14話「EAT」
青天井だったはずの会場が一瞬で暗闇に呑まれ、隣に座るアリシアの顔がようやく見えるほどになった。
遅れて静かにBGMが流れ始め、これが演出であることを会場中が理解する。
「———それは、全人類の『夢』だった」
競技場の中央に浮かび上がる言葉。
そこにスクリーンなんてなかったはずなのに。
「それは、全人類の『願い』だった」
読み上げるのは、男性の声。
「それは、全人類の『憧れ』だった」
マイクを通してこだまする。
「空を駆け、火を操り、どんな不可能でさえ可能に変える奇跡の力。人々はあらゆる理想をそこに込めて、体現できる力をこう呼んだ——」
瞬間、光が現れる。
「——異能。と」
目を眩ませるように、暗闇が弾け飛んで音楽が大音量で流れ出す。
現れた青天井に、いくつもの花火が咲き誇る中、続け様に声がする。
「時は21世紀初頭! 人類は遥古来より渇望してきた異能を手にしました! それより30年が経過した今日、現代異能史に新たな1ページが刻まれようとしています! 集いし猛者どもを払いのけ、絶対強者打倒に名乗りを上げるのは、一体どいつだあぁ!」
会場中が一斉に雄叫びを上げる。
アリシアの隣では、修斗もノリノリで雄叫びを上げていた。
「ェエクストラアビリティートーナメント! 18篇第10章、『来れ、異能者達!』ここに開幕です!!」
すごい盛り上がりに当てられ、控えめながらアリシアも、「おぉー」って両拳を空へ掲げている。
いまいち迫力を感じないところがちょっと可愛い。
「皆さん大変長らくお待たせいたしました! エクストラアビリティートーナメント18篇第10章、司会と実況を務めさせていただきます私、レオと」
「解説するよー、レオナだよー」
「早速ですが、選手入場と参りましょう! 魔法部門今月のトップを争うのは、コイツらだ!」
耳をつんざくような高い鳴き声が響いて、会場中の視線が空へ向かう。
そこに写るのは翼をはためかせ飛んでいる巨大な飛行生物。その背中から飛び降りる影に思わずはっとしてしまった。
「まずは、挑戦者! 魔法部門個人ランキング現18位。あのアーティストが第七席、橘涼乃のお墨付き! 他を圧倒して止まない圧倒的手数を誇る、古代魔法の申し子、春野乙音!」
次第に影が大きくなって着地の瞬間、ふわっと土煙をあげてゆっくりと地に足をつけた。
空を飛んでいた巨大な生き物も彼女の後を追って、地上に降り立つと、ポワンと不可思議な音を立て煙に包まれる。
まったくもって理解ができないけれど、先ほどまで10人くらい乗せられそうなほど大きかったその生物が、いつのまにか小柄な少女の肩に乗るくらいのサイズになっていた。
「なぁ、乙音。こんなもんでいいのか?」
しかも喋ってる。
乙音は、両手で杖を握ったまま首をコクっとするだけで、口を開くことはなかった。
「続きまして、ディフェンディングチャンピオン! 第9章にてチャンピオンを引きずり下ろし、今なおその座に君臨する武闘派魔法使い! バランスブレーカー、ダズラ!」
実況が盛り上げ会場から喝采が降り注ぐ中、何事もなくゲートから歩いて入場して来た長身の女性。
褐色の肌で髪は白く、目は赤い。そして何より、魔法使いなのに杖の一本も持ってない。
「あの人、本当に魔法使いなの?」
「ああ、乙音と違って現代魔法使いで、その上かなりのインファイターだ。基本、ゼロ距離でしか魔法を打たないことで有名なんだ」
「何それ? 魔法使いってリーチでアドバンテージを取るものじゃないの?」
「俺は魔法使いと戦うことあんまりねーからわからないけど、お互い魔法使いなら相当やりにくいんじゃねーかな」
「そうだよね」
見つめ合う両者の間に、交わされる言葉はない。
見たところ、二人ともに微塵の緊張も感じられなかった。
「選手が揃ったからー、レオナがルールをせつめーするよー。選手にはねー、それぞれブレスレットが配られてるんだけどー、それが『ちめいしょー』を3回まで防いでくれるよー。ちめいしょーにならなくても『ゆーこーだ』がたまればちめーしょーになっちゃうから、そうなっても負けねー」
アリシアがポップコーンを呑み込んでから、「なんともお可愛らしい方ですね」なんて微笑んだ。
確かに、EATの殺伐とした雰囲気には似合わない子に思える。
「それとー、しよーまほーのせーげんは無いけどー、マナやいのー力をもちーたこーげきは反則ねー、とーぜん使い魔も、だめだよー」
「言われなくてもわかってるつーの」
嫌味ったらしく呟くと、乙音の肩に止まっていたフクロウはどこかへと羽ばたいていった。
「EATを初めて見る子のために解説するとー、この国ではー『魔力』とー『マナ』とー『いのー力』を『まほー的力』って、てーぎしてるよー。魔力は文字どーり、まほーをしよーする時に使う力の源のことでー、マナはほゆーしてるだけで身体のーりょくがこーじょうする力のそーしょー。いのー力はマナでも魔力でもない力のことだよー」
現代日本では当たり前になっているけれど、魔力が多いからって高く飛べたり早く走れたりするわけじゃない。
魔法使いといえど体の造りは基本的には同じだから、包丁で刺されれば痛いし、拳銃に撃たれれば死にも至るのだ。
「試合前の解説はこんなとこー、そろそろ始めよっかー」
競技場中央に『3』が浮かび上がる。
「それでは参りましょう! EAT18篇第10章1節開始まで、3——」
2、1と観客の掛け声と共に数字が減って、最後に英語でデュエルの文字が浮かぶ。
同時にアップテンポの曲がまた大音量で流れ出し、段雷が鳴り響いた。
が、両者が動き出すことはなかった。
「……これは、一体どういうことでしょうか? 両者睨み合ったまま微動だにしません」
「お互いよーすを見てるねー。ダズ姉のせんとースタイルは攻めの一手。対する乙音は受けの一手。現代まほー使いのダズ姉は見てのとーり、まほー的媒介を使わない基礎まほーを主体としてるから、攻めては火属性だけなんだよねー。このばーいぞくせーに囚われない乙音がゆーりなの、ダズ姉もわかってるんだよねー」
依然動く気配がない両者だったが、痺れを切らしたダズラが舌を打った。
「先手、譲ってやるっつってんの、わかんない? もしかしてお嬢ちゃん、マグロ?」
ダズラの言葉に眉一つ動かさないまま一言、「やってる」と呟いた。
瞬間、ダズラの真横にふっと、巨岩が湧いた。
目を離したつもりなんてなかったのに、次の瞬間にはダズラごと客席側へ吹き飛んでいった。
はずだった。
「——そうそう、そういうの」
いつの間にか、ダズラが乙音の背後をとっていた。
乙音の背中に優しく添えた右手から火柱が上がって胴体を貫くと、乙音はドロドロと溶け始める。
「なんだ、ハズレか」
乙音を溶かしたダズラの目の前、そこにも乙音の姿があった。
「おっと! ダズラ選手! 乙音選手の攻撃を受けたかのように思えましたが、一転。一瞬で乙音選手の背後を取り返し反撃。しかしこれは有効打には至りません」
「今の皆んな見えてたかなー? 足元で火属性まほーを爆発させて回避したみたいだねー」
手についたペースト状の何かを払いながら、ダズラは乙音に問いかける。
「っていうかこのクオリティーで古代魔法なわけ? どんだけ魔法が発展した世界にいたんだか」
「だよねー、いつ見ても乙音の古代まほーはレベちだよー、ほとんどロスってないしねー」
ほんと、私が見てもわかるくらい圧倒的なクオリティだ。
「なぁ八千代、あれってそんなにすごいのか?」
「凄いなんてものじゃないよ。逆に、あれと異能力の違い、修斗にはわかる?」
「言われてみれば確かに。あれ、魔法なのか?」
「間違いなく魔法だよ。魔力が消費されてる。本当は魔力を魔法に変換する時、少しだけ魔法になりきれなかった魔力が、体外へ逃げ出して魔力の揺らぎになるはずなのに、それさえほとんど感じない」
「それを感じ取れる八千代さんも、十分に素晴らしいと思いますが……」
古代魔法と異能力の違いは、マナや魔力といった魔法的力を消費するか否か。
属性魔法しかない現代魔法に比べ、古代魔法はできることの幅がかなり広いから、ダズラが不利なことに変わりはないけど、魔力を消費してくれるのはかなり大きい。
それでも、あの量の魔力を削り切るなんて私には到底考えられないけど。
「まっ、お互い様子見は十分でしょ」
試合中なのに体を伸ばしてる。
ついさっきあれほど早い魔法を見たばかりにしては、余裕が垣間見れる。
「ギア、上げるね」
炎で作った短剣を逆手に握って構える。
一度大きく息を吸い込むと、「ライズ」と微かに喉を震わせた。
「ダズラ選手、ここでライズを発動します。これはまた凄まじい試合になりそうです」
「客席の安全は保しょーされてるけど、しょー撃とかふー圧とかは飛んでくるから、油断しないよーにねー」
炎の短剣から瞬間的に紫色の火花が散って、思わず見惚れてしまっていた。
その光景は、まさに異様。思わず言葉を失った。
「……嘘。でしょ?」
「八千代さん?」
この会場にいる観客の内、一体どれだけの人があの超絶技巧を理解できただろうか。
莉子はお遊びなんて言っていたけれど、このレベルの怪物がウヨウヨいるなんて聞いてない。
「あんなこと、できるんだ……」
「と仰いますと?」
「魔法使いは魔力しかない人がほとんどだから、マナを持つ人と戦うと身体能力だけでかなり差がついちゃうの。そこで生み出された魔法が、ライズ。体内の生体電流を意識的に操作して、身体能力を強制的に底上げする雷属性の現代魔法だよ」
「それがどうしたんだ? 2属性使いは珍しいかもしれないけど、そんな驚くことか?」
だよね、側から見たら火属性の他に雷属性の適性があるように見えてしまうんだ。
「今のは違うんだよ、彼女が作った炎の短剣。あれを魔法的媒介として、応用魔法を発動させたんだ」
「悪い、何が違うのか、さっぱりわからないんだが?」
「応用魔法は、杖や魔法陣なんかの魔法的媒介を使用することで適性属性以外の魔法を行使できるようにした仕組みってことは知ってる?」
ちょうど最近、ハイドマッツァニー先生から教えてもらったところだ。
「なんとなくは」
「要するにあれは、ただ炎でできた短剣ってわけじゃない。炎で魔法陣さえ再現した上で具現化されている短剣なの。そしてその陣が魔力を雷属性へ偏心させる工程を負担してる。それができるってことは彼女、実質魔法的媒介を自ら作り出せてしまうってことなんだよ!」
「えーっと、それって凄いのか?」
「凄いでしょ! 魔法陣や杖って結局、あらかじめ発動する魔法を式として与えてあるから魔力を流すだけで使えるの! でも彼女は陣そのものをその場で作り変えられる、全ての属性において基礎魔法のような自由度で応用魔法が使えるだよ!?」
一瞬、何かがおかしいような気がしたんだ。でもその時はまだ、その正体がわからなかった。
「今度はこっちから行かせてもらうかんなっ!」
地面を蹴って走り出したダズラは素早く、当然観客の視界になど捉えられない。
魔法使い同士の戦闘でも、ライズにはライズで返すのが定石。乙音も、ライズでそれに応戦する構えをとった。
ダズラが狙うはただ一点、乙音の喉仏だけに絞って突き出された短剣に、乙音は金属製の剣を生成して対応。
三本の剣を杖で操り、ダズラの攻撃を受けてから反撃まで繋げる作戦が伺えた。
しかし、
「ぇ?」
乙音が具現化した剣は、火が移り融解してしまう。
「剣が溶けたぁ!」
「なかなかの偏心率だねー」
あの短剣、見た目と反して魔法としての強度が桁違いに高い。
乙音は咄嗟に水属性魔法を展開し、ダズラの魔法を中和させるも、一次凌ぎ。
ダズラが再度、炎の短剣を精製する。
対する乙音はコンクリートでナイフを産み出そうとも、周囲一体の酸素を吹き飛ばそうとも、魔法は科学に囚われない。
燃やせないものを燃やし、酸素がなくとも魔力一つで燃え続ける。
あらゆる攻撃を試すが、最終的には水属性魔法で中和させられる展開にさせられていた。
「ダズラ選手! 距離を詰めてからというものの、攻めの手を一切緩めないぃ!」
互いにライズ状態とはいえ、ダズラの方がほんの数秒速いし、体格も大きい。
そもそも乙音には武術の心得などないのだろう。
それでもダズラの物理的な打撃は土属性魔法で壁を作り受け止め、短剣による攻撃は水属性の障壁数枚を展開することでどうにか中和しつつ、都度水属性による攻撃を挟んでいた。
「凄まじい攻防です!」
土煙や衝撃が客席にまで飛んでくる。
「激しいねー」
一見均衡しているように見えた攻防だが、それでもある時、それは起こった。
ダズラの上段回し蹴りを土属性の障壁で受け、続け様に水属性で刃を複数生成。ダズラに向け放った。
———チェック。
炎の短剣でも防げて三本。それ以上は中和され蒸発してしまうし、唯一の攻撃手段を失ったダズラはその次にくるであろう攻撃に対処できない。
身体で受けるにしても三本で試合終了。
戦いの瀬戸際が、迫っていた。
「ダズラ選手、これはまずい!」
ダズラの選択は前者だった。
向かってくる刃の先頭二本を短剣で中和したのち飛び上がり、空中で身体を横に捻る。
刃の大方は避け切ったものの二本ばかり肩と太ももに刺さり、ブレスレットが有効打として青色の光を放つ。
それでも怯む事なく、着地と同時に振り翳す短剣。
その目の前には、一本だけ残った水の刃。
「上手いね、ダズ姉は」
短剣で中和させる選択以外を、誰が予想できるだろう。
「……っ!」
———あの時感じた違和感は、ここにあったんだ。
炎の短剣が水の刃に触れる瞬間、ひとえに舞った霜の結晶。
炎でできた短剣が持ち手から瞬く間に凍てついて、刀身までも氷のそれへと姿を変えた。
その刹那を、認識できただけで誇れるほどだ。
「──まずは一本」
炎であればいざ知らず、氷の刀身ともなれば中和しきれるはずもない。
水の刃を斬り伏せたのち、そのまま乙音の腹部に突き刺った。
「あぁっとこれは避けきれない! 致命傷だあぁ!!」
乙音に傷がつくことはないがブレスレットが赤く光り、致命打を宣告する。
続けて、ダズラは正面から短剣を突き立てると、乙音は紙一重でそれを回避する。
が、突然地面が隆起し無防備になった背中を強打した。
二度目の致命打だ。
「おっと!? 乙音選手、流石にこれは予期できなかったか? 2回立て続けに致命打を受けてしまいました!」
攻撃を受け宙に打ち上げられたところで、ようやく乙音は体勢を立て直す。浮遊の古代魔法で宙を漂いながら。
「激しい攻防が繰り広げられた中、先に二本の有効打を取得した乙音選手でしたが、負けじとすぐさま二本の致命傷を取り返したダズラ選手。しかしこれは、何が起こったのか理解し難いですねー」
「レオナも含めてみんな、ダズ姉に騙されてたみたいだねー。ダズ姉の火ぞくせー以外のまほーは、全部おーよーまほーみたい。まほーてき媒介として使えるように、陣ごとまほーでけーせーしてたってことだねー」
嘘だ。この解説の子、わかってた上で敢えて解説してなかった。
それでも私は、魔法を使うために、魔法で魔法陣を描く。そんな魔法の使い方を見たのは、生まれて初めてだ。
「それはつまり、今日のこの試合までダズラ選手は応用魔法が使えることを隠しながら戦って来たと言うことでしょうか?」
「そーなるねー。乙音の古代まほーも凄いけど、ちょこっと、現代まほーに対する理解が不足しているような感じがしてるよー」
初戦はその言葉通りの形で幕を閉じた。
再び炎となった刀身で斬りかかったダズラに、三重の水属性障壁を張った乙音だった。
けれど、今に至るまでの攻防さえもブラフ。
今まで水属性の障壁で中和出来ていたはずの短剣が、障壁すべてを蒸発し尽くしてしまうほどの偏心率で組み直されていた。
防げると油断していた乙音の首元に、炎の短剣が突き刺さってチェックメイト。
「第10章1節を制したのは、オールリバー・フェンデルーニョ=ダズラ選手だぁ!」
きっと単純な力比べでは乙音に軍配が上がっていたはずだ。
ただ、彼女は素直過ぎた。
固有魔法で浮遊できるならダズラの射程外から一方的に攻撃することだってできたはずだから。
それが動画投稿者として絵になるかは別だけど。
なんて、少しばかり邪推してしまった。
けれども率直に、こうも思っている。
確かにこれは、現代魔法史に残すべき一戦だったのではなかろうか。




