機を爆発させるという強硬手段に打って出た。なぜなら君達には、ハイジャックによる犠牲者が300名ほど必要だったからだ。計画書には他に解釈のしようがない文言で書かれていたさ、犠牲者全員を異世界に送るその代わりに、強力な能力を与えられた人物を最終的に日本に送り返す取り決めをしている。っと」
流石はハッカーだ。
そこまで確信に迫る情報を得ていたとは、思っていなかった。
ただ一つ、「君達アーティスト」が私を指していることばかりは、腑に落ちないけれど。
「待って、何か勘違いしてない? 私がアーティスト?」
「そうでなければなんだという? 通常、エキシビジョンマッチは決まったその日に行われることなどありえない。なぜなら、そもそもアーティストが会場入りしていないのだから。だが今日は違った。理由など、どう考えても一つではないかね? 君が今日、この会場に私が来る可能性があると、そうアーティストに伝えていたからではないのかね?」
「ち、違う! どうしてそうなるのさ?」
「では聞こう、今日、初戦が行われる前に私が用意した座席まで来た君は、間違いなく手紙を読んでいたが、その後どこへ行った?」
やっぱり、あの席をどこかから監視していたんだ。
もともと今日、ここへ来る予定があったことが、逆に仇となってるみたい。
素直に話したところで、信じてもらえそうにないことさえ、なんとなく予感してしまった。
「信じてもらえるかどうかわかんないけど、正直に話すよ。私は今日、千鶴ちゃんからチケットを貰う前から、友達とここへ来る約束をしていたの」
「ほお? それで? 君がアーティストと繋がっていないというのであればなぜ、今日に限ってアーティストが会場入りしていたというのかね?」
「それはっ……わからない」
「そう言う他あるまい。だが私はこう考える、アーティストと繋がっていた君は、私の座席においてある手紙を読み、今日私がここへ来ていない可能性にたどり着いた。その旨をアーティストへ報告し、指示を受けるべく座席を離れていた。そこから推察するに、目的は私の身柄を拘束するといったところか」
「それなら最初に出会った時に、身柄を拘束してるはずじゃない? 私と莉子はただ、千鶴ちゃんと協力関係を築きたい、本当にそれだけなんだよ?」
思い返せばここのところ、変に上手くいかないことばかりだ。
なんてセンチな気分なのに、そんなことさえお構いなし。
空はどこまでも青い色をしていた。
「仮にそうだったとして川上莉子が、元アーティストが、アーティストを裏切る可能性と、私と君達とが初めてあったあの時、私の身柄を拘束しなかった何か特別な理由があったとする可能性とを比較した際、現実的且つ論理的に、事象として起こりうるべくして起こっていたと自然に思えるのは、後者ではないか。と、私なら思うのだがね」
手に持っていたそれがただの板になったのは、その直後だった。
「……わからないよ、そんなこと言われても」
考えたところで、もう遅い。
すべては終わってしまったのだから。
起こった現実を受け入れられないまま、それでも足は会場へと向かい、客席入り口から競技場中央を見下ろした。
そこでは、会場の熱気冷めやらぬ間に、今日最後の試合が行われていた。
誰が出ていて、何が起こっているのかももう、興味がなくなっていたんだ。
「え? 今の何?」
会場の真上に、赤黒い稲妻が走ったのはその時だった。
これも何かの演出かなって最初は思ったんだけれど、それが客席にも降り注ぎ人を焦がした瞬間、会場中が理解した。
「急ぎ避難を!」
最初に反応したのは、ローエって人だった。
一たび指を鳴らした途端、競技場に透明な膜のようなものが張られて、晴天から落ちる雷を遮った。
会場がまた違った騒音に満ちる中、電気が放電される時と似た、激しい音を立てながら何度も瞬く。
1分も経たない間に会場の外にまで広がり、音が鳴る度、焼け焦げた匂いが立った。
いつの間にか辺り一帯の空が赤黒い閃光で埋め尽くされ、それが不可解にも模様のように見えた。
「扉?」
競技場に緊急避難警報が流れだし、出入り口は人で溢れかえって、もうパニック状態。
そんな中で私は、憎いほど澄んだ青空を見上げていたんだ。
ゆっくりと開く。
そこから黒い何かが降り、落ちた。
ここからではなにかわからない。
が、地面に落ちたそれがひとりでに動き出し、小さな産声を上げる。
甲高く、ただただ不快な声だ。
その、見るだけで悪寒がするそれには覚えがある。
見たことがあるわけじゃない。でも、いやが応にも肌に訴えかけてくる。
その不自然な魔力の揺らぎで、確信せざるを得ない。
日本で見るのは初めてだけど、私が転生した世界にもそれはいた。
きっと、転生や転移した経験のある人なら見たことある人の方が多いだろう。
魔物と呼ばれる、人を襲う類いの化け物を。
「嫌になっちゃうよ、ほんと」
こんな最悪な気分の時に限ってこんなことばかりが起こる。
まるで、どんな時でも前を向けよ。なんて言われているみたいで、心底うんざりする。
会場の外からも悲鳴が聞こえ、クラクションが鳴り響き、ビルの数軒が崩れだす。
修斗やアリシアは無事だろうか。あの程度の魔物に屈するわけもないけど、数が数だ。
兎にも角にもまずは、状況の把握をしないと。
「莉子、借りるよ」
そこにはいない彼女にそっと、語りかけた。




