12話「サプライズ」
「逆に考えてみましょう」
貼り出されていたのは、この町の地図。
ペンが地図の上を走って、電子黒板に大きな円が図示された。
「探させる?」
「いいえ、呼ぶの」
黒板の皿にペンを置いて、部屋中央を陣取る円卓へ歩み寄った。
北海道にアーティスト専用の活動拠点はない。が、エキストラで所有する支部の一部を間借りして、その代わりとして使用することが許可されている。
ここはその中でも配属されている人員が最も多い、地方でも有数の大規模拠点だった。
「莉子の捜索を始めてから今日で3日。自宅へ帰った痕跡もなければ、足取りもまったく掴めていない。こうなると探し出すより呼び出した方が速く事が済みそうね」
猫のような耳がぴくっと動く。
会議室の扉が開いたのはちょうどその後だった。
「お疲れ、二人とも」
入り口に立つその人を見る前から、白毛並みの尻尾がゆっくりと上を向き始める。
「お疲れ様」
「お疲れ、あなたがここに来るなんて珍しいわね」
「やっと例の件が、固まってね。みんなに話を聞いて回っていたんだ」
その人は手にぶら下げたレジ袋を円卓の端に置いて、中を覗きながら、
「でもまさか、こんなに早く怜夏が合流しているとは思わなかったよ。さすがだね」
白い箱を袋から取り出して、すっと怜夏の前へ持っていった。
「あなたには悪いけれど、情報が漏洩しているとするのなら、その発信源は4人の内の誰かだと私は踏んでいるの。だから楓にも瑞稀にも、聞き取りで調査を行なったわ。他の二人にもね。もちろんその他の線も洗ってみたけれど、どれも確証は得られなかった。他に考えられるとしたらネットからでしょうね。ひとまずの対策としてB面がメインで使用しているPCをローカル利用限定にしてパスワードを新しくしておいたわ」
「そういえば、エキストラに体を電子化して電脳世界にアクセスできる能力者がいたはずだよ。確か江見ねるっていう女の子だ。念のため彼女にPCのログを解析してもらおうか」
「そうね、そうしましょう。でも」
その眼差しには、力があった。
「いくらエキストラとはいえ、役職さえない子の名前と能力まで把握してるとは、流石に、恐れ入ったわ」
「た、たまたま以前街で声をかけられてね」
爽やかな表情を崩すことなく、「それより、差し入れ持ってきたから少し休憩にしないかい?」と話を逸らした。
「……これは?」
「フェルメールという洋菓子店のショートケーキだよ、2ヶ月前から予約して今日ようやく買えたんだ」
それからみるみると怜夏の表情が輝きだす。
「そう、あなたがそう言うならそうしましょう」
態度は一貫して、そっけなくみえるが。
「ケーキ、一つしかないのだけれど?」
「ああ、楓には別に用意しているんだ」
再びレジ袋をパシャつかせ、中から取り出したのは、薄く細長いプラスチックのパッケージ。
表面に大きく、「サバの塩焼き」と書かれていた。
「海斗。いくらなんでもそれは……」
「本人たっての希望なんだよ」
それで怜夏は納得する。
海斗は今日ここへ来る前楓に連絡していたから、二人分の手土産を用意していたのかと。
「さばっ! もらってい?」
「あ、ああ。加熱した方が美味しいよ」
「うん! 知ってる」
声も仕草も、尻尾も耳も、全身から嬉しいが溢れ出ている。
早速両手で大事そうに抱えると、毛並みが白から赤く染まった。
そこから数秒で、わずかに封を開けた容器の縁から蒸気が舞い上がる。
「わざわざ魔法なんて使わなくても、レンジくらいあるわよ?」
「内側からじっくりがポイント」
「そう」
温めている時でさえ尻尾は左右に揺れ動く。
少しして魔法が解けると毛並みもまた、白色に戻った。
「……スプーンは?」
「鯖はスプーンだと食べにくいと思うよ?」
「日本に来て三年よね。どうしたら箸より先に日本語が使えるようになるのかしら?」
呆れながらもショートケーキに添えられていたフォークを差し出し、代わりに割り箸を掴み取る。
「スプーンはないけれど、箸よりはマシでしょ?」
「ありがと」
プラスチックのフォークでもほぐせる程身は柔らかく、それを口に運んだ楓の表情は瞬く間に蕩けた。
黙々と食べているが尻尾はずっと左右に揺れ動いている。
「それで、莉子捜索の調子はどう? 順調?」
窓からの日差しで室内は明るく、無機質な雰囲気を柔らかく馴染ませる。
外では自主トレーニングに励むエキストラの構成員がちらほら伺えた。
その様子を眺めながら、怜夏は割り箸でケーキを割って、「今のところ報告できそうな成果はないわ」と口に運ぶ。その姿さえ上品だ。
「こう言ってはなんだけど、それなら良かったよ。ちょうどいい案があって、二人に伝えたかったんだ」
まるで図ったかのように会議室の扉が開いた。
「皆様、紅茶のご用意ができました」
タキシード姿のその男は、片手にトレイを乗せたまま深くお辞儀をした。
「あらローエじゃない?」
ローエからティーカップを受け取って、「久しぶりね、いつ以来かしら?」と尋ねてケーキを頬張った。
「3ヶ月前、本部にてお会いしたのが最後かと」
「あれからずっと瑞稀にこき使われていたのよね?」
「それはもう、その苦労と言えばまさに、筆舌尽くし難しと言う他ありません」
「寝首を掻く時は一言頂戴、全面的に協力させてもらうわ」
「でしたら後日、日取りでも」
二人の表情はとても愉快そうで、おおよそ冗談を言っているようには聞こえなかった。
「ご挨拶はこの辺りにさせて頂いて、本題と参りましょうか」
紅茶を配り終えても席に着くことなく、ローエは海斗の後ろに控えた。
「そうだね、実はここへ来る前、瑞稀と会ってきたんだけど、ここ数日莉子が複数の高校で目撃されているらしい」
「高校で?」
「うん、莉子と話した生徒はみな、莉子の魔力回路を治癒しえる能力を持っていたらしい。結果的には、どれも上手くいかなかったようだけどね」
「私達に伝えたかったことって、それ?」
二人が話す横で、鯖の身どころか皮まで綺麗に平らげた楓は、実に満足そうな顔をしていた。
「ああ、莉子がアーティストを去って4ヶ月。そんな話は一切なかったのに、ここに来てこんな話が上がってくるのは、どうにも気に掛かってね」
「それで? こちらから何かするつもりでローエを呼んだのでしょう?」
「二人も知っての通り、ローエは11人目のステージS。アーティスト足り得る実力がある。訳あってその存在を公にしてこなかったけれど、莉子を除籍して席が空いたから、そろそろ『歓迎会』でも開こうと思ってね」
「いいわね、会場と日取りは抑えてあるの?」
「場所は円山、日付は二日後の予定さ」
莉子絡みで動いている時期に、二日後とはあまりに急だ。
怜夏の表情が、一瞬曇る。
海斗のことだから、冗談ではないのだろう。二日後にローエの歓迎会を行うのことは間違いないけれど、言葉通り捉えるのなら莉子の話とあまりに脈絡が無い。
一旦、紅茶に口をつけた。
「招待状の用意は? 何枚くらい配るのかしら?」
「チケットは既に配っててね、もう完売さ。8万人は来ることになってる」
円山、二日後、チケットと8万人。
怜夏にはそれだけで十分だった。
「……そういうことね」
唇が少しだけ吊り上がった。
「サプライズを仕掛けるのは好きよ。派手さも十分、で私の配役はなんなのかしら?」
「怜夏にはVIPの対応を頼むつもりさ。二日後、本部に来賓を呼んでもらう予定だから、よろしく頼むよ」
アーティストの本部は東京にある。
この話のキーマンさえわかればVIPが誰か問い直す必要もない。
「いい案ね、さすがよ、海斗」
これなら莉子の居場所を特定できるし、莉子にかけられた疑惑の真偽を確かめられる。ついでにローエの顔見せもできる。
けれど、これだけではまだ不十分なのは、海斗もわかっているはず。
「でも役者は足りてる? 主役がローエなのはわかるけれど、悲劇のヒロインは必要でしょう?」
「もちろん目星はついているし、前回で不足した分のノルマもこれで帳消しにする予定だよ」
「それはとても賑やかなパーティになりそうね」
「莉子はもう、探さなくてい?」
「そういうことになるわ。だからまずは理由が必要ね」
紅茶にミルクを注いでかき混ぜながら、楓は訝しむ。
透き通った紅茶も濁って、楓には見えない。カップの底も。話の底も。
「問題ないさ、それについても用意は出来てる。上手くいけば、莉子がまたこちら側につく可能性さえあるよ」
「……そんなこと、ありえるの?」
「ああ、可能性としては十分にある、だから君はこれまで通りの態度で莉子と接してもらって構わないよ」
未だその言葉を受け入れられず、怜夏の思考は目の前のケーキさえ忘れて回り巡るが、その答えにはたどり着けない。
やがて諦めて、残りのケーキを頬張るのだった。
「私は?」
「今回は特に役を振ってないから、みんなのサポートをしてあげて」
「わかった」
「なら楓には私の方を手伝って貰っていいかしら?」
「うん」
「じゃあ、楓。私たちは4人でしましょうか、女子会」
「四人……? みず」
「———呼ぶわけないでしょ」
文字通り髪の毛の入る隙間さえ、ありはしなかった。
「誘うのは涼乃の方。琥珀にも来て欲しいけど、あの子のことだから誘っても、まぁ来ないでしょうね」
「私と怜夏さんと、川上さんと、涼乃?」
「ええ、そうよ。涼乃には貴方から声をかけてもらえる?」
「うん、でも涼乃とはあんまり話したことない」
「だからよ。面白そうだし、何より私が誘うより可能性が高そうだから」
珍しく笑顔が多い怜夏と反対に、楓はずっと表情を動かなさないまま「わかった」と頷いた。
「そっちは任せても大丈夫そうだね、怜夏」
「ええ、ローエの晴れ舞台を観られないのは本当に残念でならないけれど、今回は旧友と交を温めることにするわ」
微笑むその姿は美しくも、その笑みは疑いようがないほどに、邪悪に満ちていた。
「じゃあ僕はそろそろ戻るよ。彼を公表するにあたってメディアに情報を流さないといけないし。その前に、A面のメンバーにも紹介しないといけないしね」
立ち上がる海斗の横で、ローエは空いた皿とカップをトレイに移し替える。
「ええ」
「お疲れ様」
「ああ、そうそう。当日の段取りについては追ってローエから伝えさせるよ」
振り返ることなく告げて、バタンと音を立てて閉まる扉に、二人の姿が見えなくなるのだった。




