15話「想定と実際を」
「いやー初戦から素晴らしい試合でしたねー」
「だねー、でも手のーちを明かしたダズ姉は、来月ちょこっと厳しくなりそー。来月も、1位つーかでアーティストと戦うとこ見てみたいなー」
「それは面白い試合になりそうですね! といったところで、只今より10分間の休憩を挟んだのち、バーリトード部門18篇決勝戦へと参りますので、準備が整うまでの間、しばしお待ち下さい。ではっ!」
大音量のBGMにアナウンスが消え、観客はちらほらと立ち上がり始めた。
「すげー試合だったなぁ」
「ですね……」
試合が終わっているというのに、二人ともステージ中央を見下ろしたまま固まっていた。
しばらく固まっていた二人だったけれど、修斗が徐に立ち上がってお手洗いに行くとアリシアもそれについて行ったから、途端に一人になってしまった。
手持ち無沙汰になってたところで、マナーモードにしていたスマホが、短く振動して止まる。
それを繰り返すバイブレーションパターンは莉子からの着信だから、振動を止めるよりも先にリンクを開始した。
「着信? 出てもいいのよ?」
「んや、そういえばさっき急ぎのLINEが来てたんだけど、返し忘れてたの思い出しただけ」
12時43分。
視界に莉子の携帯が映って、途端に画面が真っ暗になった。それを放り投げる。
私に電話を掛けた直後か。
「そう。ならいいけど。で、話を戻すのだけれど、最近魔力回路を修復できそうな異能力の子を探して歩き回っているというのは、結局のところ本当なのかしら?」
「本当なんだけどさ、なんで怜夏がそのこと知ってるわけ? 怖いんだけど」
怜夏って宮本伶夏か。
「今日、ちょうどここへ来る時なのだけれど、たまたまシリカにあったのよ。彼女の学校にも来ていたとか。話によれば、大黒八千代≪おおぐろやちよ≫って子と会ってたそうね、どうなの? その子。魔力回路を修復できそうなのかしら?」
兎にも角にもまずは状況の確認からだよね。
思考を共有するために心を繋げたんだけど、何か言う前に「待って、余裕ない」っていう莉子の思考が流れ込んできた。
「……結果なんてデータバンクを見ればすぐわかるでしょ」
それはそうだよね。私と宮本怜夏、同時に二人と別々の会話なんて普通はできない。
リンクは切らず、心の繋がりだけ断ち切った。
「言ったでしょ? ちょうど今朝会ったのよ。彼女、旅行って言ってたかしら」
それにしてもどういう状況だろうか。
顔に何かが覆いうずまった感覚があってから、何も写らない。
圧迫されてる感じでもなくて、暖かいタオルで目を覆っているみたい。
湿度がかなり高い。
それに背中を直接揉み込まれるような感触がしてるし、もしかして、マッサージでも受けてるの?
「ふーん、明日から学校なのに、随分余裕なんだね、シリカって」
「ワープポイントでしょ。エキストラだもの、バイトなんて笑っちゃうくらい貰ってるはずよ。貴方だってそうだったでしょ?」
「まーね」
「で、どうなの実際、魔力回路が復元できたら戻ってくる気はあるの? っていうのか、そもそも回復できたのかしら?」
「できてたらこうしてここにはいないって」
「そう……でもシリカの話じゃ、大黒八千代さんとは随分親しいみたいじゃない? こう言ってはなんだけれど、貴方、結構友人は選ぶ方じゃなかったかしら?」
莉子は今、何を考えているのだろうか。
わからないけれど、できる限り状況が伝わるよう、言葉を選んでいるのは伝わってくる。
「……あんまり言いたくないんだけど」
「意外。貴方も言い渋ることがあるのね」
莉子は一つ、ため息を吐いた。
相手は私の異能力について知らなそうだし、言うべきことなんて友達以外他にない。
それでも莉子の不自然な渋りが沈黙を長引かせて、見かねた水滴が代わりにポタっと音を立てる。
今度は小さく、息を吸い込んだ。
「……ユニット、組んでるの」
渋っていた理由はそれか。
そんな場合じゃないし、ていうかもはや今更なんだけど、八八地ことはあんまり広げないで欲しいな。
「ユニット? まさか音楽活動でもしてるのかしら」
「そのまさか」
「……驚いたわ。いいえ、ごめんなさい。別に貶すつもりはないの」
「別に。貶されたからって辞めるつもりもないから」
「貴方ならそうでしょうね……それより、この後、一緒に作戦本部に来てもらえる? 貴方が接触した子達のこと、知っておきたいの」
まずい。
それってデータバンクも見るはずだ。
「なんで怜夏が?」
「異能力の本質はできることじゃない。どう使うか、よ。貴方の能力が戻ってくるのなら、それにこしたことなんてないわ。同じアーティストに所属していた仲間として。一人の友人として」
なんか、想像していた人物像と大分かけ離れている。
もしかして、彼女はアーティストの裏面とは関わってないのかな。
「だからもう一度、考え直してみるのはどう? これでも貴方よりかは頭が回ると自負しているのだけれど?」
「伶夏から冗談が聞けるなんて思わなかった」
「面白いでしょ?」
「腸が煮えくり返るほどにはね」
莉子はどうするつもりだろうか。
いや、答えは一つだ。
拒否したところで、どうせ宮本伶夏は一人で私の情報を確認するはず。
「喜んでもらえて光栄よ。で、どう?」
「断る理由なんてないでしょ? まぁ、無駄だろうけど」
急がないと。
リンクをそのままにして、私は席から立ち上がる。
「あ? 八千代、どっか行くのか?」
「ごめん、すぐ戻るから!」
ちょうど戻ってきた二人と入れ違う形で、私は客席から離れた。
駆け足で向かうのは、Eゲートを出て東側にある街頭。
莉子が宮本伶夏の提案を受けたのは、ギリギリまで時間を稼げるからだ。
なら、私がするべきことは今すぐにでも千鶴ちゃんから協力を得ること。
次の試合が終わるまでなんて、待ってられない。
観客席を飛び出して、行き交う人達の間を縫って、出店の横を駆け抜ける。
でも、行ってどうする?
予定時間前にどうやって千鶴ちゃんとコンタクトを取る?
東ゲートから出たところで、足が遅くなった。
そもそも千鶴ちゃん本人は来ないだろう。じゃあ、千鶴ちゃんはどうやって連絡を取るつもりだったのだろうか。
「……カメラっ!」
ゲートを出て東側に立っている街頭。そこに防犯カメラが付いていた。
見えてるかわからないけれど、これに懸けるしかない。
カメラに向かって大きく両手を振って見せる。それしかないから。
「千鶴ちゃん! 見えてる!?」
だから、何か起こって欲しかった。
今になって思えば、連絡先の一つも知らない。仮に見ていたとして、それでどうやって連絡を取ろうというのだろうか。
そんな至極当然のことさえ見落とすほど、その時は焦っていたんだ。
「だめ……なの」
当然何か起こるはずなんてなかった。
手紙もないし、人もいない。
これ以上、できることなんて──
「あ、あのー」
不意に掛けられた声に振り向くと、男の人がいた。
気弱そうな人だ。年齢は私とそう変わらなそう。
「これ」
面識なんてないその人に突然差し出されたのは、スマートフォン。
その意味を、私は一瞬で理解した。
受け取ると同時に鳴り出したそれに、耳を当てる。
「君には羞恥心というものはないのかね?」
開口一番の言葉がそれだった。
でも嬉しくて、まだ全然早いのに目頭が熱つくなる感じがした。
「……どうしたのかね? まさか、羞恥心という言葉すら知らないとは、言わないでくれるな?」
「千鶴ちゃん! 時間がないの! 協力してくれない!?」
「……まったく、人の話は聞かない癖に言うことを聞けと。君も大概なのだな」
そう言いつつ、「して、何があった?」と尋ねてくれることに、少しばかりホッとした。
「私と莉子に繋がりがあること、アーティストにばれちゃったの!」
「ならもう話すこともなかろう」
「違くて! まだデータバンクまでは辿り着けてないけど、それも時間の問題なの! 今莉子が引き伸ばしてくれてる」
「それで指定の時間前にここまで来たと。実に愚かではないか。どうして私がこの場を設けたかわかるか?」
それがわかっていたなら、こうなる前に解決していたよ。
私が聞きたかったのが、それなんだから。
遠巻きに歓声とBGMが湧き上がって、もう2試合目開始が目前だってわかった。
「どうしたら、私と莉子を信用してくれるの? 何が信用に値しなかったの?」
「今更聞くことがそれとはな……」
それまでの声音とは、明らかに違っていた。
リンクなんてしてなくても、それが心からの言葉だってわかってしまうくらいだ。
「何もかもだ。立場が違えば君もそう感じるはずだが?」
確かに第一印象は最悪だった。けど、咲と話して千鶴ちゃんも気持ちが変わったって思ってたんだよ?
「咲の言葉、届かなかったの……?」
「咲の言葉だと? 私にそれをどう受け止めろと言うのかね? 目に見えない、声も変わらない。であればそれは、単に情報を羅列しただけだ。インターネットが普及した現代に、魔法が現れたって何ら変わらない。君の言葉に、咲の存在を確信させるだけのものはない。よくもまぁ調べ上げたものだと、評価くらいは与えるが、それ以上の何があるという?」
声は私のものだったけど、口からこぼれた言葉は、確かに咲の本心だった。
二人にしか知り得ないことだってあったはずなのに。
それでも、調べ上げただけ。なんて。
「他に言うことはないかね?」
それが、可能性として残っている限り、千鶴ちゃんに信用されることはない。
なら千鶴ちゃんと直接リンクして咲を———
いや、今の咲はグローリアだ。姿形も違えば、声だって違う。
それじゃあきっと、何も変わらない。
「なければ既に始まっているが、2試合目を観なければならない」
「待って」
まだ終わってない。
「何かね?」
まだわかってないんだ。
千鶴ちゃんが何が知りたいのかを。
言いたかったことがこれだけなら、わざわざこの場を設ける必要なんてないはず。
手紙を残してまで、また私と会う必要があったんだ。
「千鶴ちゃんが知りたかったことって何? 何か私達に期待しているから、ここに呼んだんでしょ?」
「それは前にも言ったと思うのだがね? ある日突然姿を消した友人を探している。そこに嘘はない。だが、君たちが先ほどの問いに答えられないと言う以上、彼女への手がかりに見えた君たちもハズレだったというだけのこと」
「ハズレ……?」
なにそれ。
ふざけないでよ。
手のひらに跡が残るくらい、力強く握っていた。
「姿形が違うだけで、咲の気持ちさえ受け取れないって言うの?」
「それが咲だと証明できないと言っているだけだ。言葉や情報の羅列だけで、君は特定の個人を識別できるとでもいうのかね?」
「──咲は本当にいる! でも千鶴ちゃんの知ってる姿じゃないし、世界も違う。千鶴ちゃんと咲しかしらないことでも咲を証明できないっていうのなら、千鶴ちゃんにとって、何が咲だって言うのさ!」
自分でも驚くほど、憤っていた。
千鶴ちゃんが思い通りに動いてくれないからとか、そんなんじゃなくて。
彼女を上手に説得できない自分にでもなくて。
こうも想い合っている二人が、すれ違ってしまっている現状に。
「咲を咲たらしめるもの……」
どれだけ親しい友達でさえ、私はそんなことを考えたことなんてないから、答えなんてすぐに返って来るわけないって思ってたんだ。
「そんなもの、決まっている──」
それでも電話を介して聞こえたその声は、もはや疑うことさえ必要ないほどに力強かった。
「私にとって咲とは──」
───瞬間、湧き上がる歓声。
これまでにない盛り上がりをみせた会場に、私も反射的に視線を奪われた。
「試合開始から僅か3分でディグラス選手を下したリク=アイゼン選手が今、エキシビジョンマッチの挑戦権を行使しました! これよりエキシビジョンマッチへ移行いたします!」
「なっ……なんだと?」
2試合目がもう終わっていたのかっていう驚きはもちろんあったんだけど、そんなこと、今はどうだっていい。もちろん、今日行われるはずのないエキシビジョンマッチが突然始まったことも。
今の私にはそれよりも、ずっと大切なことがあったんだ、その時までは。
「約3年ぶりに執り行われるエキシビジョンマッチに際して、皆さんご存じあの男が、この場この時この機会を使って、この会場の全員、いや! この国に住む全国民に伝えたいことがあるそうです! そう、我らがアーティストの頂点に君臨するあの男! 東京から全国ライブでお届けする、第1席、神宮司海斗≪じんぐうじかいと≫だあぁ!」
「神宮寺海斗だと!?」
神宮司海斗!
アーティスト1席の中継!? このタイミングで?
考えをゆっくり整理する暇もないまま、神宮寺海斗の姿があらゆる場所に現れる。
会場中央に浮かび上がったスクリーンに始まり、会場内外の電光掲示板、果てはEAT中継を視聴しているテレビからパソコンに至るまで。
あらゆる媒体が、ジャックされていた。




