13話「最終日」
「ってわけで明日行かないから」
莉子からそう告げられたのは、昨日の23時を回った頃だった。それも、雑談が終わって寝る間際。
「は?」
思わず素で返してしまった私に、莉子はこう続けた。
「今日が最後でも後悔ないくらいには話したでしょ? それに私から八八地に伝えたかったことは最初に言った1つだけだし」
「いや、そういう問題?」
「どうせ東千鶴本人は会場来ないって、それに、今更なんだけど実はもう前乗りで東京にいるんだよね」
「はい!? 先に言ってよ! そういうの!」
「言ったらダメって言うでしょ? んなわけだから、適当に説得して協力取り付けてきて」
どうかしている。
前々からそう思っていたけれど、やっぱり莉子はどうかしている。
「適当にって……それで説得できなかったらどうするつもり?」
「どうするも何も、その時はもう終わりでしょ。あ、ていうかさ、東京の土産何がいい?」
とのこと。
理由は至極明白で、宮本怜夏に東京まで呼び出されたらしい。
莉子がここしばらくアトリエで寝泊まりしているのも、言ってしまえばアーティストから身を隠すためだっていうのに。
「……ちよさん」
とりあえずお土産は東京ばばばを頼んだけど、仮にこっちが上手くいったとして、莉子は無事に帰って来るのかな。
「八千代さん!」
目の前にいきなりアリシアの顔が現れて、うわってなった。
「顔色がよくないです。体調が優れませんか?」
「あ? なんだよ八千代、お前も楽しみで眠れなかったとかか?」
「まぁ、そんなとこ」
実際は今日のことや莉子のことが頭によぎって上手く眠れなかっただけだ。
「にしてもすげー人だな、キャパ的には8万人だったっけか」
「そんなにあるのですか……圧巻です」
天気は快晴。気温は18度。午前は11時半を回っていた。
気がつけば瞬く間に、二日が経過した。
千鶴ちゃんの行方がわからなくなったのが一昨日のことで、その後重たい気を引きずりながら水着を新調した。
昨日は昨日で、いきなり修斗から連絡があって、練習試合があるから観に来ないかって誘われた。行くとアリシアもいて、二人で修斗の応援をした。
結果は完勝。圧倒的で見応えこそなかったけれど、帰りにマックに寄ってみんなでポテトを摘んだ。
その日はやたら莉子からの電話が多かったけれど、そんなどこにでもいる女子高生みたいな生活が続くかどうかも全部、今日の私次第。
熟睡なんてできるわけ、ない。
「EAT観にくる人って結構いるもんなんだね、さっき報道陣っぽい人たちも見かけたし」
「ここは、毎日誰かしらが試合やってるけど、半分入ればいい方だな。でも今日は4月の最終戦だし、とりわけ人が多いんだ」
「4月? 今5月じゃん」
「4月の末より、5月のゴールデンウィーク中の方が人来るだろ? 大人の事情ってやつだ」
「な、なるほど」
言われてみれば、確かにそうだ。
「最終戦だと何かあるの?」
「月間レート1位が確定するんだよ」
「八千代さん、エキシビジョンマッチはご存じですよね?」
「あー確か、月間ランキング1位を3ヶ月続けて取ったら、アーティストに一騎打ちを挑めるんだよね?」
その一騎打ちに勝てば、めでたくアーティストの仲間入りができるって話らしい。
つい昨日、莉子から聞くまで知らなかったけど。
「そうです、本日行われる3試合のうち、結果によっては2名の方がその権利を得られるかもしれないので、注目が集まっているのですよ?」
「へぇー……え? ちょっと待って。っていうことは、アーティストの誰かが今日この場に来てるってこと?」
「んなわけないだろ? 今日挑戦者が現れるかもしれないってだけで、実際に試合をするのはまた別の日だ。じゃないと挑戦者側だけ連戦になるだろ?」
「そっか、そうだよね」
アーティストがいたからって何かあるわけじゃないけど、内心結構ほっとした。
それから人の波に揉まれること約15分、やっとの思いで受付に到着した。チケットのQRコードを入場ゲートにかざして無事会場入りすると、中には出店がずらり。
選手のグッズから食べ物飲み物、お土産屋さんなんかもある。
「時間あるし、出店適当に見て回るかー」
中は人でごった返していた。これでも初戦開始の1時間前。
修斗が絶対に遅れたくないなんて言うから、お昼を前倒してかなり早めに来たけれどグッツを買うつもりもない。
有り余った時間潰しに、出店を見て回ることにした。
「修斗はグッツ、買わないの? ディグラスって人好きなんでしょ?」
「んー悩んでる。ディグラスもいいけど、リク=アイゼンも欲しいし」
さすがに聞いたことがある名前だ。
確か、『輝剣のアイゼン』という異名があって、光を操る異能力を持っていたはずだ。
「ちょうど、本日の対戦カードですね」
「そうなんだ」
「おそらく、今いる大半の方がその試合を見に来られたのではないでしょうか? ここ2ヶ月、リク=アイゼン様がバーリトゥード部門のトップでしたので、本日の試合でディグラス様に勝てば、挑戦権が得られるという注目の一戦ですから」
「ほうほう。でも、挑戦権を得られるかもしれない人ってもう一人いるんでしょ? その人はあんまり人気ないの?」
「……お前、そんなんでよくこの会場来れたな」
何かよくないことを聞いてしまったみたいだ。
でも観戦に来たのなんて初めてだし、しょうがないでしょーに。
「ディグラスなんだよ、もう一人は」
「え? レート制なのに、同立1位なの?」
「部門が別なんですよ。リク=アイゼン様は、バーリトゥード部門のトップです。いわゆる、異能力ありの部門ですね。対するディグラス様はマナ部門のトップです」
「ディグラスは異能力が使えないのに、バーリトゥード部門のランカーになったすげぇーすごい人なんだぞ!」
ディグラスのことになると修斗の熱量はすごいな。
「今の話、ウチの長瀬部長が聞いたらチケット奪い取られるレベルだかんな?」
「……来たかったんだ、部長さん」
「昨日、ガチで土下座されたわ」
EAT部の部長をするくらいだもね、観たいよね。
実はチケット2枚持ってるなんて言った日には、本気で殺されかねないから言わないでおこう。
誰だか知らないけれど、ごめんね、長瀬部長。
「2部門のトップ同士が試合するなら、確かにこの人の多さも納得だね。どっちかは挑戦権を得そうだし」
「ですね、ただここしばらくは挑戦権を得てもアーティストに挑まれない方の方が多いですが」
「この前リク=アイゼンの勝利インタビュー見たけど、アーティストの次に俺が強い、それで十分だ。って言ってたしな」
「うへぇー。アーティストってそんなに強いんだ」
「世界最大戦力って言われるくらいだからな」
ふと思い出す、昨夜した莉子との会話。
「莉子ってEAT嫌いなの?」
まるで心外とばかりに溜息を吐かれた。
「あのさぁ……アーティストが参加できないのに、模擬戦闘のランキング付け? お遊びでしょ? そんなの」
「アーティストが強いのはみんな知ってるし、出場してる人もいないけど、禁止なんだっけ?」
「規則として謳われてないけど、EATって模擬戦闘でしょ? 私達が出場しちゃうと最悪命を落とす危険があるわけ」
「いや、EATって選手が怪我しないように身を守ってくれる特殊な魔道具が配布されてるしょ。そもそもそれを壊すことで勝敗を決める訳だし」
「あのねぇ、特殊な魔道具があるってことは、誰かがそれを作ってるってこと。それでもし、それがアーティストの異能力すら防げるなら、飛行機の機体にも同じ物が使われるはずじゃない?」
そこまで言われてようやく、莉子が何を言わんとしているのかわかってきた。
「もしかしてそれ、アーティストが作ってるの?」
「10席の琥珀ね。アルミニウムをそのまま使っちゃうと絶対に壊れなくなるから、強制的に干渉して効果を弱めてるの。ステージA以下ならどんな魔法や異能も防げるかもしんないけど、アーティストと戦うなら気休めにもならないよ」
「そ、そうなんだ」
「若干引き気味で聞いてるけど、それ、八八地もだからね?」
「え?」
ベットに仰向けに転がって携帯をいじってたから、びっくりして顔に落としてしまった。痛い。
「この前アルミニウムにも干渉してたでしょ?」
「いつ!?」
「気付いてなかったの? 東千鶴が住んでたマンション、あれ、異能力テロ対策で構造体にアルミニウムが含まれてたでしょ? 私の異能力であの建物に入れている時点で、八八地もステージSの仲間入りってわけね」
いやいや、普通気づかないってそんなの。
「だから、どの部門のトップだろうと関係ない──当日そこに、八八地より強い人、いないよ?」
未だに私が信じていないんだ。二人には、まったく信じられない話だろうな。
「リク=アイゼンならもしかしたら、もしかするかもしれないと思うんだけどなぁ」
「それだけ、ステージAとSの間には差があるということなのでしょうね」
二人の会話に、それっぽい相槌を返すことしか出来なかった。
それから私たちは適当に売店を漁って、アリシアはポップコーンを、修斗はディグラスが愛用している刀の描かれたタオルとポテトを、それぞれ買った。
私は何も買わなかった。けれど二人の話では、今日だけで3試合あるらしいから、どこかのタイミングでチュロスでも買いに行こうかな。
「ちょっとお手洗い行ってくるね」
色々見て回ってようやく座席に着いたところで、私は二人と別れた。
別に本当にお手洗いに行くわけじゃなくて、目的地はもう一枚あるチケットの指定座席。
千鶴ちゃんの部屋に残されていた、私と莉子が生き残るための唯一の手がかり。
陸上競技場みたいな細長い場内を歩いて辿り着いたその席は、アリシア達がいる座席からワンフロア上でちょうど反対側だった。
「また手紙……」
座席には一通の便箋。
取り出した手紙に書かれていたのは、「2試合目が終わった頃、Eゲート東にある街頭付近に来い」っと。
辺りを見渡してみるも、千鶴ちゃんが近くにいることはなさそう。きっと時間になっても本人が来ることなどないのだろう。それどころか今もどこかのカメラからこちらを見ていても不思議じゃないし。
でもなんで、2試合目が終わった頃?
私たちが千鶴ちゃんとあった頃には既に、販売が終了しているチケット。じゃあなんでそれを千鶴ちゃんが持っていたのか。
答えはきっと、試合を見たいから。
リク=アイゼンは2試合目って修斗が言っていたから、見たかったのはその試合?
いやでも、初戦や最終戦に興味がなければその時間を使えばいいのにそうしなかった。
なら少なくとも千鶴ちゃんがみたいのは初戦と2試合目。2試合目はさておき、初戦に推しでもいるのかな。
なんて、わかったところでどうでもいい情報か。
「お待たせ」
3試合目直前まで用がないみたいだったから、私は自分の席まで戻ることにした。
「あんまり帰って来ないから、先に試合が始まっちまうかと思ったぞ」
「ごめん、やっぱりチュロス食べたくなっちゃって」
座席の反対側までは結構な距離があったから、言い訳にチュロスを買った。
試合開始直前だからか、全然並ばず買えたのはラッキーだったけど、こういうところの売店って高い。
「一試合目はなんて人が出るの? ていうか私も知ってる人出る?」
開始予定時間まで残り1分といったところ。競技場中央では、チアリーディングと魔法のコラボレーションショーが終わりを迎え、ちょうど観客に手を振りながら退場しているところだ。
「一人は知ってるかもな。『すずのとれんど!』は知ってるだろ?」
「橘涼乃がやってるユーチューブチャンネルでしょ?」
一応同業だし、時々だけど動画も見てる。
なんてたってアーティスト7席、橘涼乃本人が出てるし。
とは言っても、6人組の男女で顔もちゃんと出してるから別ジャンルと言えば別ジャンルなんだけどね。
「そうそう、その内の1人。春野乙音だ」
「あぁ、あの子ねー。え? 待って、あの子そんなに強いの?」
ユーチューバーなのに基本無口で、使い魔のフクロウを連れている可愛らしい子だ。
「魔法部門だけの出場だけど、18位だ。普通に強いな」
「見た目、私達と年変わらないよね?」
「同い年じゃなかったか?」
「ふはー」
動画内で魔法が得意とは言っていたけど、まさかそれほどまでとは。
やっぱりアーティストの御付きとなると、そういう人が集まるんだね。
「対戦相手は——」
そう尋ねようとした途端だ。
観客全員の声が掻き消えるほどの爆音で、重低音がドンと一つ、響いた。




